■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第105章 改革2つのキーポイント/郵政民営化の分かれ道

(2007年10月24日)

   郵政民営化が10月1日、スタートした。政府出資の持ち株会社・日本郵政の傘下に日本最大の銀行、生保、郵便事業、郵便局会社が置かれ、銀行、生保の2社は3〜4年後の株式上場を目指す。しかし、上場実現には古い官業体質と決別して経営の透明性・開放性を実現し、コンプライアンス(法令順守)を確立することが必要不可欠だ。従来の「ファミリー企業=天下り先」との閉鎖的な利権結合を絶つとともに、「独立王国」と呼ばれ、暴走しがちな特定郵便局の内部統制の成否が問われる。

  日本郵政および所管官庁・総務省のOBが数多く天下り、密接な取引関係を持っているファミリー企業は、今年6月時点で32公益法人(財団および社団法人)を含め219社にのぼる。これは、悪名高い旧道路4公団のファミリー企業数(同時点で54社)を大きく上回る。
 その代表格である財団法人「郵政福祉」は、総資産4491億円のマンモス法人で、2005年10月に郵政弘済会、郵政互助会、郵政福祉協会の3公益法人が合併して誕生した。このうち郵政弘済会はかつて、旧郵政省から独占的に郵便局舎の清掃作業や金庫、伝票類、パソコン、コピー機などの備品納入を受託していた。
  筆者は00年に、この郵政弘済会を取材訪問した。財団の事業目的や業務を記した「寄附行為」(企業の「定款」に相当する)を見せてもらったところ、前記のような収益事業に結びつく記述はなく、「郵政事業の利用者に対する便益の増進に資する事業」と抽象的に書かれていただけ。収益事業の内容については、財団の広報誌にさえ触れられていなかったのだ。

ファミリー企業の驚くべき収入

  だが驚いたことに、同財団の2000年度期(1999年10月〜2000年9月)の収入は786億にのぼっていた。職員1人当たりの売上高で見ると、当時のソニー本体の1人当たり売上高の約1.7倍もあった。この高収入は、旧郵政省との随意契約(入札を経ず、任意に相手を選ぶ契約)によってもたらされたものだ。当時は、同財団の常勤役員6人のうち5人が旧郵政省OB。同省にとってはじつに、実り豊かなファミリー企業だったのだ。
  この郵政弘済会から資本の「現物出資」を受け、資本金1億8千万円に増強されて郵便局向け事務用品・機器販売、清掃・ビル管理業務などを受け継いだのが「メルファム」(東京)だ。衆院調査局などによると、同社は総務省から69人、日本郵政公社から20人が天下り(06年4月現在)、社長は元東京郵政局長が務める。典型的な「基幹ファミリー企業」である。06年4月〜9月の半年間だけで、小型貨物自動車や金庫など総額76億9600万円相当を総務省、郵政公社から受注している。

  また、郵政福祉は郵政公社への郵便局舎賃貸で収入を得てきた(06年度92.4億円)。これらの局舎は、郵政互助会が郵政職員の掛け金を元にした退職給付事業の一環として、100%子会社に建設させたものだ。
  今年4月に郵政公社2代目総裁に就任した西川善文・現日本郵政社長が着任早々、こうしたファミリー企業との関係見直しに動いたのは、民営化・上場をにらんだ当然の措置だった。総裁の諮問機関として外部の有識者による「郵政事業の関連法人の整理・見直しに関する委員会」(委員長・松原聡東洋大教授)が設置され、見直しが始まった。

  同委員会が8月に発表した第1次報告は、郵政福祉との関係については「(新会社は)同財団所有の局舎を速やかに買い取る。郵政福祉を子会社化しない。(職員の)掛け金を給与控除しない」などの措置を取るよう求めるなど、91法人について各種の見直し策を提案した。続いて10月発表の第2次報告はさらに踏み込み、たとえば郵政福祉とメルファムに対して「一般取引化」を求めている。上場実現に向け歩を進めた、といえる。

