■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全3回)「原子力発電に公益性はあるか」(3)

( 現代公益学会編『公益法人・NPO法人と地域』(文眞堂)所収。2018年4月25日記)

(2019年1月7日)

(2)から続く

6. 新しい知見相次ぐ

かつて「原発は安全」と国民が信じ込まされていた安全神話は、福島第一原発事故によって吹っ飛んだ。この事故の教訓を汲んで、政権の原発再稼働を止める決定が高等裁判所から、事故後7年近く経って下された。
広島高裁(野々上知之裁判長)は17年12月、四国電力伊方原発3号機の再稼働を巡り住民が求めた運転差し止めの仮処分裁判で広島地裁決定を覆し、運転を禁じる決定をした。阿蘇山(熊本県)が過去最大規模の噴火をした場合、火砕流が到達する可能性はあり得ると判断したのだ。この結果、同原発は18年9月末まで運転が差し止められる。原発の運転禁止の判決は高裁では初めて。
原発に対する仮処分申請を巡っては、福井地裁が2015年4月に関電大飯原発3、4号機、大津地裁が16年3月に関電高浜原発3、4号機の運転差し止めをそれぞれ命じたが、抗告審や異議審で取り消されている。

保守的な判事の多い高裁段階での運転差し止め判決は、原発の安全性への疑念が司法界に広がっていることの表れだ。そのこと自体、大きな波紋を投げたが、差し止め理由はかつてない衝撃的な内容だった。
というのも、阿蘇カルデラの破局的噴火による火砕流の危険に言及し、過去最大規模の火砕流を例に原発にまで到達する可能性が「十分に小さいとはいえない。立地として不適」と断じたからだ。過去最大規模の火砕流の到達例とは、約9万年前を指す。その時の巨大噴火で、阿蘇に世界最大級のカルデラができた。
伊方原発は阿蘇から東へ約130キロ離れている。その噴火リスクを計るのに、判決は原子力規制委が用いる「火山影響評価ガイド」を基に、規制委と真逆の認定を下した。
規制委が16年に再稼働を認めた四国電力の噴火リスク評価を過小とみなしたのだ。
広島高裁の判断に従えば、現在稼働中の九州電力川内原発1、2号機も運転差し止めの対象となる。伊方原発より阿蘇に近い上、周辺には活火山の桜島や鹿児島湾となったカルデラがあるからだ。
日本で巨大噴火が起きるのは、1万年に1回程度とされる。これをリスクとみた広島高裁判決の影響は大きい。日本は世界有数の火山国・地震国であり、災害は全国至る所で起こりうる。「原発は日本列島のどこにもふさわしくない」という考えが示されたのではないか。

一強多弱の議会で政権の一党独裁性が強まり、権力への忖度が横行する政治状況下。政治権力からの独立性を比較的保つ司法の判断は重みを増す。時折り現れる運転差し止めの判決が、原発再稼働への不安におののく住民を勇気づける。
その判決例の一つに、14年5月21日に福井地裁の樋口英明裁判長が言い渡した「大飯原発運転差止請求事件判決」がある。樋口判決は関西電力の主張を次のような理由で退けた。
「被告は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高いの低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている」と断じた。その上で「…コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきでなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている」と明言した。

広島高裁判決で見直されたのは、火山リスクばかりでない。超巨大地震のリスクが再び注目されてきたのだ。
政府の地震調査委員会は17年12月、北海道東部の十勝沖から択捉(えとろふ)島沖の千島海溝で、マグニチュード(M)9級の超巨大地震が迫りつつある、と発表した。発生は「340〜380年」周期とし、前回の発生から約400年が過ぎている。そこから今後30年以内に7〜40%の確率で起きると予測した。
約400年前の17世紀初頭、超巨大地震が引き起こした大津波の記録は、アイヌの言い伝えにも残る。調査に当たった平川一臣・北海道大名誉教授(自然地理学)は、大津波の波高は少なくとも20メートルはあり、東日本大震災級だった、とみる。
地震調査委は、M9級の超巨大地震は過去6500年間に最多で18回発生したと推定。30年以内に発生が切迫している可能性が高いとした。東日本大震災や南海トラフ巨大地震に加え、北海道でも海溝型超巨大地震のリスクが浮上してきたのである。

