■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第107章 08年度税制改正/抜本改革なき先送り

(2007年12月3日)

  基礎年金(国民年金)の財源としての消費税の扱い、道路特定財源の一般財源化が大きな焦点となった2008年度税制改正は、抜本改革を棚上げしたまま、消費税引き上げなど主要案件を09年度以降に先送りすることが確実となった。結果、公的年金制度を含む「この国の形」は変わらず、停滞色が一段と深まる恐れが強まった。「成長」と「格差是正」の二兎を追う福田政権の行き詰まりが、「国民の信」を問う解散・総選挙の時期を早めることは必至だ。

霧の中の来年度税制

  まずは、これまでの税制論議でどんな方向性が打ち出されたか―。
 方向性を力強く指し示すメッセージは、ひとつもない。決定打に欠け、無難な寄せ集めだ。柱のない家のようだ。
 そうなった理由は、優柔不断な福田康夫首相を一層優柔にさせる政治要因が働いているためだ。
 その根本原因は、参院選での民主党大勝である。これが福田政権を唐突に生み出し、この結果、自民党との協調色が強まった。官邸主導の先導役を務めた経済財政諮問会議(議長・福田首相)の影が薄くなる。当然の帰結として、自民党税制調査会(津島雄二会長)の勢いが増す一方、「参院第一党」を背景に民主党税制調査会(藤井裕久会長)の発言力も増し、政策決定を主導してきた政府税制調査会(首相の諮問機関、香西泰会長)の影響力が後退したのだ。
 しかも、政府は衆院選をにらんだ“政治決断”を迫られる。福田首相は、すこぶる波乱含みの状況下で、決断しなければならない。  最大の焦点は、むろん消費税の扱いだ。

年金絡みの消費税

  これには「年金哲学」が絡んでくる。まず、年金財源に消費税を充てるかどうか。充てるとすれば、09年度までに「基礎年金(国民年金)財源の国庫負担を現在の3分の1から2分の1に引き上げる」との既定政策に沿った消費税手当てか、あるいは基礎年金の給付をすべて消費税で賄う税方式に切り替えるか ― この決断を迫られるからだ。
 「年金不信」から保険料納付率が実質五割を切った基礎年金をしっかり立て直すには、財源を従来通りの社会保険方式で続けるか、それとも新たな税方式を導入するか、の選択をしなければならない。
 決定を困難にしているのは、制度設計と同時に、財源確保の設計もしなければならないことだ。民主党は既に基礎年金財源のすべてを消費税で賄う方針を表明している。国民の関心は、政府が年金・財源問題にどう応えるか、にある。
 これに対し福田首相は11月15日、記者団に「いま消費税を上げる話にはならない」と言明したのだ。これで来年度の消費税引き上げの可能性はなくなった。結果、09年度までに基礎年金財源の国庫負担率を2分の1に引き上げる財源の確保問題は09年度以降に先送りされ、不透明感が一段と増した。
 これは明らかに、迫り来る衆院選を念頭に置いた先送りである。しかし、これまでの経緯を考えると、国民に消費税増税の先送りをどう説明するのか。

保険方式か税方式か

  政府側は、既に経済財政諮問会議の民間委員が税方式を選択肢のひとつとしている。小泉・安倍前政権を支えた日本経団連の御手洗富士夫会長も、基礎年金財源の全額を税で賄う案を検討に値する、と明言した。
 内閣府の試算によると、「全額税方式」を導入した場合、必要な財源規模は消費税の5―7%分に相当するという。また、基礎年金財源の国庫負担を2分の1に引き上げるのに必要な財源規模は約2兆5千億円、消費税の1%増税分に相当するとされる。
 福田首相が消費税増税の先送りと合わせ、09年度に税方式による基礎年金立て直し政策を明確に打ち出さなかった場合、「年金政策不在」ともみなされ、国民の支持率が急落するリスクも伴う。その成り行きで、政局の急変もあり得る。
 このように、今回の税制手直しは、従来以上に政変ドラマの可能性を秘める。政府税調は、こうした次期衆院選への直撃型の影響を恐れ、総論で消費税引き上げの必要性は述べるものの、引き上げ率や時期などの具体論には敢えて言及しなかった。自民税調も同調する見通しだ。
 では、安倍前政権が明言した「道路特定財源の一般財源化」はどうなるか。

余剰税収分を一般財源化か

 税収2.8兆円超(07年度)と、道路特定財源国税分の約8割を占める揮発油(ガソリン)税の扱いが、大きな焦点となる。政府、与党は来年3月に期限が切れる通常の2倍の暫定税率(1リットル当たり48.6円)は、据え置くことで合意済みだ。
 福田首相は、道路特定財源の一般財源化について「納税者に理由を説明し、理解を得なければならない」と記者団に述べ、慎重な姿勢を示している。首相はもともと協調タイプで、自民党・官僚・財界と折り合いつつ政権安定化を目指す方向だ。
 福田氏の発言の通りなら、一般財源化をごく限定的に行うことになる。そこで、道路づくりのために設けられた暫定税率を据え置き、税収を確保する見返りに、一般財源化を余剰税収分に限る案が有力視されてきた。
 その一般財源化の用途も、自動車交通関連のCO2抑制とか電柱の地中埋設などに限り、地方や経済界を説得しよう、というものだ。
 だがむろん、一筋縄ではいかない。道路族議員と国土交通省は11月、公然と反撃に出た。安倍前内閣が昨年末に行った「必要な道路をつくって余った分の一般財源化」という閣議決定の骨抜きを狙ったのだ。
 国交省が発表したのは、今後10年を見通した道路整備中期計画の素案だ。それによると、必要な道路を整備するには合計六八兆円の財源が必要だ、とした。このうち国が負担する分は35.5兆円としたが、これは現在の道路特定財源の国分3.4兆円(地方分は2.2兆円)の10倍強に上る。つまり、10年分の国の道路特定財源の税収分に見合う金額だ。「必要な道路に使って余る分はない」と宣言しているわけだ。一般財源化に対する事実上の拒否、閣議決定へのノーである。

