■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第166章 大震災後の原発ムラ/原発再稼働で息吹き返す

(2015年3月4日)

過酷事故を忘れたかのように、原発は「重要なベースロード電源」と位置付けられ、再稼働が推し進められようとしている。その背後で、これまで声をひそめていた原発ムラがソロリと復活を遂げた。

原発問題を読み解くカギは2つある。エネルギー問題と、原発事業の巨大な利権に絡む「原発ムラ」の問題だ。未曽有の福島第1原発事故を忘れたかのように、「原発再稼働」に舵を切った安倍・自民党政権。その背景に、関係する政・官・業・学が原発利権を手放さない原発ムラの存在がある。
再稼働で原発ムラに明かりが灯った。

エネルギー基本計画が分岐点

匿名を条件に、経済産業省の中堅幹部が原発ムラの近況を語った。
「いわゆる原発ムラは、安倍政権の誕生で完全に息を吹き返した。昨年決まったエネルギー基本計画の政府案がその分岐点です。ここで原発再稼働への路線を敷いた。なかでも重要なのは、柱となる核燃料サイクル政策の推進を明記したことです。後はこの路線に沿って進めて行くだけ」
2014年4月11日に閣議決定した新たなエネルギー基本計画によって、原子力発電は重要な「ベースロード(安価で安定供給できる)電源」と位置付けられた。民主党前政権の「2030年代に原発ゼロ」から大きく転換した。

核燃料サイクルとは、使用済み核燃料の燃え残りのウランやプルトニウムを取り出し、再び燃料に加工して燃やすサイクルを指す。この循環プロセスが事故なく稼働していけば、小さな核燃料から限りなくエネルギーを得ることができるはず、というわけだ。
国の計画によれば、プルトニウムの取り出しは青森県六ケ所村の再処理工場で行う。取り出したプルトニウムをウランと混ぜたMOX燃料として原発で燃やす「プルサーマル」も推進する。
このサイクルの中核施設となるのが、高速増殖炉の実用化を目指す原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)だ。取り出したプルトニウムを燃料として再利用し、消費した以上にプルトニウムを生み出すとされる。

ところが、すでに10兆円を超える国費を注ぎ込んだにもかかわらず、サイクルは実用化のメドが今なお立っていない。
とりわけ絶望的な見通しが、「夢の原子炉」と呼ばれたもんじゅだ。もんじゅは1992年に試運転を始めて以来トラブルが絶えず、本格運転に入れないまま今も運転停止が続く。運転停止中も毎年200億円規模の予算を維持管理費名目で主に人件費に使う。
高速増殖炉の実用化は技術的に至難で、核開発先進国の米国、英国、フランスが開発から撤退した経緯がある。
もんじゅの失敗続きの歴史は、安全に対する取り組みに緊張感がまるで欠けていることを物語る。1995年のナトリウム漏れ事故で約14年間も運転を停止。2012年9月には約1万点にも上る機器点検漏れ、さらに昨年1月に点検計画見直しの虚偽報告、4月には新たな未点検機器と点検記録の100か所以上に及ぶ不正処理が見つかった。危険極まりない核エネルギーを扱いながら、当たり前の安全管理業務ができていない。

財務省はもんじゅ予算の積算根拠が不明だと見た。2011年11月の事業仕分けでもんじゅを運営する独立行政法人・日本原子力研究開発機構と監督官庁・文部科学省に対し「説得力ある形で国民に積算根拠を説明する必要がある」と要求したが、実現していない。
こうした「破綻同然のカネ食い虫」サイクル事業の継続に、安倍政権はお墨付きを与え、改めてゴーサインを出したのである。
もんじゅに対しても、前民主党政権が打ち出した「事業終了」とは逆に、看板を掛け替えて延命させた。「増殖炉」の看板を下ろして、国際的な研究機関として、新たに「核のゴミ専用の焼却炉」に取り組む、などとした。しかし、具体的な計画が出来上がっているわけではない。

エネルギー基本計画は、昨年2月の都知事選の争点に浮上した使用済み核燃料問題にも不安を残した。現在、日本国内で保管されている約1万7千トンに上る高レベル放射性の使用済み核燃料を無害になる10万年後までにどのように安全に管理し、最終処分したらよいか。その方法は世界的にもまだ見つかっていない。「脱原発」に転じた小泉純一郎元首相らが問題提起したのは、その危険性だ。

