■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
<番外篇>トランプ大統領誕生 三つの要因/分断と揺らぎ 鮮明に
(2016年11月16日) (山形新聞「思考の現場から」11月16日付掲載)
異端候補と目されたドナルド・トランプ氏が、事前の大方の予想を覆し米大統領に選ばれた。攻撃性と中傷、排外主義、人種差別主義が突出するトランプ氏に、国民の半分が支持した背景には何があったのか。
米国の人口の6割強を占める白人層の不満が、トランプ大統領誕生のバネになったことは疑いない。その中で三つの要因が大きい、と筆者はみる。
一つは、オバマ民主党政権が進めた差別撤廃政策(Political Correctness)が、この国の支配層の白人に“行き過ぎ感”を与えたことだ。例えば今年春から法律で性同一性障害者に対し公共の女性用トイレに出入りできるようにしたことが、市民の激しい抗議を招いた。
オバマ政治のレガシー(遺産)の代表格とされるオバマケア(医療保険制度改革)も、2014年の保険適用開始以来、米国民の中間所得層から猛反発を受けている。これは2008年の米大統領選挙でオバマ大統領が公約して実現した。個人に最低限必要な医療保険への加入を義務付けた上で所得に応じて補助金を支給することが柱で、保険に無加入の低所得者には恩恵だ。お陰で無保険者は大きく減った。
しかし、その結果、保険対象となる医療行為の拡大が義務付けられた上に健康状態の悪い新規加入者が急増したため、医療保険会社の支払い負担がかさみ、保険料が急騰。病院も収支の悪化から診療費を引き上げ、オバマケア適用外の中間層の個人や中小企業経営者から悲鳴が上がった。
保険料引き上げ率は平均25%とも報じられ、保険事業から撤退する企業が続出。ビル・クリントン元大統領も、今回の大統領選での演説でオバマケアの中間層への打撃を問題視して波紋を投げた。大統領選の争点になり、廃止を公約したトランプ氏に有利に働いた。
筆者の知る30代初めのニューヨーク在住の夫妻は、2番目の子の出産に際し初子の時に利用した病院を念頭に置いたが、出産費用が急騰したことを知り、断念した。オバマケアの影響と分かって、夫妻が憤慨していたことを思い出す。
国民の多くは、オバマケアを含む民主党政権のマイノリティ(少数派)優遇・差別撤廃策に反発しているのだ。この点でヒラリー・クリントン氏はオバマ大統領の“負の遺産”を背負う形となった。
暴言で物議を醸(かも)したにもかかわらず、支持を集めたトランプ現象。これをもたらした第2の大きな要因は、所得格差の拡大だ。富裕層と下の階層との格差は民主党政権下でも広がるばかり。社会を安定させる基礎となる中間層は細る一方で、中間層が縮んだ分、貧困者層が増大した。
これはグローバル経済の進展で株主の利益と配当を優先する金融資本主義が台頭し、低賃金の新興国に工場移転する製造業の空洞化が背景にある。
トマ・ピケティの『21世紀の資本』によると、富裕層の上位1%が全米の富の3割強、上位10%が7割強を握る。ニューヨークで2014年、若者が「ウォール街を占拠せよ」と抗議集会を繰り返したのは記憶に新しい。 その時のスローガンが「俺たちが国民の99%(We are the 99%)」。上位1%ばかり優遇するな、と政府や大企業に抗議したのだ。
リーマンショック後の不況から失業が深刻化した米国で、若者や労働者を中心に富裕者への反感と不信が広がり、尾を引いた。この閉塞状況がトランプ支持の温床になった。
三つめの要因は、米国社会の女性の地位が意外に低く、女性が大統領になることへの白人男性の反発がある。米世論調査によれば、今回の大統領選でセクハラ疑惑や女性蔑視発言が相次いだトランプ支持の中核が白人男性で、投票した支持層の6割を占めた。
米国は「レディ・ファースト」の国と言われる。しかし、この言葉には女性は保護すべき子ども並みの弱者という軽蔑のニュアンスがある。米国女性は政治、経済など社会のコアの分野で、トップへの就任は欧州に比べ遥かに後れをとっている。ドイツ、英国で女性が首相の座を占める中、ヒラリー氏は再び硬質で頑丈な「ガラスの天井」に阻まれた。
投票日直前の退役軍人の集会で、トランプはこう語ったと伝えられる。
「諸君たちの最高司令官(米大統領)が女であるなら受け入れられるか」
トランプ大統領の誕生は、米国社会の想像以上の分断状況と揺(ゆら)ぎを浮き彫りにしたのである。