■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全3回)「原子力発電に公益性はあるか」(2)

( 現代公益学会編『公益法人・NPO法人と地域』(文眞堂)所収。2018年4月25日記)

(2018年12月5日)

(1)から続く

4. 後始末に重い国民負担

事故後、全国の原発状況は一変した(図表2)。福島第一原発では1〜6号機すべての廃炉処分が決まった。しかし廃炉のメドさえいまなお、きちんと立たない。作業が計画通りに進んだとしても、東京電力によれば廃炉までに30年〜40年もかかる(注2)。
事故は6基のうち点検で停止中を除く1〜3号機の原子炉が炉心溶融(メルトダウン)を起こした。事故により2014年までに1〜6号機すべてが廃止された。いずれの原子炉も目下、廃炉に向けた途上にあるが、日本国内で廃炉の前例はないため作業は難航必至だ。

廃炉決定は福島第一原発の6基に限らない。事故を機に法改正され、原発の運転期間は原則40年となった。原子力規制委員会が認めれば、最大20年延長できるが、それには多額の安全対策コストがかかる。
事故後、2018年3月末時点で東電の福島第一を除き以下の9基の廃炉が決まった。
日本原子力発電・敦賀1号機、関西電力・美浜1号機、2号機、大飯原発1号機、2号機、中国電力・島根1号機、九州電力・玄海1号機、四国電力・伊方1号機、2号機
事故前に廃炉作業に入っている日本原子力発電の東海原発、中部電力の浜岡原発1〜2号機および福島第一の6基を合わせると、全部で18基の原発が廃炉となる。 このうち17年10月に廃炉が決まった大飯原発2基の場合、従来の30〜50万キロワット級と違い100万キロワット超の出力を持つ大型炉だ。だが、関電は安全対策に費やす各1000億円規模の費用を考えると、採算が合わないと断念した。

廃炉を決めていない39基中16基は、運転開始から30年超が経つ。いずれも今後は大型炉を含め廃炉か稼働延長申請かを迫られる。福島第一の事故前は、日本の発電量に占める原子力の割合は約3割に及んでいた。それが2%(16年度)に低下した。
政府は前回14年発表のエネルギー基本計画で、2030年の発電量に占める原子力の比率を20〜22%とした。これには30基程度の稼働が必要とされ、早くも大きく下回る見通しだ。
この稼働能力からみても、政府のエネルギー計画はすでに「絵に描いたモチ」になっている。原子力は電力源としてもはや当てにできないばかりか、節電による需要減と再生可能エネルギー発電の普及から存在意義が急落した。日本の年間発電量に占める再生エネの割合は、2016年度に水力の7.5%を含めると14.8%に増えた(環境エネルギー政策研究所調べ)。欧州に比べ遅れているコスト低減が進めば、普及に一段と弾みがつく。

廃炉をコスト面から考えてみる。その費用は少なくとも1基につき数100億円に上るといわれるが、それは圧力容器が処理しやすい正常な場合に限られる。福島第一原発の場合、経済産業省の見込みでは廃炉に8兆円もかかる。
経産省は16年12月、福島第一原発の廃炉に向けた事故処理費用は総額21.5兆円に上るとの試算を発表した。これは前回2013年の見積もり11兆円を倍近く上回る。廃炉費に至っては4倍にも膨れ上がった。
その内訳は、廃炉8兆円、賠償7.9兆円、除染4兆円、中間貯蔵1.6兆円。東電が到底、費用負担できない金額を見すえ、政府は「国民全体で福島を支える」とする。財源として電力自由化で新規参入した新電力を含む電気料金に事故処理費用の一部を上乗せする方針を示した。上乗せの仕方は、電力会社が保有する送配電網を事業者が利用する利用料金に当たる「託送料」を引き上げるものだ。
結果、再生可能エネルギーを買う消費者の電気代に上乗せされることとなり、結局は国民負担となる。この電気料金の上乗せ分には、福島第一原発以外で廃炉が決まっている老朽原発の廃炉費用も含まれる。