東日本大震災の場合も、過去の大津波の記録をひもとけば、再来のリスクを想定して備えることができた。しかし先例となる三陸沖大津波をもたらした貞観大地震(869年、平安時代前期)は、福島第一原発の立地・建設を検討する際に、考慮されなかったのだ。歴史の教訓は無視された。
最近の新たなリスクの知見は、東日本大震災・福島第一原発事故の犠牲の上に得られたものだ。大学などの研究機関や政府の専門委員会が、従来言われていた地震や火山活動などの危険性を見直し、新しい知見でリスク評価を改めてきたのである。
にもかかわらず、政府は重大事故の教訓を汲み取らず、原発再稼働に余念がない。失敗続きの核燃料サイクル政策を取り止める考えもない。多くの国民が抱く原発への不信・不安や最近の研究成果に、まるで反応しない。

原子力規制委は17年12月、東電柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)の安全審査の合格証に当たる「審査書」を正式決定した。東電の原発としては初の合格。しかも福島第一と同じ沸騰水型(BWR)だ。BWRタイプは格納容器の容積が加圧水型(PWR)に比べて小さく、安全性が劣るとされる。しかし規制委は東電の安全対策が新規制基準に適合している、とお墨付きを与えた。
この結果、安全審査に合格した原発は8原発14基となり、18年4月までに5原発7基が再稼働した(伊方原発3号機は広島高裁が17年12月に運転差し止めの仮処分。玄海原発3号機は配管の蒸気漏れ事故で3月31日から約2週間、発送電停止)。とはいえ、再稼働には地元自治体の同意が必要なため、規制委が安全認定しても一筋縄ではいかない。
今後は18年3月の日本原子力発電と30キロ圏内6市町村とが結んだ、再稼働に際して事前了解(合意)を得る新協定を契機に、合意の対象を30キロ圏に拡大する方式が他の原発にも波及することになろう(注3)。

7. 政府が原発にこだわる理由

ここで疑問が頭をもたげる。 住民の不安をぬぐえない中、政府が世論の反対を無視して原発に異常にこだわる理由とは何なのか―。
筆者はその背景に「原子力村」の存在があるとみる。経産省が原発事故直後の2011年5月に明らかにした幹部OBの電力会社への再就職(天下り)は、過去50年に電力12社に対し68人に上る。うち東京電力には事故当時、副社長4人、顧問1人を官僚OBが占めた。最終官職は、副社長4人が通産事務次官、通産審議官、経済企画審議官、経産省基礎産業局長。次期の副社長昇格で内定していた顧問は、前年8月まで資源エネルギー庁長官だった。
しかしこれは、氷山の一角でしかない。「原子力村」には、電力会社を頂点に東芝、日立製作所、三菱重工などの原発機器メーカーや原発関連企業、関係する公益法人、独立行政法人、研究機関、大学などが集まり、利害を共有しているからだ。
この巨大な利権集団に対し原子力行政に関わる経産省と文部科学省が規制権限や補助金、交付金等のカネを握って睨みを利かせ、天下る。原子力村とは、原子力に関係する産官学の癒着複合体である。原発政策の推進に向け、一体となって取り組んできたのである。

東京新聞の事故直後の調査報道(11年5月16日付け)によると、原子力や放射能に関係する29の公益法人や独立行政法人の計17団体に官僚OBが36人(うち常勤21人)在勤していたことが判明。中には原子力安全・保安院(当時)の元幹部や原子力安全委員会の元事務局長もいた。
天下り団体の業務内容は、原子力行政に密接に関わる。例えば財団法人の原子力安全技術センター(天下り4人)は、事故当時、放射能汚染実態の公表が遅れて問題になった放射性物質の拡散予測システム「SPEEDI」を運用する。財団法人・日本立地センター(天下り4人)は、原発や核燃料サイクル施設の建設のため、地域住民らに広報活動する団体。独立行政法人・日本原子力研究開発機構(天下り3人)はもんじゅを運営した。
日本原子力研究開発機構や原子力安全技術センター、日本分析センターなどには、国家公務員OBの役員がいまなお複数在職し、中央省庁とつながる。
これら天下り団体の多くは霞が関から1キロ圏内にオフィスを構え、役所との付き合いを密にする。国の原発政策の背景に、このような産官学の利権複合体が蠢く。

