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第181章 JICAが異例の予算管理失敗/コンサル各社に支払い延期要請
(2018年7月30日) (「週刊エコノミスト」2018年7月24日号掲載)
政府開発援助(ODA)の実施機関、国際協力機構(JICA)が、昨年秋以来、途上国で実施するODAプロジェクトの委託先コンサルティング会社に対し、「予算ひっ迫」を理由に、新規事業の見直しやプロジェクト費用の支払い延期を求め、約80社がこれに応じたことが分かった。
年度も後半になって当初予定していた案件の絞り込みや先送りを求めるのは異例だ。民間企業が同様のことをすれば、契約の不履行や「優越的地位の乱用」を禁じた独占禁止法の違反といった不法行為に問われる可能性がある。
JICAの2017年度決算は、プロジェクトの委託先約80社の「協力」を得ることで支出を抑えることができ、予算超過となる事態をかろうじて免れた。しかし、自身の予算管理失敗のツケを委託先業者に回した格好だ。JICAに対する信頼は揺らいでいる。
実施段階で膨れた予算
「17年度は組織的な対応ができておらず、ご迷惑をおかけしたことをおわびする」。JICAの加藤宏理事は3月、コンサル会社延べ180社を集めて事業分野ごとに計5回行った説明会でこう陳謝した。
説明会はコンサル側の求めに応じて行われた。コンサル会社は昨年10月ごろから、受託したプロジェクトについてJICAからそれぞれ個別に要請され、不安にかられていた。
JICAからコンサル側に伝えられていた要請は主に二つ。一つは新規プロジェクトの中止や先送り。もう一つは、既存の契約分について事業途中に支払われる前払い金や部分払い金の支払い繰り延べだ。
加藤理事は3月の説明会で「継続中の案件については30社に対し、無理のない範囲で業務スケジュールの見直しや支払時期の調整をお願いしている」と明かした。
しかし、あるコンサル会社幹部は「JICAは『お願い』のつもりでも、弱い立場にあるわれわれは応じないわけにはいかない」と漏らす。
筆者が入手した部外秘扱いの「議事録メモ」によれば、3月の説明会ではJICAとコンサルの間で次のようなやりとりがなされた。
コンサル「昨年11月時点では、『支払いの延期をコンサル会社に要請することはない』との説明だったが、話が違うのではないか」
JICA「申し訳ないが、支払いの延期をお願いしているケースはある。あくまでも各社の可能な範囲で協力をお願いする趣旨であり、強制ではない」
コンサル「プロジェクト受託費の『部分払い』がされないと(自腹を切らざるを得ず)銀行保証に対して手数料を支払わなければならないこともあり得る。JICA側がそれらのコストを負うべきではないか」
JICA「ケースバイケースで案件担当者に相談して欲しい」
コンサル「協力しなかったら、何かペナルティはあるのか。協力することによるメリットはあるのか」
JICA「双方ともない。強いて言えば(協力してもらえればJICAの予算執行状況が改善するため)業界全体として新規案件が出やすくなるというのがメリットである」
そもそも、問題はなぜ生じたのか。JICAの加藤理事は説明会で「17年度事業は事業ニーズの増加や、案件実施の前倒しなどの理由から、技術協力の予算執行率が高くなったため、一部で事業計画の見直しを余儀なくされた。その結果、新規案件の公示を見直さざるを得なくなった」と説明したという。
つまり、根本の原因には、予算の執行状況を把握できていなかったことがある。
問題が起きたのは、主に「技術協力」と呼ぶ分野だ。技術協力プロジェクトは円借款など有償勘定とは別に、『一般勘定』で管理され、政府の運営費交付金を原資として運営されている。技術協力は一般勘定の年間事業予算約1000億円の約6割を占める。
技術協力の中心は、何より途上国の人づくりにある。途上国に専門家や青年海外協力隊を派遣したり、途上国から研修員を受け入れたりして、開発課題にかかわる調査や相手国への技術移転、人材育成、インフラ計画の策定支援を行うなど多岐にわたる。
バングラディシュでは近年、IT産業向け人材の育成に力を入れる。パレスチナでは母子保健の支援で日本の「母子手帳」の配布を計画中だ。ミャンマーには小学校向けの教科書づくりプロジェクトもある。
今回の問題を受けて、JICAが17年度にコンサル会社などと結んだ業務実施契約件数は9月以降に急減した(図)。とりわけ中小規模の事業者が1人で業務を行う「単独型」の落ち込みが目立つ。昨年12月以降、単独型の新規実施案件の公示件数は一挙にゼロ近くに減った。
「中小業者の企業倒産や休業が今後一段と増えるのではないか」(前出のコンサル会社幹部)。単独型の業務の急減で、個人のコンサルタントや中小規模のコンサル会社の経営は深刻な打撃を受けるばかりか、支援プロジェクトの規模縮小や質の低下を招くのは必至だ。
19年度も影響は残る
問題はなお尾を引く見通しだ。JICAによれば、18年度や19年度も、予算がひっ迫した状態は続く。
5月末に実施された2回目のコンサル向けの説明会によると、支払時期や事業の実施時期の調整で関係各社約80社から130件の協力を得たことから、18年度は100億円相当の予算を浮かすことができた。
その結果、新規案件に充てる予算も、例年の60%程度にあたる40億円分を確保できる見込みだ。同年度の新規案件の公示は最終的に約250件に上る見通しだという。だが、17年度の新規契約分は実績ベースで前年比75%の620件で、18年度は依然低水準にとどまる。
JICAは6月、今回の問題を巡り、北岡伸一理事長をはじめ役員らを減給処分(形は自主返納)とした。同時に、JICA事業の予算失効を横断的に管理する「予算執行管理室」を7月に解説するなど、再発防止策を発表した。
しかし、JICAは「(プロジェクトの公示・発注状況の)平準化は20年度以降の見込み」としている。傷は深く、回復は長引く。
JICA―世界最大規模の援助機関
国際機関への資金の拠出を除く2国間援助では、世界最大規模の途上国支援機関。専門家の派遣などを通じた「技術協力」をはじめ、円借款などによる「有償資金協力」、道路や施設建設への資金提供など「無償資金協力」の三つの支援を一元的に担う。
海外拠点約90カ所を通じて約150カ国・地域で事業を展開。業務を受託できる資格を持つ登録企業数は現在1441社(単独型を含む)。
担当理事に直撃!
JICAの加藤宏理事に、問題への対応を聞いた。
―なぜ予算がひっ迫したのか?
「2017年度は(独立行政法人として)3〜5年後を見据えた中期計画の初年度に当たっていた。それまで15〜16年度に開拓したプロジェクトの計画が存続していたために、17年度は(予算への)負担がずっしりとのしかかることになってしまった。
そのため、(コンサル会社側への)支払の減額につながる継続案件について、やむなく予算をカットせざるを得ず、各社に支払いの調整をお願いした」
―事業見直しや支払い延期を要請した対象と、実際に協力を得ることのできた会社数は?
「交渉の対象としたプロジェクトは18年度は134件で、協力を得ることができたのは約80社に上る」
―こうしたコンサル側への「お願い」によって特に経営への影響が大きいと懸念される「単独型」の案件を請け負う事業者に対する配慮は?
「(新規事業公示に際し)パートナーとして長く実績のある会社などにチャンスを広げ、(発注の)バランスを取るようにしたい」
(図) 昨秋以降に急減したJICAの業務実施契約
<JICA資料を基に筆者作成>