しかし、8兆円にも膨れ上がった廃炉費が、この金額で収まる可能性は低い。経産省は廃炉費用の根拠として米スリーマイル島原発事故(1979年)をベースに試算したというが、事故の深刻度は段違いだ。福島第一は国際的な事故評価基準でチェルノブイリと同じ「レベル7」だが、スリーマイル島は「レベル5」。
スリーマイル島では、核燃料は溶けたが、圧力容器はほぼ正常な状態に留まった。福島では1〜3号機の核燃料が圧力容器を溶かして格納容器の底に落ちた。作業しようにも原子炉の内部状況さえつかめない状態で、作業は困難を極める。費用がどのくらいかさむか見通しできず、8兆円で収まるとは考えにくい。
他方、事故の被害者への賠償費用の見込み額7.9兆円も、これでは収まらない。東電の被害者への支払い額はすでに7.5兆円を超えた。放射性物質の除染費用4兆円も、追加除染の必要からさらに増える見込みだ。

汚染土や瓦礫を保管する中間貯蔵施設の建設・運営費はどうか。30年限定の「中間」貯蔵施設とされ、最終処分は福島県外で行うことが関係法で定められている。中間貯蔵費用の見込みも、前回1.1兆円から1.6兆円に膨らんだ。しかしその先に場所すら決まっていない最終処分施設の建設・運営費を考えなければならない。
このようにみると、政府は福島第一の処理費用全体で21.5兆円と見込むが、これより大幅に増えるのは必至だ。この途方もない費用が、税金・電気代を通じた「国民負担」となって今後も末永く現役・将来世代にのしかかる。

5. 果てしない汚染水対策

廃炉への道に立ち塞がるのが、汚染水対策だ。廃炉作業に入ろうにも、地下の汚染水の処理から始めなければならない。だが、汚染水対策は解決になおほど遠く、おびただしい出費は止まらない。これまでの悪戦苦闘の流れを見てみよう。
2011年4月、2号機取水口付近から高濃度汚染水の海洋流出が判明した。以後、次々に汚染水の海洋流出が見つかり、一時は汚染された地下水が1日300トンも海に流出していた。なぜ汚染水対策に追われるのか―。
1〜3号機では、事故で溶け落ちた核燃料を冷やすため原子炉圧力容器に注水を続けるが、この水が高濃度汚染水となる。陸側から流入する地下水が建屋内の高濃度汚染水に混じって汚染される。これに対し建屋の周辺約40カ所に設置した井戸「サブドレン」で1日400〜500トンの地下水をくみ上げ、多核種除去設備(ALPS)で汚染処理水から放射性物質を取り除いている。だが、放射性物質トリチウムだけは除去できない。
やむなく汚染処理水を第一原発敷地内のタンクに入れ、保管し続ける。このタンクが増え続け、18年2月末には保管量約105万トン、タンク数は約900基に上った。敷地内に収容するのも限界に近づく。

汚染水の海洋流出が続く中、ついに国も動き、東電が考案した「凍土壁」を作る挙に出た。国費を投入して1〜4号機全体の周囲、全長1.5キロメートルにわたり土を凍らせる世界にも例のない企てだ。
地下30メートルまで埋めた配管に冷却液を流して管の周囲を凍らせ、原子炉建屋への地下水流入を遮断する狙いである。汚染水対策の「切り札」とされ、345億円の国費が投入された。
凍土壁の建設工事は14年に始まり、17年11月にほぼ終えた。東電は18年3月、凍土壁の汚染水遮水効果を「1日当たり95トン」と発表したが、効果は限定的だ。17年秋の台風に伴う大雨で、地下水の汚染水発生量がそれまでの1日当たり約100トンから3倍の推定300トンに増えたことが判明している。汚染水対策の長く険しい道のりは、今後も続く。
苦境に立つ東電が、結局は地元漁民の反対を押しきって、汚染水を薄めて海に放出する公算が強まった。
凍土壁の維持費は年間10数億円かかるとされ、その費用も税金や電気代から支出される。
このような八方塞がりの状況下、原発の再稼働禁止を命じる高裁判決が現れる。司法の側から、政府の原発推進策にストップが掛けられたのだ。


(3)に続く

(注2)
廃炉作業に関し日米の技術力の差は大きい。日本経済新聞(17年12月17日付け)によると、日本より原発の老朽化が進む米国では、すでに30基が運転を停止し、うち10基が解体終了、6基が進行中だ。廃炉専門企業が出現し、廃炉作業スピードはかなり速い。ミシガン湖に面するザイオン原発では大型原子炉2基に対し2010年から10年計画で作業を始めたが、現場責任者は「予定を前倒しして8年間で完了する」という。小型原発の場合、4年間で完了を目指す専門業者もいる。





(図表1-2) 全国の原発の状況(2018年3月末時点)
<資源エネルギー庁資料を基に筆者作成>