■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第121章 国の直轄公共事業に重大転機/「この国の形」の変化必至

(2009年8月17日)

総選挙絡みで国政の前面に一挙に押し出されてきた国の直轄公共事業の負担金問題。全国知事会が国に対し地方負担金の縮小・廃止を求める一方、橋下徹氏(大阪府)ら「物言う」知事らが自民、民主両党に対し次期衆院選マニフェスト(政権公約)にそれを明記するよう働きかけを強めたのに対し、両党とも知事会の要求を大幅に受け入れた。地方と国との地方負担を巡る協議機関の設置については自民、民主ともに同意した。これを受け、新政権の発足に伴い、中央集権の「この国の形」が、地方分権に向け大きく動き出す見通しとなった。

地方の国への要求項目

総選挙の帰すうをも左右することとなった直轄事業負担金問題。その全体像をつかむため、地方が負担金の問題をどう捉え、国に何を要求しているのか、そしてその負担金が地方を苦しめる直轄事業の実態とはどんなものか、を改めて探ってみよう。
「直轄事業」とは、国が主体となって決めて行う公共事業を指し、「直轄事業負担金制度」とは、その費用負担を地方自治体に求める制度である。
国の直轄公共事業における都道府県の負担割合は、公共施設(直轄国道、一級河川など)の建設については3分の1、維持管理については10分の4.5(45%)となっている。

この問題がマグマのように噴き出した直接のきっかけは、全国知事会の求めに応じて国土交通省と農林水産省が5月末に開示した08年分の直轄事業負担金の内訳が、ことごとく「根拠不明」だったためだ。全国知事会は6月16日、4項目から成る「見直しを強く求めるアピール」を発表。国が負担範囲の適正化を図らなければ、今年度分は「支払えない」と通告した。

アピールはまず、情報の一層の開示を国に要求した。これは、地方が公共事業の主体となり国が協力して補助金を交付する「国庫補助事業」と同程度の情報開示を求めたが、そのレベルには遠く及ばない内容だったためだ。
アピールは「人件費や営繕費等に係る建設費と維持管理費の仕分けや、事業内容の詳細、庁費・工事雑費の内訳、各都道府県の割り振りの考え方など内訳明細が明らかになっていない。さらなる情報開示や詳細な説明を早急に行うこと」と求めた。
次に、「負担対象範囲の早急な見直し」を要求した。同時に、知事会側は「自らが合理的な基準案を作成し、具体的な提案を行っていく考え」を表明した。

全国知事会が問題視するのは、国庫補助事業では設定されている人件費や事務費の上限率・項目が直轄事業にはなく、これらの経費率が国庫補助事業に比べ高いことだ。
さらに、職員の退職手当や管理職の人件費、庁舎・職員住宅の用地費・建設費・修繕費など、国庫補助事業では認められていない費用を地方が負担させられていたことも問題視した。その上、国土技術政策総合研究所や技術事務所の経費など「直轄事業との関係が不明確」なものもあった。

知事側は「これらの経費を今年度請求分から見直す」とクギを刺したのだ。さらに負担金の約15%を占める「維持管理費」についても、「来年度から直ちに廃止」を求めた(図1)。「都道府県管理施設については維持管理費の全額を都道府県が負担しているのだから、本来、管理主体である国が負担すべき」をその理由に挙げた。
全国知事会は、アピールの最後に「地方の意見が反映できる(協議)制度と最終的な直轄事業負担金制度の廃止」を要求した。

以上が、全国知事会の最新の問題認識及び異議申し立ての内容である。これを受け、麻生渡・全国知事会会長は6月18日、自民、民主、公明の3党に対し直轄事業負担金の縮小・廃止を次期衆院選マニフェストに盛り込むよう要請したのである。

