■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全3回)「行き詰まる原発政策」(2)

( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)6月号所収)

(2018年6月7日)

(1)から続く

世界トップ球の地震・津波国 見つからないゴミの最終処分場所

政府は福島第一原発事故後、厳格化した新規制基準に適合した原発の再稼働を進める。5月に再稼働した大飯4号機(福井県)に続き玄海四号機(佐賀県)が6月に再稼働する予定で、再稼働する原発は6月までに計5原発9基に上る。
他方、経済産業省は4月末、2030年に向けた「エネルギー基本計画」改定版の骨子案を審議会に示した。普及する再生可能エネルギーは「主力電源化を進める」としたものの、原発は前回2014年当時に決めた指針と同様の「重要なベースロード(基幹)電源」と位置付けた。 同基本計画は今夏に閣議決定される予定だ。
30年の総発電量に占める目標比率は、原発が20〜22%、再生エネが22〜24%と前回から変わっていない。政府はパリ協定に基づき2030年までに二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスを2013年比26%削減する目標を国際公約している。 経産省はこれを達成するため、国民からの信頼回復に向けた「原子力政策の再構築」を押し出した。地球温暖化対策が大義名分となった。しかし原発の新建設や建て替えには踏み込んでいない。原発の厳しい現実を直視しないわけにはいかなくなったのだ。

国策としての原発再稼働の根本的な問題が二つ浮かび上がる。まず再稼働した場合、国として原発の安全を保証できるのか。日本は最悪レベルの過酷事故の恐ろしさを経験した。いまなお7万2千人以上の元住民が避難先から帰っていない。
地震・津波の多さでは、日本は世界トップ級である。地震や津波に加え、テロという外的な要因もあり得る。これらに対する防備は至難だが、それ以前に機器や部材の故障や劣化、もんじゅの検査手抜きのような人為的ミスによる事故発生を防げるのか。
二つめは、核のゴミとされる使用済み核燃料(高レベル放射性廃棄物)の処理問題だ。中間貯蔵施設は青森県むつ市に建屋が完成し、審査が順調にいけば年内に稼働する見込みだ。 しかし最終処分については地層下300メートル以上の深さに放射性廃棄物を埋める地層処分方式(図表1)を法律で決めたものの、その最終処分場所が見つからない。
国は最終処分場を受け入れてくれる自治体の公募を続けているが、いまもって応募者が現れない。この先、住民を納得させて手を挙げる自治体が現れるとは考えにくい。再稼働すれば原発から出る核のゴミは増え続けるが、その処分先が決まらないのだ。 マンション建設にたとえれば、小泉純一郎元首相がいみじくも言った「トイレなきマンション」となる。

司法界に広がる再稼働停止命令 広島高裁判決の大きな意味

このような八方塞がりの状況下、司法の側から政権の進める原発再稼働に“待った”が掛かった。これまで地方裁判所に留まっていた原発再稼働を差し止める判決を上級審の高等裁判所が下したのだ。
広島高裁(野々上知之裁判長)は17年12月、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の再稼働を巡り住民が求めた運転差し止めの仮処分訴訟で広島地裁決定を覆し、運転を禁じる決定をした。この結果、18年9月末まで稼働停止となる。
判決は驚くべきものであった。阿蘇山(熊本県)が過去最大規模の噴火をした場合、火砕流が到達する可能性はあり得ると判断したのだ。
原発に対する仮処分申請を巡っては、福井地裁が15年4月に関西電力大飯原発3、4号機、大津地裁が16年3月に関西電力高浜原発3、4号機の運転差し止めをそれぞれ命じたが、抗告審や異議審で取り消された。
保守的な判事の多い高裁段階での再稼働差し止め判決は、原発の安全性の疑念が司法界に広がっている表れだ。差し止め決定自体、大きな波紋を投げたが、差し止めの理由はかつてない衝撃的な内容だった。
というのも、阿蘇カルデラの破局的噴火による火砕流の危険に言及し、過去最大規模の火砕流を例に原発にまで到達する可能性が「十分に小さいとはいえない。立地として不適」と断じたからだ。過去最大規模の火砕流の発生とは、約9万年前を指す。 その時の巨大噴火で、阿蘇に世界最大級のカルデラができた。
伊方原発は阿蘇から約130キロ東の四国の佐田岬半島にある。その噴火リスクを測るのに、判決は原子力規制委が用いる「火山影響評価ガイド」を基にしたが、規制委とは真逆の認定を下した。 規制委が16年に再稼働を認めた四国電力の噴火リスク評価を「過小」とみなしたのだ。

