■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第211章 丸投げ、他人事行政/ウクライナ避難民の困惑

(2022年7月28日)

日本に逃れてきたウクライナ避難民の多くが、日本政府の頼りない支援ぶりに困惑している。ひと言でいえば、「受け入れ、形だけ。対応、遅すぎ」に不安を感じているのだ。本気度に欠ける政府の対応は、いずれ人道支援への国際的な悪評となって跳ね返るだろう。

仕事を自治体に丸投げ

ウクライナ避難民対応の主管官庁は、法務省出入国在留管理庁(入管庁)。ここで、避難民の困窮状況を把握して救済措置を定め、居住先となる地方自治体に適切な指示をするのが本来の仕事だが、そのやるべきことを受け入れ先の自治体に事実上“丸投げ”していたことが判明した。戦禍を逃れて日本を頼って来た避難民(実質は戦争難民)を受け入れ、安全で平和な日常生活を送ってもらう。それには、日々の食・衣・住を一定程度整える必要がある。加えて、連絡や情報を得るための通信手段としてスマートフォンなど携帯IT機器が欠かせない。
ところが、取材した結果、水際の入管時に、入管職員は避難民がスマホを持っているかさえ確認していないことが分かった。これでは入管庁が5月9日に導入した、避難民と支援グループを結ぶマッチングアプリをスマホを通じて周知しようにも、出来ない。民間の支援団体やボランティアからの支援申し出件数は1,700件超にも上る。これを避難民と結び合わせる基本動作を怠っていたわけだ。
以下が、6月13日時点の筆者と入管庁職員とのやりとりの記録だ。

―そもそも避難民はスマホをどのくらい持っているのか。難民救済は国の事業だが、入管庁はスマホの有無など通信手段をチェックして把握しているのか。
「把握していません。どこで把握しているのかも分かりません」
―では全てを受け入れ先の地方自治体任せなのか。
「自治体で把握しているかどうかも分かりません」

他人事行政

いかにも行政に血が通っていない。事実、マッチングアプリで支援活動の内容などを問い合わせしてきた避難者からの反応件数は、この6月半ば時点でわずか33件。3月2日の入国以降のウクライナ人在留者1200人超(現在は1500人超)の3%弱に過ぎない。支援者とつながらないようでは、日本に親類、友人、知人なき者は独り放り出される(その後、ソフトバンクのウクライナ避難民へのスマホの無償貸し出しなどで、遅ればせながら事態は若干改善された)。
なぜ、当局はスマホの有無さえ把握しなかったのか。答えは、そもそも避難民の窮状と心細さを想像もせず、他人事(ひとごと)として、身が入らなかったのではないか。官僚は前例に従って行動しやすい。今回はたしかに歴史上前例のない受け入れと支援である。だからこそ、司令塔として、旧来にない工夫で民間人の差し伸べる多くの手と結び合わせる必要があったのだ。
しかし、その役割を果たそうとはせず、対応を受け入れ先の自治体に一任した。マッチングアプリの機能不全がそれを物語る。筆者が有志と5月9日に東京に立ち上げた支援プログラム「With Refugees」も、アプリ不全の影響を受けた。「精神的な安らぎの場」を提供しようと、談話室と小さな図書館を設け、生活・就労相談にも応じるこのプログラムを知って、4歳の幼女を含む母子ら3人が早速、来訪した(写真1)。その後紹介されて2人が加わった。先の3人は、ウクライナ料理店に配っておいたチラシを見て支援を知った。入管庁製マッチングアプリからの反応はまだ一つもない。
日本の入管行政の性質は、3月30日付で都道府県知事、市区町村長宛に佐々木聖子・入管庁長官が発信した特別措置に関する通達で浮かび上がる。そこには、各自治体に支援業務を「お任せ」している文言しかない。「地方公共団体の皆様へ」と呼びかけ、「(地方公共団体が)把握した支援内容を基に、(われわれは)個別に必要な情報を(避難民に)提供させていただくことにしている」とする。そして参考用に「支援申出の具体例」を挙げ、協力を求める。責任を取りたがらない「他人事ふう行政」の典型に見える。

