■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「最新・世界自動車事情」 |
☆番外篇『最新・世界自動車事情』
(2002年3月4日)
最新・世界自動車事情5 (『テクノオート』2002年2月号掲載)
ホンダの人気車「フィット」の秘密
製造業の空洞化が叫ばれる中で、自動車各社の2001年9月中間決算は好調だった。ホンダが連結経常利益で前年同期比40.6%増、トヨタ自動車が33.7%増、日産自動車も22.7%増と、過去最高益を記録した。
とりわけホンダの快走ぶりが目立つ。調達部品や人件費のコストダウンに加え、売上高を14.8%も伸ばし、販売台数で予想外の成果を上げたためだ。ホンダ系部品メーカーの中には、「ケーヒン」のように5割近く営業利益を急伸させたケースもある。
下期以降、自動車販売環境は厳しくなる。ドル箱の米国市場が9・11同時テロ以後、消費者が消費を抑えているため、新車需要の落ち込みが確実視されるからだ。
だが、ホンダはその逆風を突き抜けていくのではないか。 11月の国内乗用車販売ランキングによると、ホンダの小型車「フィット」がとうとうトップを走り続けたトヨタ自動車の「カローラ」を追い抜いた。トヨタ車が「売れ筋1位」の座を譲るのは2000年6月以来。この時はホンダの「オデッセイ」が立役者だった。
「フィット」が2001年6月22日に発売を開始して以来、11月末までの5カ月余りで約8万7000台が売れ、「2002カー・オブ・ザ・イヤー」も受賞した。いまは発注しても、早くても2002年春にならないと手に入らない。まずは、国内市場最強のトヨタの牙城を突き崩したのである。
だが、「フィット」とは、一体どんなコンセプト・カーなのか。
「環境」を重視
そもそもは5年前、新車開発に臨んで、「環境・欧州市場・スモールカー」重視の企画から始まった。その延長線上に「フィット」が結晶する。
では、初期のコンセプトは、その後「フィット」にどのように具体化していったのか。
一つは、環境に配慮した結果の排ガスを抑える低燃費だ。カタログデータによれば、1リッターで23キロ。渋滞しがちな市街地を走ってざっと半分くらいの燃費とみてよい。
フィット開発のターゲットとした欧州市場で、ホンダは赤字操業を続けている。この欧州市場の激戦区は、なんといってもスモールカー分野だ。ここを開拓しないと、欧州市場に食い込めない。トヨタの「カローラ」さえ満足のいく結果が得られないスモールカー市場に、ルノー、プジョーの仏勢、フォルクスワーゲンのドイツ勢、フィアットのイタリア勢がひしめく。欧州を何とか黒字にしないと、ホンダは「北米オンリー」の不安定な収益構造から脱皮できない。
いくつかの国を縫って流れるライン川。かつてはひどく汚染されたラインのクリーン化実現に象徴される欧州の環境保護思想。この流れにフィットするための一つの試金石が、低燃費の実現であった。「フィット」はどうやら明らかにこの要求にフィットしたようだ。
2001年秋の第35回東京モーターショー。日本メーカーが展示した試作車のキーワードの一つが「環境」だ。当然、超低燃費の新型ハイブリッド車がおめ見えした。この中で、ダイハツのハイブリッド軽自動車「UFE」は、試作段階でなんと1リッター当たり55キロに到達している。
キュートに風を切る
もう一つ、人気の秘密は「キュートさ(可愛らしさ)」だ。いかにも風を受け流して走りそうな、丸みを帯びた曲線美。かつてのフォルクスワーゲンのビートル(カブト虫)を薄く、小さく軽量化して、現代ふうにアレンジし直したようにも見える。このデザインだと、欧州でも親近感を持たれて受け容れられるのではないか。
「パワフル」な外見のクルマが受けたのは、米国でも90年代の初め頃まで。クリントン・ゴア政権の誕生で、環境との共生が重視されるようになり、クルマは次第に安全性とともに低燃費とキュートなデザインが追求される。
IT分野でも、同じ傾向をたどった。丸い曲線美のアップル製パソコン「iMac」が98年8月、キュートな姿でデビューして人気を呼んだ。
「キュートさ」の追求は、自然がはぐくんだ「環境」重視と重なり合う。それは、目で見て愛する、心を安らげる、触れてみたい、共に生きたい、という感情を刺激するからだ。
だから「キュート」なイメージとは、自然を破壊する鋭利な刃物とか、ごついショベルカーやブルドーザーとは逆の、実にまろやかに風を切って走り回る移動生物のイメージなのである。
「私的空間」を広げる
もう一つ、「フィット」の人気の秘密は「室内空間の広さ」だ。エンジンを小型化して床を低くし、天井を高くしたから思ったよりも広い。燃料タンクも従来の後席下から前席下へ移動させたため、後部座席の足元も広くなった。
そして、よく見ると、インパネトレイとか助手席のシートサイドポケット、ペン&カードホルダーに愛用の小物を収納できる“ニッチ(すき間)空間”もあちこちに備えてある。1339ccのスモールカーに居ながら中型セダン並みの「豊かな空間」に浸れる、この空間づくりが「フィット」の魅力を一層引き立てる。
ホンダは先の第35回東京モーターショーで、ホンダ車のキャッチフレーズに「Sports Mind」と「Space Magic」の二つの言葉を使った。「スポーツの心」と「移動空間の魔術」という意味だ。クルマは「移動空間」であり、ドライバーらはこの移動する「私的空間」の中で、マシンを操って途方もない距離をたちまちまっ消するのである。そこでクルマが、20世紀に大衆が手に入れた「空間」と「時間」を支配する一大ツールになったことは、既に本連載第2回で指摘した。
したがって、都市で用いるスモールカーは、小ささゆえの欠点をどこまで克服できているかが、市場の成功の分かれ目となる。
この点で、「フィット」はスモールカーに最も固有の欠点である「狭い空間」に正面から挑戦した。そして、ドライバーと同乗者に運命づけられていた「狭い(室内の)私的空間」を押し広げ、ドライブの解放感を一層広げることに成功したのである。
「フィット」の空間活用術のインパクトは大きい。
というのも、国土の狭い居住面積に比例して日本では道路のような公的空間も、住宅のような私的空間も、海外に比べすこぶる貧弱なためだ。都市政策の貧しさもあって、都市公園の居住者一人当たり面積に至っては、実にロンドンの30分の1にも満たない。
ところが、快適な生活に快適な空間が欠かせないことが、次第に都会の生活にくたびれた人びとの意識に上るようになった。花園とか水辺とか散歩道の開かれた公的空間は、人びとの心を和ませる。ゆったりと安らいだ心は、静かで気に入りの余裕の空間から生まれるのである。
だとすれば、求めるクルマに思いがけぬ広い「自分の空間」をみつけたなら、ユーザーが感激しないわけはない。豊かな自分だけの私的空間が手に入るのだから。
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