恐ろしい真実

福島第一原発事故が開示した「原発の真実」は、原発ムラが世間に刷り込んできた安全神話を一挙に覆した。それは、次の新たな恐ろしい様相を浮かび上がらせた。

・ 巨大な地震・津波で原発の過酷事故は突然起こり得る。
・ 事故は地球規模の広範な放射能汚染を拡散する。
・ 周辺地域は人の住めない“死の土地”となり、避難民の多くは生活を奪われ、帰るべき故郷を失った。
・ 事故に伴う汚染水処理が長引き、決定的な対策が今なお取られていない。
・ 最終的な廃炉処理までに30年〜40年もかかる。その間、放射能汚染の影響が続く。
・ 原発稼働で増え続ける使用済み核燃料の安全な保管・最終処分法が見つかっていない。

このような状況にもかかわらず、安倍首相は事故の教訓に向き合わず、国民の大半が抱く原発への不安に応えなかった。2012年12月の衆院選挙時の自民党公約「脱原発依存」を捨て「原発再稼働」に切り替えたのに、その理由を国民に十分説明していない。昨年12月の衆院選では、争点になるのを防ぐためか、「原発」という言葉をあえて使っていない。
前出の覆面官僚が、原発ムラの現状をこう語る。
「原発推進を狙っていた原発ムラは、事故後表には出ずに声をひそめ、再稼働の時をひたすら待っていた。脱原発の危機が去った今、原発ムラはソロリと復活してきたのです」
事故で“休業”を余儀なくされていた原発ムラの「ソロリ復活」。これは、原発事業から甘い蜜を吸ってきた勢力が息を吹き返し、歩き出したことを意味する。

再稼働第1号の理由

政府の原発再稼働方針を受け、原子力規制委員会は昨年3月、九州電力川内(せんだい)原発1、2号機を優先審査することを決めた。
これには理由があった。何より地元の鹿児島県知事、薩摩川内市長が熱心に早期再稼働の必要を訴えたからだ。鹿児島県の伊藤祐一郎知事は、周辺自治体の鹿児島市から再稼働で同意が必要な自治体の範囲を半径30キロ圏に広げるよう求められたが、「薩摩川内市と県の同意があれば十分」と突っぱねた。30キロ圏は事故に備えて避難計画を策定しなければならない地域。県知事の強硬な推進姿勢が、優先審査につながったと見られる。
川内原発は新規制基準を満たすと認められ、今夏にも再稼働する見通しだ。原子力規制委は続いて昨年12月、関西電力高浜原発(福井県)3、4号機の審査書案を了承し、合格認定した。ただし、こちらは再稼働まで一筋縄では行きそうにない。原発の30キロ圏内に京都府と滋賀県の一部が入り、両知事とも「再稼働は受け入れられない」としているからだ。
薩摩川内市内に隣接するいちき串木野市でも、再稼働反対の署名運動が起こり、市の人口(約3万人)の半分を超える署名を得て昨年4月、市民団体が市長に全署名を提出している(ただし市議会は9対8の1票差で再稼働を承認)。
ここから、立地自治体は再稼働に賛成でも、周辺自治体の住民は反発―という構図が浮かび上がる。

周辺自治体から初の原発差し止め訴訟も起こされるようになった。
北海道函館市は昨年4月、事業者のJパワー(電源開発)を相手取り、青森県大間町で建設中の大間原発の建設差し止め訴訟を東京地裁に起こした。函館市は津軽海峡を挟んで大間原発の対岸にある。
函館市の一部は原発30キロ圏内に入り、同市は「大間で過酷事故が起これば、27万人超の市民の迅速な避難は不可能」と訴える。大間原発は、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを混ぜたMOX燃料を100%使える世界初の原発として2008年から建設が始まり、3・11で中断した後、2012年10月に工事を再開していた。
このように、原発再稼働から見えてきたのは、周辺自治体の「不安・反対」を押しのけて、政権と原発ムラが推進を図り、結果、地域間の「対立・抗争」が深まろうとしている風景だ。

電力会社が政治献金、選挙支援

民意は「脱原発」の側にあり、原発の危うさ・怖さから見て長期的には、脱原発が実現する可能性は大いにある。
裁判も変化してきた。関西電力大飯(おおい)原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを命じた福井地裁判決(昨年5月)。人の生命・生活の尊厳・権利を前面に押し出し、「大飯原発から250キロ圏内に住む原告らは人格権を侵害される具体的な危険がある」と認定したのだ。
しかし他方、再稼働実現に向けた原発ムラの蠢動(しゅんどう)が始まり、今後さらに活発化する見通しだ。