広島高裁の判断に従えば、現在稼働中の九州電力川内原発1、2号機も運転差し止めの対象となる。伊方原発より阿蘇に近い上、周辺には活火山の桜島や鹿児島湾となったカルデラがあるからだ。
日本で巨大噴火が起きるのは、1万年に1回程度とされる。これをリスクとみた広島高裁判決の影響は大きい。日本は世界有数の火山国であり、噴火による災害は全国至る所で起こり得るからだ。「原発は日本列島のどこにもふさわしくない」という考えが示されたのではないか。
一強多弱の議会で政権の一党独裁性が色濃い政治状況。権力への「忖(そん)度(たく)」が横行する中、政治権力からの独立性を比較的保つ司法の判断は重みを増す。

福井地裁が投じた歴史的一石 貿易赤字は国富喪失ではない

いまでは原発再稼働への不安におののく多くの人びとを最も勇気づけ、再稼働ストップの希望につなげるのは、裁判所による運転差し止めの判決であろう。
その判決例の一つに、14年5月に福井地裁の樋口英明裁判長が言い渡した「大飯原発運転差止請求事件判決」がある。樋口判決は関西電力の主張を次のような理由で退けた。

「被告は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高いの低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている」と断じた上で、
「コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきでなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている」
と明言したのである。
広島高裁は、この点で地元第一審の“原告を勇気づける判決”を上級審の立場からもう一つ積み重ねたのだった。

しかし、広島高裁判決で見直されたのは、火山リスクばかりでない。この判決をきっかけに、期せずして超巨大地震のリスクも背景から浮かび上がってきたのだ。
政府の地震調査委員会は17年12月、北海道東部の十勝沖から択捉(えとろふ)島沖の千島海溝で、マグニチュード(M)9級の超巨大地震が迫りつつある、と発表した(図表2)。 発生は「340〜380年」周期とし、前回の発生から約400年が過ぎている。そこから今後30年以内に7〜40%の確率で再び起きると予測した。M8級前後の巨大地震が根室沖で起きる確率は70%程度、とした。
約400年前の17世紀初頭、超巨大地震が引き起こした大津波の記録は、アイヌの言い伝えにも残る。調査に当たった平川一臣・北海道大名誉教授(自然地理学)は、大津波の波高は少なくとも20メートルあり、東日本大震災級だった、とみる。
一方、地質調査は、M9級の超巨大地震は過去6500年間に最多で18回発生したと推定。30年以内に発生が切迫している可能性が高い、とした。東日本大震災や南海トラフ巨大地震に加え、北海道でも海溝型超巨大地震のリスクが浮き彫りにされてきたのだ。

東日本大震災の場合も、過去の大震災の記録をひもとけば、再来のリスクを想定して備えることができた。しかし先例となる三陸沖大震災をもたらした貞観(じょうがん)大地震(平安時代前期、869年)は、福島第一原発の立地・建設を検討する際に、考慮されなかったのだ。歴史の教訓は無視された。 これを生かそうと思えば、次の大災厄を未然に防げる。歴史に学ぶ心が、最上の事故防止になるが、東電はこれを怠った。
最近のリスクの新たな知見は、東日本大震災・福島第一原発事故の犠牲の上に得られたものである。大学・研究機関や政府の専門委員会が、従来言われていた地震や火山活動などの危険性に関する旧説を見直し、新しい知見でリスク評価を改めるようになったのだ。