直轄事業負担金は明治30年にさかのぼる

ここで、読者はおそらく次のような疑問を抱くに違いない。それは、国が地方に費用の一部を負担してもらう直轄事業とは、そもそもどういう内容なのか。事業費の大半を支出している国の財源は、どうなっているのか―と。
直轄事業の問題は、「この国の形」に結び付いている。つまり「お上(中央省庁)」が国民を当たり前のように頼らせ、主導してきた古くからの制度・慣行に由来する。
直轄事業負担金の第1号は、1897(明治30)年に公布された砂防法にさかのぼる。以後、国直轄の公共事業そのものが、「お国づくりの事業」として位置付けられ、法律で「国(所管省庁)の大臣が管理責任者として」明記される。そして、その費用も原則として「管理者」が負担する、とされた。
たとえば、道路法(1952年施行)をみると ― その第3章第1節に「道路管理者」の項目があり、第12条[国道の新設又は改築]に次のように記されている。

第12条  国道の新設又は改築は、国土交通大臣が行う。但し、工事の規模が小であるものその他政令で定める特別の事情により都道府県知事がその工事を施行することが適当であると認められるものについては、その工事に係る路線の部分の存する都道府県を統轄する都道府県知事が行う。

ここに明記されているように、国道の建設は国の直轄事業として、国土交通大臣を最高責任者に国交省が実施する。国道の維持・修繕・管理も同様に、主体は国交省だ。
そしてこの国の直轄事業に要する費用割合についても、道路法に明確に規定されてある。この法律に沿って、都道府県の負担金の割合が決められてきたのだ。
このように国の直轄事業とは、国が建設を行う、通常は大規模な公共事業(例外的に災害復旧事業)を指す。
次に、負担金の事業別構成割合をみてみよう(図2)。全国知事会によると、09年度予算ベースで地方の負担金総額1兆260億円のうち、道路が49.3%(5063億円)、河川が13.5%(1382億円)、ダムが6.3%(644億円)。以下、港湾の4.1%(422億円)、砂防2.6%(262億円)、都市公園0.8%(81億円)、その他(主に農業関係)23.4%(2406億円)と続く。道路の比重が際立って大きく、負担金のほぼ半分を占める。

技官集団が現場を牛耳る

道路をはじめ河川、ダム、港湾、砂防、都市公園 ― と、いずれの公共事業も国交省が所管する。
2割強を占める「その他」の中身の大部分は、農水省所管のいわゆる「国営土地改良事業(土地改良法により国が行う土地改良事業)」である。
土地改良事業とは、農家が組織する団体「土地改良区」(法人名)が行う農業基盤を整備するための「水と農地に関する改良事業」のことだ。具体的には灌漑・排水、干拓・埋め立て、農地造成、農道整備、災害復旧などの事業を指す。
この事業資金は年間約3000億円規模。長年、国営土地改良事業特別会計から賄われていたが、特別会計改革の一環として08年度に一般会計化している。2001年に多数の土地改良区で自民党党費や自民党支援の政治団体の会費の肩代わりが問題化した特別会計である。
こうした国の直轄公共事業のすべてが戦後、小渕恵三政権までほぼ右肩上がりで成長し続けた。それは、財政危機の深刻化から小泉純一郎政権によって2003年度以降、「削減率3%」とようやく歯止めが掛かる。しかし、昨年秋以来の世界的な景気後退を受け、麻生太郎政権は建設を凍結していた直轄国道18路線のうち結局、17路線を再開するなど、たちまち息を吹き返してきた。

国直轄公共事業の主な実施主体は、国土交通省と農水省である。この両省で国の公共事業費予算の約9割を握る(うち国交省が約8割)。
財務省が発表した一般会計と特別会計の主要経費別純計(08年度当初予算)によると、公共事業関係費は8.9兆円に上り、防衛関係費の4.8兆円を2倍近く上回る。
公共事業の最大規模は、むろん道路関係だ。国交省によると、道路特定財源が建前上は一般財源化した09年度当初予算では、一般会計での「地方活性化」名目の9400億円と地方単独での1兆9900億円を加えると、全国の道路予算はじつに総額6.7兆円超にも上る。
この超巨額の予算を手に、地域の現場で建設・管理作業に従事するのが「技官」(「行政」「法律」「経済」を除く技術系の国家公務員I種試験合格・採用者)らだ。彼らは国交省の「地方整備局」(全国に8カ所)、農水省の「地方農政局」(同7カ所)、さらにその下に張り巡らされた工事事務所や出張所に根を張る。

