■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第115章 許されない「行政の失敗」/本命モデルはドイツの公務員制度

(2008年9月25日)

  「福田政権後」も、継続されることとなる制度改革の中で、公務員制度改革は最重要課題の一つとなる。近年相次いだ「行政の失敗」は、国民生活の全般に深甚な影響を及ぼした。とくに行政不信が及ぼした国民への影響は、計り知れない。年金行政の度重なる失敗が、その好例だ。
  それは税金のムダ遣い、受益の不公正、民業圧迫、手続きの煩雑化、コスト増、負担感、先行きの不安、公務への不信などの形で「国民負担」を増やす。「行政の失敗」は結局、「国民の負担増」を強いるのである。
  国と地方を合わせ約360万人(図表1)に及ぶ公務員の制度改革が重要なのは、改革の内容次第で失われた公務への信頼を取り戻し、官僚の天下りと、受け皿の独立行政法人、特殊法人や公益法人などで補助金や業務を独り占めする弊害を、根本的に排除することが可能だからだ。それは文字通り「行革の根っこ」に相当するのである。

基本法に二つの欠陥

  福田政権が進めた公務員制度改革の基本法は、先の通常国会で昨年6月に成立した。これに伴い、内閣に国家公務員制度改革推進本部が設置され、省庁の幹部人事を一元管理する「内閣人事局」の制度設計に向け、監督役の有識者から成る顧問会議が発足。だが、顧問会議の初会合4日前に、旗振り役で本部長の福田康夫首相が突然、辞意を表明、会議の存続を危ぶむ声さえ広がる。しかし結局、初会合は9月5日、予定通り行われ、きしみながらもスタートを切った。

  国家公務員制度改革基本法は、与党が民主党の修正案を呑んで成立したものだ。与野党合意の法律だから、政権が交代しても立ち消えることなく、今後具体化していく。成立した修正案は、「公務員が国会議員と接触した場合の記録の作成・保存と情報公開への必要な措置を講ずる」など、当初の政府案よりかなり改善されている。
  しかし、修正案では一個所、政府案の良さが打ち消され、大きく後退した。政府案では、各省の「総合職」(政策の企画立案に関し高い能力を重視する幹部候補生の試験の合格者)を内閣が一括採用することとしていた。これを修正案は、旧来通りの「各省ごとの個別採用」に戻してしまった。結果、各府省庁ごとの幹部候補生(I種試験合格者)の採用が出身省庁の利益を追求するセクショナリズムを生んでいる現状は、温存されたのだ。

  基本法にはもう一つ、重大な欠陥がある。それは公務員人事を「政治主導」とするために、内閣官房長官を内閣人事局の最高責任者に据えたことだ。
  ということは、時の政権の下で国家公務員の幹部人事がコントロールされる、ということだ。言い換えれば、政治権力から中立であるべき公務員人事は、時の権力者の意のままにされかねない。

英国のシステムにみならえ

  この点で、英国のシステムのほうが優れている、と筆者はみる。英国では局長級以上の任用の承認などを担う「人事委員会」は、政府から独立している。本省課長級以上の上級公務員は、政権の恣意的な人事を免れ、腰を落ち着けて仕事に専念できる。
  筆者は以上の二点で、基本法に盛られた政治主導の改革面の一部は評価するものの、全面的に首肯するわけにはいかない。同様に、この制度改革にリンクした「官民交流センター」(新・人材バンク)の天下り規制法にも反対せざるを得ない。センターへの反対理由は、要するに天下りの事前規制の撤廃と事後規制への転換は、実効性に期待できず、センターの再就職のあっせんは、天下りをむしろ、人事院によって制限されてきた民間企業に広げる結果になるだろう、規制どころか天下りの“解禁”につながるだろう、ということだ。