〈写真1〉母子ら避難者3人と筆者

過剰手続で受け入れ抑制

一方で、ウクライナ避難民の日本入国の可否を現地大使館で審査する外務省。ビザを待ち焦がれる避難申請者に、ややこしい手続きを次々に課して困惑させる。
日本ウクライナ・モルドバ友好協会理事長の本間勝人氏によると、40代後半のウクライナ人の母が本間氏を頼って12歳の娘と共に、避難先のワルシャワにある日本大使館に3月、入国を申請した。が、公式には必要ないはずの「身元保証書」を要求される。本間氏が引受人として申請し直したが承認されず、外務省東欧課が次に出してきたのが質問状。「何のために」「生活をどうするのか」「補助金を貰うかどうか」などと質問してきた。止むなくこれに応じたが、それで終わらなかった。次に、日本在留後の「スケジュール」を要求してきた。避難民にスケジュールなどあろうはずない。業を煮やした本間氏が、現地の大使館に真意を質そうと直接訪問する旨を伝えたところ、ようやくビザが出され、5月に日本に入国。申請してから5週間もかかった。こうした行政の“受け入れ妨害”に等しい過剰手続が、現地でまかり通っているのである。
日本へのウクライナ避難民のうち「日本に身寄りのない人」は、わずか7.7%の112人に過ぎない(7月2日時点)。ほとんどの避難民は日本人の親類や友人、知人を頼って来た。
身寄りのない場合、国からの直接生活支援は「1人1日あたり2400円」など、限られる。言葉の壁に行政の見えない規制。身寄りなき人は、入国しても心細くなること必至だ。
ウクライナ現地(写真2)を訪れたフォト・ジャーナリストの小峯弘四郎氏(45)が語る。「若い人の間に日本のアニメに興味を持ち、来たいという声はある。が、日本に来るようにフェイスブックなどで勧誘されても、突っ込んで聞くと、行ったはいいが、その先どうやって生活できるか、十分に答えてくれない。結局、日本は避難の対象外になる」
日本側の対応を知るほど、避難民は日本を敬遠するだろう。5月、6月と連続して減少した日本への避難者数に、敬遠ぶりが表れる。

〈写真2〉(ウクライナ)キーウ独立広場の戦死者モニュメント
小峯弘四郎氏撮影)

海外で輝く支援活動

支援対応を任された地方自治体の対応はどうか。親身になって取り組む自治体もある。
その一つが、熊本県玉頭(ぎょくとう)町。NPO法人「れんげ国際ボランティア会」と連携し、寄付活動を始めると共に、8月から6世帯(各2〜5人)を町内団地に受け入れ、翻訳機貸し出しや就労・生活サポートを決めた。
東京都は、ウクライナ難民ヘルプデスクを設け、フリーダイヤルでつながり、ウクライナ語でも対話可能にした。しかし試してみると、つながりにくく、つながっても“待ち”がやたらと長い。
東京都区の対応はマチマチだ。江戸川区の都営住宅に住む避難家族の話では、家賃をはじめ光熱、水道料金は全て無料の扱い。が、品川区の場合、家賃は無料だが、光熱、水道料金は有料とされ、避難者の負担が大きい。区はようやく6月、居住する避難者に「当面の生活支援金10万円」の支給を決めた。「品川区は何もしてくれない」と筆者に訴えていたアンドラシュ・タマラさんは「少し安心した」と顔をほころばせた。
海外の支援状況はどうか。最多の避難民を受け入れているポーランドでは、ワルシャワ中央駅近くに作った大キャンプに24時間営業の無料食堂を設けている。ウクライナ人のパスポートがあれば、誰でも利用できる。
ウクライナ在住の9歳の少女は生まれつき心臓に二つの穴が開いている。戦禍の中、ニューヨークの心臓専門病院が6月、彼女を招き、無料で入院させ、穴を塞ぐ手術を行うことを決めた。少女はウクライナで手術する予定だったが、ロシアの侵攻で出来なくなった。治療の際、母親のニューヨーク滞在費と生活費は全て病院と連携する慈善団体が面倒を見る。
日本人による現地の地道な支援活動も好評だ。気功インストラクターの山田正仁氏(60)は7月、モルドバに再度飛び、ウクライナ避難民支援に取りかかった。山田流の支援方法は、現地調達した「ジャガイモ、ニンジン、タマネギ」を多くの袋に詰め、これを避難民に無料配布する(写真3)。貰った人々は、おいしく料理でき、栄養たっぷり、と大喜びだ。
前出の小峯氏の話では、ウクライナ西方のポーランド国境に近いリビウには、避難してきた子ども向けに「子ども食堂」を開設する準備を自費で進める30代半ばと見られる日本人男性ボランティアもいる。日本のマスメディアには決して出ようとしないI氏は、現地の人々から期待され、敬意を集める。
ドメスチックな役人たちは、こうした名もなき個人の献身的な支援活動に、何を感じるだろうか。

〈写真3〉モルドバで食料袋を用意する山田正仁氏