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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇>貿易戦争、中国の大変調/経済下降、進む監視社会化

(2019年1月24日) (山形新聞『思考の現場から』1月24日付)

2019年の世界の注目の一つは中国の大変調―これを裏付ける経済・社会事象が、ここにきて相次いできた。ハイテク覇権争奪にまで発展した米中貿易戦争は、下降局面に入っていた中国経済をさらに下押しした。 他方、社会不安を映して習近平体制の言論統制は過激になり、監視社会化が一段と進む。
中国のGDP(国内総生産)成長率はすでに6%台に落ち、かつては力強かった経済指標の伸び率が次々に低下しだした。自動車販売台数、小売り売上高、不動産投資額などだ。 消費額の大きい自動車販売では、日系とドイツ系メーカーは比較的堅調だが、米国系と中国系メーカーの落ち込みが大きい。米中貿易戦争の影響が覗える。

膨らむ借金

景気対策として高速道路、高速鉄道、地下鉄建設など公共投資を一気に進めたが、これを映して政府と自治体の財政は悪化の一途を辿る。 今や40都市に地下鉄が敷設され、約4億人が利用する中、国債と地方債の発行残高はうなぎ昇りだ。国債は15兆元(約240兆円)、地方債は20兆元(約320兆円)の大台に迫る。
企業と家計を合わせた民間の借金も膨らんでいる。民間債務の対名目GDP比率は200%に近づき、世界最大の債務国と化した。日本が130%、米国が150%前後とされるから、中国経済の異常な借金依存ぶりが浮かび上がる。
国際収支の赤字も深刻だ。米中貿易戦争の影響で中国の輸出は急落し、18年1月〜6月期に経常収支は赤字に転落した。01年12月の世界貿易機関(WTO)加盟以降、初の貿易赤字だ。 サービス収支も、旅行収支の大赤字で急落中だ。中国で勃興してきた中産階層の人びとは日本や東南アジアなどへの海外旅行を増やしているが、海外からの訪中者はここ数年、急減している。
先行きも険しい。国連推計によれば、中国の強みだった豊富な労働人口(15〜64歳)が2050年まで減少傾向を辿る。この間、米国が増加傾向を保持するのとは対照的だ。
こう見てくると、2019年は中国経済が危機的な状況を迎える可能性もある。そうなれば、経済が好調の間は抑えられていた共産党独裁への国民の不満が、一気に爆発する可能性も否定できない。

テロを恐れ

国家主席の習近平・共産党総書記は昨年12月、改革開放40年を祝う中国共産党の記念式典で「共産党の全面的な指導堅持」を強調した。「党、政、軍、民、学、東西南北すべてを党が指導する」と言い放ったのだ。 昨春の全国人民代表大会(全人代)で習近平は国家主席の任期を撤廃し、“終身独裁”への道を開いた。この中国の「特色ある社会主義」で、自由な言論や表現活動はことごとく統制され、抑圧される。
筆者は昨年11月、訪中して杭州から北京に向かおうと新幹線に乗ろうとした時、利用者への当局の異常な監視ぶりを目の当たりにした。
新幹線は全席指定で、切符にまず自分の名が印字されていることに気付いた。航空券並みである。次いで搭乗口に入る前に、公安警察が身分証明書やパスポートを別々に2度も点検した。 知り合いの中国人に聞くと、「北京行き」は公安が2度点検、北京と反対の南方向は1度の点検だという。政治中枢の北京が、テロや抗議活動をどれほど恐れているかを示す監視ぶりだ。こういう統制体制が今後も長く続くことはありえない、いつまで持つか、と自問した。

景気谷底へ

米中両首脳は昨年12月、2000億ドル(約23兆円)分の中国製品への追加関税引き上げを90日間猶予することで合意した。懸案が解決できなければ3月2日に引き上げが実施される。 解決が困難とみられているのは、米側が中国のハイテク分野の産業政策を問題視しているためだ。知的財産権の侵害、技術移転の強要、巨額の補助金、サイバー攻撃などを不公正行為とみなしているからだ。
ペンス副大統領は18年10月の講演で、「知的財産権の窃盗(theft)」という言葉まで使って中国を非難した。 米国が中国通信機器最大手のファーウェイ社の副会長をカナダ当局に要請して12月に逮捕したのも、ファーウェイが次世代高速通信システム「5G」で世界の先頭を走り、米国の安全保障に脅威を与えているためだ。
中国・上海株式市場は12月末、総合指数で1年前に比べ25%近い大幅安で2018年の取引を終えた。下降を続ける景気は谷底に向かう。にもかかわらず、中国がハイテク産業育成策を大きく変えるとは考えにくい。米中対立が長期化し、中国経済を揺さぶり続ける可能性は高い。