金融一体課税で投資促進

  抵抗の大きさゆえに、道路特定財源の一般財源化問題の決着は、土壇場まで持ち越されよう。福田政権にとって重要なことは、仮に特定財源の余剰税収分を道路事業関連の一般財源に振り向けることを決めたとしても、そのタイミングが遅れるほど、政権への逆風が強まることだ。「グズな福田」という悪印象が、来るべき総選挙の勝算を小さくすることは言うまでもない。
 逆に、野党にとっては道路特定財源問題は格好の攻めどころとなる。まずは、この総額5.6兆円に上る特別会計資金の使途の詳細について、政府に全面公開を迫ってはどうか。これを機に「利権の巣窟」に切り込むのだ。
 こうした中で、政府税調が打ち出す金融一体課税(金融取引で生じる損益を合算して課税する方法)と公益活動を活性化させるための寄付金税制優遇が、辛うじて目玉となるかもしれない。金融一体課税は、海外投資などリスク性の高い金融商品への投資損失を和らげる狙いで、投資家にとっては投資や為替のリスクをヘッジするありがたい措置だ。
 サブプライムローン・ショックで、内外の株式や投信に対する個人投資家の買い控えが目立つ。この際、富裕層をはじめ「持てる層」のカネを内外の金融市場に回す仕掛けは必要だ。
 他方、政府税調は証券優遇税制の廃止を打ち出した。しかし、そうなると株などの売却益や配当にかかる税金は10%から20%に跳ね上がり、金融活性化に逆行する。下落局面に入った株式市況をテコ入れするため、福田内閣は思い切って「証券優遇税制の維持」に舵を切れるかどうか。「成長」を重視するなら、金融・証券市場を活気づけ、カネ回りをよくしなければならない。

注目の寄付金優遇

 寄付金税制優遇は、公益法人制度が100年ぶりに改革され、新制度が来年12月から施行されるのに伴う措置だ。米国では昨年、投資家ウォーレン・バフェットの4兆円を超える慈善団体への寄付で話題を呼んだが、米国の税制がこれを可能にした、とみられている。
 日本がどこまで米欧の進んだ寄付金税制に近づけるか―。首相が大胆な優遇を決断すれば、民間公益活動の活性化にようやく踏み出した、と評価されよう。
 「成長」の成否が左右される法人課税の実効税率(約40%)はどうなるか。主要国の中で最も高い水準の引き下げは、経済界が一致して要求するものだ。
 だが、福田内閣がこの要求に応えて法人税の大幅引き下げが実現するとは考えにくい。民主党の反対もあり、政府税調の答申に沿って「中長期的な引き下げの必要」に言及しつつ、今回は見送る方向だ。
 しかし、政府が「成長」を重視するなら、法人税の引き下げは重要だ。その理由は、企業の負担軽減だけでなく、法人税の引き下げで海外からの投資を誘い込めるからである。英国で起こった「ウィンブルドン現象」の日本での再現が可能になるからだ。サッチャー英首相は、80年代に法人税率を52%から35%まで引き下げ、外資を呼び入れた。外資導入による経済活性化に、法人税引き下げは不可欠なのだ。

「格差是正」でつまずく

 では、もう一つの政策目標「格差是正」に向けた税制論議をみてみよう。
 格差問題は、主に次の分野で深刻化している。東京、名古屋など大都市圏対地方、大企業対中小企業、正社員対非正社員 ― の3分野だ。
 この中で地方の経済浮揚のために論議されているのが地方法人2税(事業税・住民税)の配分見直しや、「ふるさと納税」の導入だ。さらに総務省は、東京都に全国の税収9.6兆円の4分の1が集中する地方法人2税の一部を国税に組み込み、代わりに消費税の地方分を増やす提案をするなど、論議が入り乱れる。
 これらに対し東京都が反発を強めているばかりか、肝心の地方でも賛否が分かれ、決着は容易でない。
 「格差是正」を税制面から行う難しさが浮き彫りにされた形だ。税収入の偏りの是正は東京都のような有利な側が猛反発して、まとまらないのは必至だから、解決策として国からの交付税の形を地方が望むようになるのも自然の流れである。こうした情勢を受け、全国知事会は11月、三位一体改革で5兆円余り減った地方交付税の総額の「復元」を要求することで合意している。ついに「三位一体改革」前に戻せ、との要求が現れたのだ。
 混迷にさらに火が付いたこの状況を、福田政治が見事に解決できるとは思えない。税制面で、福田内閣は懸案の「年金不信」に抜本改革を示さないまま「成長」を刺激できず、「格差是正」でも大きくつまずいて、急速に行き詰まるのは確実とみられる。
 しかし、福田政権は税制改正に先立ち、なにより特別会計のムダの排除をはじめとする「歳出削減」に大ナタを振るわなければならない。