  現行の公務員制度改革は、ステンドグラスにたとえれば、まだ部分しか決まっておらず、全体像が美しく仕上がるかどうかは、依然、不確かなのだ。
 公務員制度改革をしっかり完成させ、天下り問題を根絶し、官僚のモラルを維持するためには、海外の進んだモデルを比較研究する必要がある。「情報鎖国」から、先進各国制度の長所を求め、吸収しなければならない。結論から言えば、筆者が青年時代に遊学したドイツの公務員制度に、大いなる示唆が潜んでいると思われる。

ドイツ制度の優れた特性

  ドイツの官僚制が、日本のあるべき公務員制度を考える上で有力なモデルとなるのは理由がある。英国に「追いつき、追い越せ」が国家的課題だった19世紀から20世紀初頭のドイツが、その封建的な官僚制をマックス・ウェーバーの言う近代的官僚制に進化させていった。かつて「君主の使用人」だった官吏の役割は、特定の党派に味方しない行政の中立的な執行者へと変身していく。
  今日のドイツは、戦前にナチス政権に全面協力して国家破滅に追いやった官僚制の反省に立ち、政治権力からの中立を重視した公務員制度を確立したかにみえる。われわれは、この制度モデルに着目して、日本の制度改革を考えてみる必要があろう。
  一度でもドイツに旅した人なら気が付くが、ドイツの役人の杓子定規ではあるが、きちんと対応する信頼感・安心感は他国に例をみない。鉄道でイタリアからオーストリアを経てドイツに入ると、鉄道員の制服の着こなしから「ドイツにとうとうやって来た」と実感したものだ。

  人事院資料や『公務員制度改革 ― 米・英・独・仏の動向を踏まえて』(村松岐夫・編者)などによって、ドイツの公務員制度をみてみよう。
  その最大の特性は、公務員が「官吏」と「非官吏」の二グループから成り立っていることだ。「官吏」は、裁判官や大学教授などと並ぶ「専門職業(プロフェッション)集団」の一つで、公法上の勤務義務を負い、公権力の行使に当たる職務を遂行する。いわば「エリート官僚」だ。
  これに対し、公権力の行使に当たらない職務、つまり官吏の補助的業務や日常事務・実務を行い、私法上の雇用関係にあるのが、「非官吏(公務被用者)」だ。いわば公法上、勤務関係にある官吏と、私法上、契約関係にある職員・労働者という二つの身分が併存する「二元的公務員制度」である。
  非官吏は、官吏の下でその指示を受け、“縁の下の力持ち”的な遂行労働を担うのである。私法上の雇用関係だから、民間の会社員が役所に雇われる形と考えればよい。  この二元的公務員制度の下で、官吏の労働基本権は非官吏とは全く異なる。団結権は認められているが、協約締結権、争議権は制約されている。ただし、給与などの勤務条件の変更については意見を述べることができる。
  労働基本権が制約されている点では、日本の公務員制度と同様だ。

厳しい義務と“生涯保障”

  官吏については、基本法で伝統的な「職業官吏(Berufsbeamte)の原則」の保持が明文化されている。それらは「終身にわたる奉職、本人および家族に対する生活保障、忠誠義務、政治的中立、ストの禁止」などの原則である。
  官吏に関する立法は、連邦が枠組み法をつくり、これが一六の州や市町村に適用されるという。官吏の割合は連邦で、全公務員約47万7000人のほぼ3分の2を占め、残りが非官吏だ。官吏の公務員に占める比率は、州では62%、市町村ではわずか14%に減少する。
  このことは、市町村では実務のほとんどが非官吏によって行われていることを意味する。逆にいえば、官吏はエリート専門職として優遇され、公務上の厳しい義務を負う一方、身分保障されて、終身雇用や恩給で生涯にわたり生活を保障されるわけである。
  ということは、日本のように役所が早期退職慣行によって天下り(組織的再就職)あっせんをしていく必要は生じない。したがって、天下り先の公益法人などで行政から多額の補助金を受け取ったり、業務委託を独り占めするような実態もない。
  官吏は、全体の奉仕者として「政治的中立」を求められる。ただし、次官、局長などが大臣の信任が得られなくなった時には「一時退職」(一定期間、給与と割増恩給を支給)させられる。

