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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇>豊洲市場の地下に敷設の水道管/汚染物質が浸透する恐れ

(2017年5月29日) (週刊「エコノミスト」2017年6月6日号掲載)

「地上は安全」と外部有識者にょる東京都の「専門家会議」が宣言した豊洲市場には、士壌汚染物質が地下に敷かれた水道管に浸透・侵入して水産物を汚染する危険性がある。

豊洲市場の土壌汚染対策を検討する都の「専門家会議」は3月、豊洲市場の土壌汚染について「科学的には安全」と判定した。 座長の平田建正・放送大和歌山学習センター所長は、都が行った土壌の再調査結果の公表時に「地上と地下は別で、市場の地上部分については安全」とお墨付きを与えた。
市場に水揚げされた魚介の「安全・安心」が保たれるのなら、豊洲に移転しても問題はない。しかし、豊洲市場は本当に安全なのか。

汚染地下に水道管

実は豊洲市場の地下にはすでに水道管が敷設されている。ここで今、懸念すべきは、水道管にべンゼンのような発がん性物質が侵入し、水道管を流れる上水で処理した水産物を汚染してしまう危険である。
土壌や地下水に含まれる汚染物質は、水道管に浸透・侵入して上水を汚染するりスクがある。その水を飲めば、健康に影響をおよぼす危険性がある。
水道管に欠陥や老朽化に伴って生じた亀裂や小穴、屈曲した連結部の緩み、すき間が生じていたり、プラスチック管を用いたりすれば、ペンゼンやシアン、ヒ素などの発がん性物質がある場合、浸透・侵入する可能性がある。
このため、厚生労働省は省令(給水装置の構造及び材質の基準に関する省令)で水を汚染する有害物質の近くに給水施設を設置することを禁じている。

豊洲市場の建設地は東京ガスの工場跡地だ。1956〜88年の間に都市ガスの製造が行われた。石炭から都市ガスを製造する過程で生成された副産物などによる土壌汚染が確認されている。 この土壌の汚染度合いがひどいことは、すでに都の用地取得交渉時には分かっていた。
また、すでに明らかになっているように、市場建設にあたって汚染対策の切り札となるはずだった主要な建物の地下の「盛り土」も実施されていないままだ。
都が4月に行った土壌の再調査では、地下水から環境基準の100倍に上るベンゼンが検出され、高濃度汚染が改めて確認された。都中央卸売市場によると、豊洲市場用地の土壌と地下水には七つの有害汚染物質が含まれる。 ベンゼン、シアン化合物、ヒ素、鉛、水銀、六価クロム、カドミウムなどだ。
民間水道管工事業者の1人は「業者は普通なら汚染地帯に水道管を敷設することは避ける」と明言する。

米国では大規模被害

豊洲市移転をめぐり、水道管に汚染物質が浸透・侵入するリスクはまだ取りざたされていない。しかし米国で生じた事例を踏まえれば、見逃すことはできないだろう。
米国では、製油所や化学工場の地下貯蔵タンクから漏れた汚染物質が住民の健康におよぼす影響に関し、米環境保護団体「シエラクラブ(Sierra Club)」が早くから調査している。
同団体が2005年4月に発表した報告書によれば、汚染された飲用水によって住民ががんにかかったり、子どもの成長が阻害されたりする恐れのあることが判明、土壌・地下水のクリーンアップ促進を訴えた。 ベンゼンなど発がん性のある有害汚染物質を蓄える地下貯蔵タンクは当時、全米で68万基に上り、年9000基規模で新たな漏出が見つかっていると報告している。

実際に深刻な汚染問題が発生したのが、ニューヨーク市のブルックリンとクイーンズ地区にまたがるニュータウンクリーク地域だ。 地域を流れるニュータウン川沿岸では19世紀半ばから産業が勃興し、第2次大戦中には米国屈指の工業基地に発展、成長の勢いは1970年代頃まで続いた。 工場地帯にはエクソンやモービルなどの石油精製や石油化学、化学肥料工場、製材所、石炭置き場などが林立した。
ところが78年、ニュータウン川で石油の漏出が見つかり環境汚染が発覚。米環境保護局(EPA)が調査に乗り出す。 現在も工場閉鎖が続く中、連邦政府が予算を付け、汚染された地下水や土の除去など大がかりなクリーンアップ作業が続けられている。

ニューヨーク州保健省は昨年4月、周辺住民の健康調査報告書を公表した。 それによると、汚染問題を受けて2010年にニュータウン川から4分の1マイル(約400メートル)以内の近隣に住む住民約4万9000人を検診したところ、男性で肺がんと肝臓がん、女性で子宮頸(けい)がんの多発が確認された。 当局は周辺住民の健康調査を1988年から実施しており、2014年には50歳以下の女性と15歳以下の子供に対し、川で捕獲した魚と力二を食べないよう指導している。 しかし当局は結局、がん多発と汚染物質との因果関係については明確に認めることなく、20年余りにおよんだ調査を打ち切った。

危ないプラスチック管

では、豊洲市場を管轄する都中央卸売市場は、このリスクをどう見ているのか。
水道管の整備を担った都の土屋隆之・新市場整備部設備担当課長は、取材に対し、「(水道管に汚染物質が侵入する危険性について)気にしていなかった。考えていなかった」とあっさり認めた。
土屋氏によると、水道管は昨年5月にすでに敷設を終えたという。水道管は、直径75ミリ以上の太い管に「ダクタイル鋳鉄」、直径50ミリ以下の細めの管にプラスチックの「水道用ポリエチレン管」をそれぞれ使っている。
プラスチック管だと、実は地中の汚染物質が浸透する危険性が一段と高まる。米環境保局は02年8月、プラスチックの水道管や接合部分に、地中に埋もれた有害物質が浸透し、それを通した飲み水の汚染事故が全米で100件以上発生したと警告している。

土屋氏は、汚染リスクについて「米国の問題化したケースの汚染濃度はどの程度か。(豊洲市場と)単純に比較できない」とした上で、次の三つの根拠を挙げて豊洲市場は「心配にはおよばない」と言い切った。
一つは、豊洲市場の場合、人が直接水を飲まないこと。豊洲市場の水道管を流れる水は、米国のケースとは違って飲用ではなく、水処理用に使われるという。 二つ目は、「水道管に穴が開くまでには相当な時間がかかる」として、水道管に汚染水が入り込むリスクや安全性についてチェックする時間的な余裕があることを挙げる。 三つ目に、水道管を敷設したのは地上から深さ「60センチから1メートル」と比較的浅いため、汚染度が低いはずだという。
豊洲市場の1階に位置する魚市場で使う水道水は、給水タンクからではなく、水道管から直接引かれる仕組みだ。仮に水道管に有害な汚染物質が浸透・侵入した合、汚染水をそのまま魚介の水処理用に使う形となる。 しかも、魚を洗った後に水気を拭き取らずに冷凍保存する合、汚染された水が魚の表面に残ることになりかねない。ベンゼンのような揮発性汚染物質が気化して、市場の常勤作業者の健康を害する恐れもある。
専門家会議の平田座長は記者会見で「(豊洲市場は)法的にも安全」と言ったが、先に挙げた厚生労働省令に違反する疑いもあるのだ。

汚染防止策の「決め手」は見つかりそうにない。豊洲市場に安全対策をいくら施したとしても、消費者の「安心」を取り戻すことは至難の業と思われる。 市場問題を検討する市場問題プロジェクトチームは、豊洲移転と築地再整備を併記した素案を発表した。7月に都議選を控える中、小池百合子都知事の判断が問われる。