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<番外篇> 円の暴落、悪性インフレの危険高まる/日銀依存の罠
(2015年1月19日) (山形新聞「思考の現場から」1月17日付掲載)
異次元金融緩和の推進で、円相場は12月8日に一時、1ドル=121円86銭と、約7年5カ月ぶりの円安水準を付けた。今年年末までに1ドル=130円台への下落を予測する向きもある。
しかし、アベノミクスの超金融緩和をベースにした成長経済→実質賃金アップ→2%のインフレという政府・日銀シナリオは実現するだろうか。むしろスタグフレーション(不況下のインフレ)と円の暴落に陥る危険性が高まるのではないか。
市場が円安の進行を見込むのは、日米の金融政策の方向性の違いが鮮明になったためだ。米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)は今春にも金利の引き上げに踏み出し、長期化した超金融緩和政策の終了が見込まれている。 対照的に、日銀の黒田東彦総裁は、デフレ脱却のために昨年10月末、反対論を押し切って追加金融緩和を決めた。それ以降、2カ月内に10%超も円安が進行した。
日銀はこれまで大規模な国債購入を続け、資金供給量(マネタリーベース)を急拡大させてきた。12月末には過去最大の276兆円に達し、異次元緩和に踏み出した2013年4月に打ち出した「2年で2倍にする」との目標を早くも達成した。
日銀による国債購入代金がジャブジャブと金融機関の当座預金に流れ込んでいる形だ。このカネが市中に出回り、企業や家計が潤うことが政策の狙いだが、企業の資金需要は弱く、民間設備投資も2008年のリーマン・ショック前の70兆円規模に回復していない。
経済を成長軌道に乗せる賃上げは、自動車などの大手企業が実施に踏み出したものの、企業数の99%、雇用の7割を占める中小企業の大部分は、賃上げになお消極的だ。
理由は、収益増を実現していないばかりか、円安による輸入原材料費の高騰と、消費増税の影響から収益減に苦しんでいるためだ。
実質賃金は、大企業の賃上げ分を含めても物価の上昇を受け17カ月連続で低下している。家計も改善されていないのだ。
実体経済がよくなるためには、GDP(国内総生産)の6割を占める個人消費の増大が欠かせない。ところが、所得格差の2極化が進み、消費の柱となる中間層が縮小して、家計が厳しい世帯が増えている。
日銀が1月に発表した生活意識調査でも、「生活にゆとりがなくなってきた」と答えた人の割合は3四半期連続で増え、5割を超えた。
格差が拡大して中間層が減り、低所得層が増えているのだ。1960年代半ばから70年代にかけ、自らの暮らし向きを「中流」と国民の8割以上が答えた「1億総中流社会」の時代とは隔世の感がある。
こうした実態を見れば、産業の裾野に広がる中小企業を幅広く成長させ雇用増と賃上げを実現する構造改革が重要となる。アベノミクスの3本の矢のうち「第3の矢」が、この成長戦略に該当するが、これはまだ半生で実現からほど遠い。
たしかに一部の改革は緒についた。
政府は今月下旬に始まる通常国会に、全国農業協同組合中央会(JA全中)の権限を全廃し、地域農協や農家が自由に産品を販売できるようにする改革法案を提出する構えだ。他方、政府は、持ち株会社の日本郵政と傘下のゆうちょ銀行とかんぽ生命保険を今年9月をメドに同時上場する。小泉政権が押し進め、後に棚上げされた郵政民営化を再起動させるものだ。 3社合計の初回の売却額は1兆円超に上り、売却益は国庫収入となって財政好転に寄与する。
とはいえ、成長戦略はこの先大胆に深掘りされないまま、小手先の改善に終始する可能性のほうが大きいのではないか。そう考えるのは、安倍政権が国民の不安をよそに説明不足のままなし崩しに原発の再稼働に舵を切り、「原発ムラ」の温存を優先してきた経緯があるからだ。
原発ムラは、政・官・業が巨大な既得権益で結びついている。地域経済を動かす電力会社とゼネコンなど関係業者・指導監督と許認可権限を握る経済産業省と文部科学省・関係業者から政治献金と票集めの便宜を受ける中央と地方の政治家―この「持ちつ持たれつ」の構図は、周知の通りだ。この原発ムラが、エネルギーの構造改革を阻んできた。
安倍政権が本気で改革に切り込まずに日銀依存の超金融緩和政策をやみくもに進めるなら、円の暴落、景気後退、悪性インフレの罠にはまっていく可能性がある。