  官吏任用の条件は、どんなものか?官吏の官職は、学歴や専門領域を資格要件として分類され、高級職(大学卒)、上級職(専門大学卒)、中級職(実科学校卒)、単純業務職(基幹学校卒)の四階層に大別される。高級職には、本省課長や参事官、上は事務次官のような上位の職制が適用され、その他の職は下位の職制が適用される。事務次官の多くは、部内の高級職から登用されている(図表2)。
  そして次の点が、とりわけ参考になる。
  高級職への採用者は、見習い期間を経て10年位で「準課長級」に昇進する。しかし、その後の昇進は保障されていない。本人の努力と能力次第で、事務次官まで昇進する者がいる一方、準課長止まりで定年(65歳)を迎える者も多い。能力と実績が評価されなければ、幹部に登用されないのだ。
  日本の国家公務員試験I種合格のキャリア官僚とは違い、「課長以上」への昇進は保障されていない。日本では採用時の一回の試験で、将来の昇進度が決まる。キャリア官僚は、上はトップの事務次官から下は課長以上と、例外なく幹部となる。ドイツの制度は、日本に比べ幹部への競争圧力は高く、遙かに優れている。

天下りを必要としない制度

  官吏は在職中は給与、退職後は恩給を受ける。恩給は退職時年収の約七割と、充実したものだ。
  この手厚い待遇から、官吏が再就職することはまれだという。中途退官すれば恩給の受給資格を失うからだ。例外的に再就職する場合、官によるあっせんはなく、官吏自らが再就職先を見つけることになる。ドイツの官吏は生涯、官僚人生を全うするのである。 “終身官吏”として身分保障される官吏は、これと引き換えに、節度と自制が厳しく義務付けられている。
  その一例を挙げれば、職務に関連する報酬や贈物の受領について、官吏は「終身」、非官吏は「在職中」禁止されている。
  このドイツ版キャリア制度を天下り問題と絡めて考えてみよう。

  日本の天下りあっせんは、各省が天下りの受け皿を官製法人や傘下のファミリー企業に引き受けさせながら、毎年、組織的に4000人前後の規模で繰り返す慣行だ(図表3)。この慣行を廃止するのが天下り廃止の早道だ。そして、この慣行廃止と合わせて、天下り自体を必要としない「新しい制度モデル」を適用する必要がある。
  この意味で、上述したドイツの公務員制度は、取り上げる価値のあるモデルといえるのではないか。
  なぜなら、一つにはドイツ型の「官吏」の立場は、多くの官僚にとって安心して仕事に身を入れられる、満足のいくモデルになるだろうからだ。ドイツモデルだと、終身雇用となり、恩給も得られるから、そもそも天下りする必要はなくなる。役所の組織的な天下りあっせんも、不要となる。
  もう一つ、ドイツモデルの長所は、課長以上のエリート官僚を能力と実績に応じ、少数に選別していくことで、行政コストの膨張を抑えられるばかりか、天下りがなくなると共に、天下り先法人の公金ムダ遣いもなくなることだ。結果、全体として行政コストが削減され、公務の清廉性と「小さな政府」の実現が見込まれる。
  天下り問題の根絶と公務への信頼、官僚のモラル向上―これら“一石三鳥”の効果が狙えるのである。





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出所) 首相官邸ホームページ


(図表2) ドイツにおける事務次官のキャリア例
 
内部昇進(基本的に1つの省でキャリアを形成)
8人
連邦政府内の昇進(連邦政府内で複数の省庁を渡り歩く)
3人
州政府からの異動(州政府でキャリアを積み、連邦政府へ異動)
6人
政党事務局
4人
民間
2人
労働組合
2人
25人
 
出典: 連邦各省のホームページに掲載されている事務次官の経歴から集計
出所) 『公務員制度改革―米・英・独・仏の動向を踏まえて』村松岐夫編著


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出所) 首相官邸ホームページ