■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第8章 スパイ・システム「エシュロン」の脅威
―世界中の電子メール、ファクス、テレックスを傍受
昨年上映された米映画に「エネミー・オブ・アメリカ」(原題 Enemy of the State)というのがあった。米NSA(米国家安全保障局)がスパイ衛星を使って上空からカメラでターゲットを追跡したり、盗聴する「スパイ・システム」の脅威を描いたものだ。
この「脅威」が日本でも現実化する可能性が出てきた。昨年夏、通信傍受(盗聴)法が成立したためだ。
最悪のシナリオは、小渕恵三政権が米NSAが主導する国際的スパイ・ネットワーク「エシュロン(Echelon)」に加盟するか、協力関係に入ることである。
「エシュロン」の誕生は、戦後まもなく冷戦体制ができた1948年の米英秘密協定(UKUSA)にさかのぼるが、米国政府がその存在自体を認めていないこともあり、長い間「秘密のベール」に包まれていた。それが、昨年4月にその市民監視活動が欧州議会に報告されて存在が知られるようになり、米ニューズウィーク誌99年7月21日号でも、4年前の米国車輸入を巡る日米交渉についての日本側の会話を傍受した一件が取り上げられた。
英語圏5カ国が協力
欧州議会・科学技術選択肢評価(STOA)委員会への報告書や各種調査報告を総合すると、その実態は次のようなものだ。
「エシュロン」というのは、米NSAがつくったグローバルな監視ネットワークシステムのコードネーム。世界中の電話、ファックス、電子メール、テレックスを傍受し、記録・解析・翻訳する、とされている。NSAがシステムをコントロールし、協定の加盟国として英語文化圏の四カ国の情報機関、つまり、最大のパートナーである英国のGCHQ(General Communications Head Quarters)をはじめ、カナダの情報機関CSE(Communications Security Establishment)、オーストラリアのDSD(Defense Security Directorate)、ニュージーランドのGCSB(General Communications Security Bureau)が参加。米NSAに他の四カ国の情報機関が協力して、事実上世界のあらゆる通信を傍受し記録し交換し合うというネットワークシステムである。
一昨年、「エシュロン」経由で欧州の各国政府や産業界の機密が米国に流されている、との告発が欧州議会に対してなされたのが、明るみにでたきっかけだ。STOA委員会が英国のジャーナリスト、ダンカン・キャンベル氏に「エシュロン」に関する報告書をまとめるよう要請、これに呼応するように欧州のジャーナリスト、人権擁護団体、プライバシー問題監視団体なども調査に乗り出した。
キャンベル氏のグループは、米NSAのコンピューター・システムがトラフィック分析をしている画像まで入手して報告書に掲載している。
「エシュロン」のシステムは、どのようにデザインされているのか。米国のプライバシー保護運動家のパトリック・プール氏によれば、その仕組みは、世界のあらゆる通信を傍受する局を複数設け、傍受した情報をNSAのコンピューター装置を通じて音声認識や「選択的特性認識(OCR)」プログラムなどで処理していく。キーワードとなる「爆弾」、「テロ」、「ミサイル」のような物騒な単語や言い回しをコンピューターが感受したら、ただちに反応して記録・翻訳するように作動する、というのである。
対象は政治家、学者、ジャーナリスト……
「エシュロン」の秘密協定のポイントは、米国の情報機関が英国や欧州大陸の通信を傍受し、逆に英国側は米国に対して通信傍受して互いに情報を交換するところにある。つまり、米国では自国民の通信傍受は法律上限定され、誰に対しても盗聴するようなスパイ行為は出来ない。事情は英国も同じだ。そこで米国は英国側を、英国は米国側をスパイして、そのデータを交換するわけである。こうすれば、結果的に自国民をことごとく監視できることになる。また、STOA委員会への報告は、通信傍受から情報処理までのプロセスは次のようになっている、と指摘している。
英国の北ヨークシャーにあるメンウィズ・ヒルの約230ヘクタールに及ぶNSA通信監視基地が欧州内のあらゆる電子メール、電話、ファックスなどをロンドンの通信センターを通じて日常的に傍受し、この中から狙っている情報を選び出し、衛星通信を使ってNSA本部のある米ワシントンDC近郊のフォート・ミードに移送する。―報告書はこの情報をメンウィズ・ヒルのニュースソースから入手したとあり、NSAがどのようにインターネットのトラフィックやデジタル通信を傍受しているかが詳しく述べられている。
もう一つ、報告で注目されるのは、米IBM社ロータス部門の「ノーツ」やウェブブラウザなど人気のあるソフトウェア・プログラムに侵入用の「裏口」が組み込まれてあり、ここを通じてNSAが個人情報にアクセスできる、と告発していることだ。
さらに報告は、米国人以外のノーツ・ユーザーが送信するすべての電子メールに組み込まれる「ワークファクター・リダクション・フィールド」と呼ばれる機能についても言及し、この機能は技術的にNSAだけが読むことができる、と指摘した(ロータスはこれに対しノーコメント)。
こうしてみると、「エシュロン」はNSAが関心を持っている個人の通信ネットワークと、米国と競争関係にある主要企業の動向を標的にしているようだ。関心を持っている個人の中には、テロリストだけでなく、反米的あるいは反体制的な政治家、学者、ジャーナリスト、評論家、外交官、実業家、芸能人なども含まれていることだろう。
NSAは“最も知的な情報機関”
産業スパイ活動については、早くも1990年にドイツのシュピーゲル誌が、衛星製造を巡りインドネシアと日本のNEC社との間で取引額2億ドルの交渉妥結が間近との情報をNSAが傍受、これをブッシュ米大統領(当時)に伝えたところ、同大統領が米製造業者の代理人として交渉に介入、その結果、NECと米通信最大手のATTとの契約が決裂したと報道している。
NSAは先のプール氏らの「エシュロン」に関する質問に対し、コメントを拒絶したままだ。「社会の安全(ソーシャル・セキュリティ)」を確保するため、という大義名分で巨額の予算を獲得しつつ、秘密の市民監視活動を続けていることになる。
「エシュロン」は、個人のプライバシーや企業機密に侵入する恐怖のシステムだが、当の米英などの政府は存在さえ否定してきた。「エシュロン」をコントロールするNSAについては、CIA(米中央情報局)やFBI(米連邦捜査局)ほどは一般に知られていない。
1952年に設立された、情報システムの安全保障に関する責任機関だ。ひと言でいうと「最も知的な情報機関」といえるかもしれない。なぜなら、世界のどの政府機関よりも数多くの数学者を雇って暗号作りや暗号解読、暗号破りの専門家を揃えているからだ。NSAは、CIAと同様に米大統領府に直属しているため、ホワイトハウスの途方もない諜報予算を使ってこのように数学者を大規模に雇用し、「エシュロン」の国際的な監視ネットワークを保持できるのである。
「エシュロン」の秘密協定にごく近い将来、小渕政権が接近する可能性はないのだろうか。ここに一つの、この可能性を無視できない材料がある。「エシュロン」の関係筋によれば、次の加盟国候補として日本をはじめドイツ、韓国、トルコ、ノルウェーが挙げられているのだ。通信傍受法成立とどう絡むか、注目される。
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