なぜ原発政策を変えないのか 産官学の利権集団が暗躍

にもかかわらず、政府は旧態依然として政策を変えない。福島事故の教訓を汲み取らず、原発再稼働に余念がない。失敗と出費続きの核燃料サイクル政策を止める考えもない。多くの国民が抱く原発への不信・不安や最近の科学技術の知見に反応しない。
原子力規制委は17年12月、東電柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)の安全審査の合格証にあたる「審査書」を正式決定した。東電の原発としては事故後初の合格だ。しかも福島第一と同じ沸騰水型(BWR)だ。 BWRタイプは格納容器の容積が加圧水型(PWR)に比べて小さく、安全性が劣るとされる。
しかし規制委は、東電の安全対策が新規制基準に適合している、とお墨付きを与えた。なぜ、政府は「原発は安全で安い」という古い神話にいまなおこだわるのか。安全性は疑わしく、増加し続ける安全対策費や廃炉費、建設費、さらに国が支援する立地対策費、広報費等の政策コストを加えると、原発はもはや安いどころでない。火力や再生エネのコストを上回ることは、各種試算で明らかだ。 大島堅一・立命館大学国際関係学部教授の調査によれば、1970〜2010年度の国の政策コストを含む実績値で比較すると、原子力が1キロワット時当たり13.1円、火力9.9円、水力3.4円と事故前でも原子力コストが最も高い。

すると、国策として原発推進策を貫こうとするモチベーションとは、何なのか。「原子力村」と呼ばれる政治勢力による利権確保ではないだろうか。
原子力村には、電力会社を頂点に日立製作所、東芝、三菱重工などの原発機器メーカーや原発関連企業、関係する公益法人、独立行政法人、大学、研究機関等が集まり、利害を共有する。この巨大な利権集団に対し原子力行政に関わる経産省と文科省が規制権限や補助金、交付金等のカネを握って睨みを利かせ、天下る。産官学の巨大な利権共有複合体だ。
一例を挙げると、経産省が原発事故直後の2011年5月に公表に追い込まれた幹部OBの電力会社への再就職(天下り)状況がある。過去50年に電力12社に対し68人に上る。うち東京電力には事故当時、副社長4人、顧問1人を官僚OBが占めた。 最終官職は、副社長4人が通産事務次官、通産審議官、経済企画審議官、経産省基礎産業局長。次期の副社長で内定していた顧問は、前年8月まで資源エネルギー庁長官だった。
東京新聞の事故直後の調査報道(11年5月16日付)でも、原子力や放射能に関係する29の公益法人や独立行政法人の計17団体に官僚OBが36人(うち常勤21人)在勤していたことが判明している。 中には原子力安全・保安院(当時)の元幹部や原子力安全委員会の元事務局長もいた。
天下り団体の業務内容は、原子力行政に密接に関わる。例えば財団法人の原子力安全技術センター(天下り4人)は、事故当時、放射能汚染実態の公表が遅れて問題になった放射性物質の拡散予測システム「SPEEDI」を運用する。 財団法人・日本立地センター(天下り4人)は、原発や核燃料サイクル施設の建設のため、地域住民らに広報活動する団体。独立行政法人・日本原子力研究開発機構(天下り3人)はもんじゅを運営した。

もはや、どう見ても行き詰まった原発政策は、主力電源の座を再生可能エネルギーに譲らざるを得ない。


(3)に続く




伊方原発 右側が3号機

<出所: 四国電力ウェブサイト>


(図表1) 核のゴミ 地層処分の概念図
<出所: 資源エネルギー庁>

(図表2)北海道近辺の海溝で発生する地震
<出所: 政府・地震調査研究推進本部>