コンプライアンスの重し

  2つ目の課題はコンプライアンスだ。今年9月末、郵政公社は総務省からコンプライアンス徹底について、今年3回目の厳重注意を受けた。
 人事院によると、06年に懲戒処分を受けた公務員は計3690人で、うち77.5%の2859人が郵政公社職員だった。横領などで免職処分となった悪質事犯も137人と、全体の75.7%を占めた。全体の人数が多いためもあるが、在職者数に対する処分者数の割合は1.07%と、年金保険料着服などで揺れる社会保険庁の1.08%とほぼ同じ。しかも、処分者数は前年比25.8%増と急増している〈表〉
 明らかに職員のモラルが低下しているのだが、改善は容易ではない。全国約2万4000件にのぼる郵便局の8割近くを占める小規模の特定郵便局について、西川社長が改革を事実上、先送りしたためだ。

  郵政公社初代総裁の生田正治氏は、民間の有識者組織「日本再建のため行政改革を推進する700人委員会」(代表世話人=水野清・元総務庁長官ら)に対して今年4月、特定郵便局の実情について次のように証言した。「郵政公社には全国で13の支社があるが、傘下の特定郵便局の数が多い(約1万9000局)ため、掌握しきれていなかった。その地域の特定郵便局長会が大きな影響力を持ち、そこが事実上の指揮命令権や人事権も握っている状態だった」。
 生田氏はまた、1. 特定郵便局長は局長会などで職場を離れている時間が長い、2. 事実上、世襲制が継承され、転勤もなく、局長自身の内部犯罪率が一般職員より高い、3. 局舎と自宅が一緒のため、立地が悪くても移転しにくい場合が多い、4. 多くの局長には給与のほか局舎賃貸料も支払われ、実質的に二重給与となっている ― などの問題点を指摘した。
  生田氏は「原則・転勤あり」「局長の65歳定年制の見直し」「局長の公募制」「局舎の買い上げ」などの改革を進めようとしたが、道半ばで退任。後任の西川社長は特定局長との融和を選んだかにみえる。

西川社長の野望

  西川社長は『週刊東洋経済』(9月15日号)のインタビューで、以下のように述べた。「特定郵便局長の力というものは、確かにバラツキはあるけれども全体としてみれば、やはりこれは非常に大きな力です」「これから、全特(全国特定郵便局長会)の中川(茂)会長と話をしながら慎重に進めていきます」。
  西川社長のこうした融和路線の背景に、特定郵便局の協力を得て、ゆうちょ銀行をメガバンクを凌ぐ存在に育てようという野望を筆者はみる。メガバンクの拠点数の20〜30倍にも上る特定郵便局を金融拠点として活用しようと考えているのではないか。
  西川社長は06年1月に「競争相手は、すべての金融機関だ」とぶち上げ、周囲を驚かせた。「金融トップ」への野望を垣間見せた瞬間だった。

  しかし、ゆうちょ銀の成長のためにも、まずはまともな民間企業になる必要がある。そのためには、局長を含め4人局までが半分強を占めるワンマン型の特定郵便局にコンプライアンスを確立しなければならない。
  10月からは、金融庁が監督官庁に加わった。今年9月末に全面施行された金融商品取引法でも、企業のコンプライアンス強化が求められる。改革への道のりは平垣ではない。




〈表〉日本郵政公社職員に対する懲戒処分
(2006年度、単位:人、カッコ内は05年度)
処分の理由
免 職
停 職
減 給 戒 告 合 計
一般服務(欠勤、秩序紊乱など)
4 (2)
18 (14)
230 (187)
177 (193)
429 (396)
業務処理(事務処理ずさんなど)
2 (0)
8 (8)
694 (375)
525 (493)
1229 (876)
物品取り扱い(郵便紛失など)
12 (12)
7 (11)
190 (171)
330 (316)
539 (510)
横領など
98 (95)
0 (3)
23 (10)
10 (9)
131 (117)
監督責任
0 (0)
2 (1)
90 (39)
130 (93)
222 (133)
その他
21 (25)
51 (36)
164 (123)
73 (57)
309 (241)
合計
137 (134)
86 (73)
1391 (905)
1245 (1161)
2859 (2273)
出所)日本郵政公社資料