技官らは公共事業を巡る実権と情報で技官同士の会やサークルをつくり、建設土木業者、大学や法人の研究グループ、専門技術者との付き合いを広げて団結心を強め、「技官王国」の拡大に余念がない。
技官OBらは3年ごとに半数が改選される参議院選挙に毎回出馬し、公共事業の増殖を狙う強固な政治勢力となる。支持母体はむろん、建設業者らの関係団体だ。

公共事業官庁は事務官(I種採用)に対し技官の数が圧倒的に多い。農水省が事務官のざっと5倍、国土交通省が2倍近くに上る。国交省の場合、事務官約1000人に対し技官は約1800人を数える。ただし、官の一種の身分制によって上級ポストが限られている技官集団は、各種の公共事業分野で存在感を示そうとする。
その意味で、国の直轄公共事業を担う技官王国には常に“拡張衝動”が渦巻いている、といっても過言でない。

特別会計から資金供給

国の直轄公共事業には、これを永続させる「装置」が初めから組み込まれてある。一つは、5年間を軸とした長期計画(国交省は道路整備については「中期計画」と呼んでいる)で、長期行政計画の中に予算ごとにビルトインしてしまうことだ。たとえば、5ヵ年計画を組んで閣議決定し、「決定事項」として毎年度予算の支出を“既成事実化”してしまうのである。
もう一つは、事業に必要な資金を公共事業官庁は自分たちが管理する特別会計(特会)から賄う仕組みにしていることだ。この“省庁の金庫”を保有することで、巨額の事業資金の調達と天下り先法人への支出が可能になる。

たとえば国交省の場合、社会資本整備事業特会で直轄事業の国側の負担分をすべて賄い、これを事業委託先の独立行政法人や公益法人向けに支出する。しかし、これら補助金や委託費を受け取る法人は通常、官庁OBの天下り先だ。そして、そのほとんどの契約が、一般競争入札を経ない随意契約である。
社会資本整備事業特会は、治水(設置1960年)、道路整備(同58年)、港湾整備(同61年)、空港整備(同70年)、都市開発資本融通(同66年)の公共事業関連5特会を統合し、08年度に設置されたものだ。

道路整備の場合、同特会道路整備勘定に一般会計経由で入るガソリン税(税収の4分の3)、自動車重量税、石油ガス税と同勘定に直入されるガソリン税(税収の4分の1)などが事業の原資となる。
毎年5兆円を超す資金規模の財源を使って、天下り先の独立行政法人「高速道路保有・債務返済機構」や公益法人「道路保全技術センター」などと組んで道路整備を進めるのである。
治水の場合には、歳入予算の7割を占める「一般会計からの繰り入れ」のカネを主な財源に、河川整備やダム建設、砂防事業に充てる。独立行政法人の「水資源機構」が治水事業を推進する。同法人の現理事長は、国交省東北地方設置局長から本省河川局長、02年に就任の事務次官を経て天下ったダム専門の技官OBだ。
港湾整備も、主に「一般会計からの繰り入れ」で、直轄事業の支出を賄う。

こうしてみると、地方が最終的に求める「直轄事業負担金制度の廃止」とは、霞が関(中央集権行政)の解体にほかならない。しかし、その解体と地方への分権が成就するためには、特定財源の目的税などの財源を「国から地方に移譲」することが欠かせない。
全国知事会は昨年明けの「ガソリン国会」で、民主党がガソリン税の暫定税率の廃止と道路特定財源の一般財源化を求めたのに対し、一致して激しく反対した。一般財源化により地方が独自にその財源を活用する道を首長らがにべもなく拒否したのだ。
背景にあったとみられるのは、国交省道路局、与党と地方の道路族議員、地元建設業者など既得権者の集合的な圧力だ。
しかし、知事側はここに来てその「二の舞」を踏んではならない。税源をまずは一般財源として確保し、次いで使途を住民の期待、要望に沿って自らが考える。それが自治体の本来のあるべき手順だからである。



(図1)
(全国知事会調べ)

(図2)
(全国知事会調べ)