おわりに

「原子力村」がつくり出した幻想「原発神話」は、「原発は安全で安い」というふれこみだった。しかし福島第一原発事故は安全神話と並ぶもう一つの神話「原発は安い」も覆した。安全対策費用や廃炉費用の急増でコストがかさ上げされたのだ。東電は事故処理の費用がかさんで、国の肩代わりなしでは負担できずに、2012年7月に実質国有化され、事実上倒産した(注4)。
政府は15年に発電コストの比較調査の結果、原発の発電コストが石炭火力や天然ガス火力に比べ最も安い、と発表した。しかし国が支援する政策コストおよびその後に上昇した安全対策コストを算入すると、結果は真逆となる。福島事故前でも、国から多額の資金が投じられる立地対策費、広報費などの政策コストを加えた実績値でみると、原発が飛び抜けて高価な電源となる(注5)。
現に事故後の原発の建設コストの高騰と受注減から東芝の子会社だった米ウェスティングハウス(WH)は、17年3月に経営破綻した。仏原子力大手のアレバも、経営環境の激変から深刻な経営危機に陥った(注6)。 経産省は国のエネルギー中長期政策の指針となる次の「エネルギー基本計画」を18年夏にも発表する。原発の再稼働が進まない中、再生可能エネルギーを初めて「主力電源」に位置付ける。原発については「堅持する方針」としながら新増設やリプレース(建て替え)には踏み込まない見込みだ。前回14年の計画策定で示した30年度の電源構成の数値目標(再生エネ比率22〜24%、原子力20〜22%)には敢えて触れない。現実を直視せざるを得なくなったのだ。

原発を堅持するため、政府は「脱炭素化の選択肢」という大義名分を押し出す。その際、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」に際し、政府が約束した温室効果ガス削減計画の達成の必要性が叫ばれるだろう。環境に深刻な放射能汚染をもたらした原子力発電が、あたかも環境に無害なクリーンエネルギー源であるかのようにすり替えられるわけだ。
福島原発事故後、世界で脱原発を決めたり表明する国が続出した。メルケル首相率いるドイツに始まりイタリア、スイス、ベルギー、台湾、韓国などだ。原発先進国の大勢と言ってよい。 反面、トランプ米大統領は17年6月、「原子力の再興と拡大」を宣言した。パリ協定から脱退し、「石炭、シェールオイル・ガスなどの化石燃料プラス原子力信仰」を表明した形だ。この米国の動向が、日本や新興国の原発推進勢力を力づける波乱要因となる。

以上、みてきたように日本の原子力政策は推進リスク、持続可能性、経済合理性の3視点からみて事実上、破綻し、完全な行き詰まり状態にある。 にもかかわらず、政府は政策の失敗を認めない。撤退の可能性に言及することもなく、将来見通しを示せないまま巨額の出費をいたずらに続ける方向だ。 政府が原発推進政策を続ける限り、この先、長期にわたる莫大な国富の喪失と重大事故の危険性は避けられない。■


注3)首都圏にある唯一の原発の東海第二原発(茨城県東海村)の再稼働を巡り、日本原子力発電(原電)と30キロ圏の水戸など6市村は2018年3月29日、原電が各自治体から同意に当たる事前了解を得ることを約束した新協定を結んだ。各地の原発では、再稼働の事前了解はそれまで道県や立地市町村に限定しており、対象を30キロ圏に拡大するのは初めて。
注4)政府の原子力損害賠償支援機構は2012年7月31日、東京電力への1兆円の出資を完了し、議決権の50.11%を握って実質国有化した。
注5)週刊エコノミスト 2017年2月7日号 28〜29頁。大島堅一・立命館大学国際関係学部教授の調査によれば、1970〜2010年度の実績値で比較すると、原子力が1キロワット時当たり13.1円、火力9.9円、水力3.9円と原子力のコストが最も高い。
注6)アレバグループの経営危機は電力の75%を原子力に依存するフランスの経済を揺るがす。親会社「アレバSA」(仏国営企業)は、福島第一原発事故以降、5年間に1兆円を超える最終赤字を出したとされる。こうした中、三菱重工は17年12月、フランス政府の要請に応じアレバグループが再編されて傘下に入った世界最大の電力事業者・フランス電力会社(EDF)が立ち上げたNew NP社への出資(出資比率19.5%)を決め、EDF及びアレバグループと合意した、と発表した。

主な参考文献: 朝日新聞特別報道部『原発利権を追う 電力をめぐるカネと権力の構造』朝日新聞出版、2014年
秋元健治『原子力推進の現代史 原子力黎明期から福島原発事故まで』現代書館、2014年
今西憲之『原子力ムラの陰謀 機密ファイルが暴く闇』朝日新聞出版、2013年
内橋克人『日本の原発、どこで間違えたのか』朝日新聞出版、2011年