再稼働第1号に九電川内原発が選ばれた理由のもう1つは、九州における九電のパワフルな影響力だ。再稼働をいち早く実現する最適地とみなされたのである。
麻生太郎副総理・財務相は、福岡県飯塚市を地盤に絶大な勢力をふるう。実父は炭鉱を経営し、九電の初代会長となった。九電は九州に本社を置く企業中トップの売り上げ規模を誇る。
現九電相談役の松尾新吾前会長が地元で毎年、麻生氏の政治資金集めのための「政経文化セミナー」を主催する。朝日新聞によると、昨年3月の福岡市でのセミナーには福岡県内の議員や首長に加え、九電や子会社、下請け会社の幹部ら1200人が詰めかけた。参加チケットは1枚1万円、飲食はなし。会場費など経費を差し引いた残額が、麻生氏の政治活動費に充てられる。
九電が地方財界を率いて政治家を後援し、政治家が電力会社の意向をエネルギー政策に反映させる図だ。有力政治家や原発立地自治体の首長に対し、電力会社はパーティ券購入あっせんや、会社名を隠すため会社役員らによる個人献金の形でも支援してきた。
選挙にも力を貸す。国選や知事選には電力会社と通じた経済産業省などのOBが、電力会社と労組、傘下の建設会社や出入り業者、商店街から組織票集めやビラ貼りといった選挙支援を受ける。
電力会社は時に「地域貢献」の名の下、自治体や外郭団体に気前よく寄付もする。見返りは、原発施設の増設や大工事、用地買収、事故対応などで知事の同意を得ることだ。

天下り先に甘いチェック

原発ムラの官と業の結びつきも強い。安全チェックを甘く緩めている点で、原発問題は天下り問題に通じる。
福島第一原発事故後、電力会社への天下り批判を受けた経済産業省が明らかにした幹部OBの天下り状況によると、過去50年に68人が電力12社に天下りした。うち東京電力には事故当時、副社長4人、顧問1人が在籍。
原子力研究関連を所管し、監督権限と予算を握る文部科学省のOBを合わせると、原発関係業界への天下り規模はさらに膨らむ。
これに原発事業関連の独立行政法人、公益法人を加えると、原発ムラへの天下りは途方もなく広がり、原発推進の一大勢力となる。

もう1つ、繰り返し「原発の安全」を説いて国民にマインドコントロールを施した学者も、原発ムラを率いてきた。
たとえば、もんじゅを運営する日本原子力研究開発機構の鈴木篤之理事長(事故当時)。約1万点に上る機器点検漏れで2013年5月に引責辞任したが、その前職は、安全規制を担う内閣府原子力安全委員会委員長だった。委員長時代の2007年当時、「国の検査を徒に増やすと、現場の負担が増えて安全上マイナス」などと発言したことが、ネットに報じられた。
鈴木氏は東大教授も歴任し、「核燃料サイクル」の著書もある。権威ある原子力崇拝者として厚遇されてきたのだ。

一体、原発ムラを支える電力会社の財源はどんなカラクリか―。
原発事故前の東電の場合、役員報酬は平均で年約3700万円、社長の年収は7200万円だから、一般企業よりケタ違いに高給だ。
問題は、東電役員の高給や政治家への献金、地元対策に使われる不透明なカネの原資が、家庭や企業が毎月支払う電気料金であることだ。電気料金の設定は、ガスと共に特別の「総括原価方式」で行われ、適正原価に営業費、事業報酬分などを加えて算出される。そしてこの電気料金には、電気使用分とこれに応じた税金(電源開発促進税)が組み込まれる仕組みだ。
同促進税は特別会計に繰り入れられ、立地対策交付金などの形で地元対策や政界工作に使われる。交付金額はざっと年間3200億円超(2013年度予算)。
だが、この交付金は、元をただせば国民が納めた税金にほかならない。どんな目的で、どこにどう使っているのか。経産省と電力会社は、税金分の具体的な使途を透明化し、国民に説明する責任を負っているはずだ。
政・官・業・学から成る、この原発ムラがいま、原発の再稼働と核燃料サイクルに向けソロリと復活してきた。


(後藤・安田記念東京都市研究所編「都市問題」Vol.106 2015年3月号 特集「原発事故は終わらない」掲載)