■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第172章 お上に追従の無責任体制/高給・高額退職金で事なかれ主義

(2016年11月2日) (「リベラルタイム」12月号掲載)

豊洲市場で土壌汚染対策の盛り土がされなかった問題で、誰がいつ決定したのか―9月30日に公表した東京都の自己検証報告書は、「特定できない」と回答した。まさかの信じ難い話である。 小池百合子知事は報告を受け「それぞれの検討段階で流れの中、空気の中で進んでいった」と述べた。盛り土なしの地下空間づくりが、決定の手続きなしに進められていたとすれば、無責任体制の極みと言ってよい。

「責任者」特定できず

しかし、本当に特定できないのか。責任追及を恐れて真実を隠しているのではないのか。都庁の身内の調査だけに、「特定できず」を鵜呑みにするわけにはいかない。
官僚の特性からみれば、ひとたび決まった大方針を自分たちの裁量で変更するとは考えにくい。行政トップの何らかの指示を受けて動き出したとみるのが妥当だろう。
都建設局出身の幹部OBが明かす。
「現場が勝手に変更することはあり得ない。上から指示がなければ(現場が)起案文書を作るようなことはない。知事、副知事レベルから圧力がかかったのではないか」
小池知事が明言した徹底調査にもかかわらず、仮に“真犯人”が特定できずじまいになったとしても、重大な責任の所在は明白だ。最高責任者として石原慎太郎知事(当時)の責任は免れない。

都の検証報告書から浮き彫りになったのは、東京都の限りない無責任体制だ。派手な自己アピールを繰り返す一方、週に2、3日しか登庁しなかった石原知事と、いい加減に業務を進める都幹部の二人三脚の合作の産物だったのではないか。
トップの責任からみてみよう。東京都の五輪・パラリンピック調査チームは9月末、総費用が3兆円を超える可能性を指摘し波紋を投げた。座長の上山信一慶応大教授は「現在のガバナンス体制は、社長と財務部長のいない会社と同じ」と述べ、都の無責任体質が再びクローズアップされた。
一方、盛り土問題で石原氏は迷惑をかけたことに対して謝罪したが、自らの責任は認めていない。「都庁は伏魔殿」だとも言い放ち、むしろ自分のほうこそ迷惑を被ったという感覚だ。都政のガバナーとしての「自覚ゼロ」とみられても仕方があるまい。社内で吹き出した不祥事を「こちらこそ被害者」と開き直る社長に似た構図である。

安全意識ゼロ

社長を支える社員に当たる都職員の対応はどうだったか。
まず、現場の責任部局である中央卸売市場。2008年7月に外部有識者の専門家会議が主要建物下に盛り土を提案し、決まった後に変更されて現在に至るまで、計5人の市場長が責任を担った。しかし、盛り土とりやめの意思決定は確認されていない。
都のヒアリングによると、歴代5人中4人までが盛り土されていると思い込んでいた。盛り土がされていないことを認識していたのは、12年7月〜14年7月まで市場長だった塚本直之氏(現・東京動物園協会理事長)のみ。ただし、盛り土なしでも矛盾を感じなかったと言う。現職の岸本良一氏は、地下空間が「盛り土の上に建設されていると理解していた」と答えている。
供述が本当だとしたら、責任者の土壌汚染に対する安全意識はゼロだった、と言える。
他方、石原知事は08年5月頃、建物下に盛り土ではなくコンクリートの箱を置く案を検討するよう市場長に指示していたことが判明している。これが計画変更につながった可能性がある。
都の検証報告書は、「盛り土なし」が段階的に決まっていたと判定した。そうなった要因として、部内の連絡不足や都議会への変更なしの説明など、組織内のガバナンス不全を挙げた。つまり、都は知事や歴代市場長らの個人的責任は棚上げし、自分たちを防御する一方、都庁の統制・管理のずさんさを認める形で決着を図ったのだ。

縦型秩序と高給

地方公務員である東京都職員の月収は、いまなお国家公務員より格段に高い。2015年4月時点で給与月額は勤務地により多少の手当の差はあるが、諸手当込みで全職種平均が約46万6千円、一般行政職が約45万5千円と、国家公務員のそれぞれ約41万円、約40万円に比べ1割以上も高い。現業労務の清掃職員をみると、49万7千円台で国の水準より15%も高い。
この給与格差は、自治体側が90年代までに給与を諸手当などで大幅に引き上げたこと。さらに2000年代に政府が行政改革を受け、官民格差の是正から進めざるを得なくなった国家公務員の人件費圧縮に比べ、都を含む地方自治体が圧縮幅を少なめに調整したためだ。
自治体職員の給与の原資は、住民や地元企業からの税収だから、全国の地方自治体で最も財政豊かな東京都がトップ級を占めるのは不思議でない。ちなみに賞与を含む年収では東京都の全職種平均が約730万6千円と、全国で4番目に高い(1位は神奈川県厚木市の約737万4千円)。
退職金も格別だ。2014年度に60歳で定年退職した都職員の退職手当は、全職種平均で約2321万円に上る。

一方、都職員の勤務状況はどうか。国家公務員の多くが国会対応などで長時間残業を余儀なくされる中、段違いに余裕がある。「都庁の役人は8時45分に来て5時45分に帰る」と、かつて石原都政時代に渋谷守生・都議会議長(当時)が明らかにした。
その上に、都は国家公務員の天下り慣行はしっかり継承している。盛り土問題当時、中央卸売市場長だった中西充氏(2011年7月〜12年6月在任)は現在、都副知事を務めるほか、歴代市場長OBの全員が東京メトロのような大企業や財団にトップ級で天下っている。
問題は高待遇に見合う質の高い仕事をしているかどうかだが、答えは明らかだろう。
超優雅ともいえる職場環境が、規律の緩みをもたらした要因とみられるのだ。

どういう職員が出世していくのか。
都庁OBが明かす。
「国家公務員と違い、採用試験に関係なく内部の二つの関門―短期主任試験と管理職試験に通らないと幹部になれない。通った後は部長に引っ張られるかどうか、で昇格が決まっていく。近年は技術的な情報処理能力が重視される傾向にあるが、基本的には上司の目にかなわないと出世は難しい」
このような縦型秩序だから、上に逆らう意見は上げづらい。大勢に従い、空気を読む雰囲気ができやすくもなる。
そこから、お上の顔色をうかがう、体制順応の体質が根付いてしまったのではないか。
行政の無責任体制とは、それぞれの持ち場で自らの責任をわきまえた自己決定を行わず、他人事のように問題を扱う組織体質を指す。それは公金のムダ遣い、公的権限の不当行使や乱用、公的立場を利用した利益もたれ合いへの道に必然的に踏み外す。国と全国の地方自治体につなげる行政改革の火を、東京都から起こすことができるか。