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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> トヨタ、仕入先に値下げ求めず/「グローカル」で共栄へ

(2014年11月17日) (山形新聞「思考の現場から」11月15日付掲載)

経営好調なトヨタ自動車が、部品メーカーに2014年度下半期は値下げを求めない異例の方針を決めた。グローバル経営で成功する一方、仕入先中小企業に配慮したもので、世界と地元の双方に目を配る「グローカル経営」を浮き彫りにした形だ。
米国発グローバル経営の負の特性は、米ウォール街に象徴される「グリード・キャピタリズム(強欲資本主義)」とも呼ばれる手法にある。「資本の論理」が働き、大企業の経営トップの突出した高い報酬が目を引く。経営者が年収10億円以上の超高給を得ることも珍しくない。これに対しニューヨークを例にとると、就業者の半分近くは年収3万ドル以下にとどまっている。こうして停滞する一般従業員の給与と比べ所得格差は拡大傾向をたどっている。

グローバル経営は「コストカット」を優先課題とする。グローバルな競争下で企業は通常「コスト削減」の徹底追求を目指し、その一環として経営コストの主要部分を占める人件費を可能な限り引き下げようとする。自動車メーカーの場合、労働者を大量に雇うためとりわけ人件費の重要性が高まる。近年、日米欧の自動車メーカーが、人件費が安く市場の成長が見込める中国をはじめとする新興国にこぞって工場進出したのも自然の流れだった。

グローバル経営の典型的モデルに、日産自動車がある。日産のナンバーワンのCEO(最高経営責任者)はカルロス・ゴーン社長。日産株の43.4%を持つ最大株主のルノーのCEOを兼務する。
1999年、日産の再建をかけて断行した「日産リバイバルプラン」。調達コストの大規模削減に乗り出し、系列の解体と部品の大幅値下げ要請、鋼材仕入先の絞り込みを断行した。鉄鋼業界が再編に追い込まれるほどの衝撃を与え、日産はこのゴーン・ショックで劇的に立ち直る。
この時、ゴーン氏は「コスト・カッター」の異名を轟かせ、ぬるま湯に浸っていた日本企業の多くを構造改革に走らせた。グローバル経営手法の電撃的な効果だった。

今回のトヨタ流決定は逆に「ローカル経営色」をにじませた。恒例の年2回の取引企業向け価格交渉で実施した値下げの見送りで、約4万社に及ぶ下請け、孫請けの部品メーカーが揃って“恩恵”を受ける。結果、政府も求める賃金アップの余裕も生まれる。
仕入先の部品メーカーのほとんどは中小企業で、その多くが地元周辺で操業する。国内事業が中心なため、円安は燃料、電気代、材料の高騰をもたらして利益が圧迫され、トヨタとは反対のコストアップの逆境に見舞われる。自動車各社の部品の外注比率は約7割にも上る。円安が不利に働く中小企業の経営に配慮してこの際、グループのサプライチェーン全体の経営安定化と結束を図ったとみられる。「共存共栄」の理念が垣間見える。
「値下げ求めず」の決定の背景には、円安の進行による収益増効果に加え北米市場の急伸などで絶好調の業績がある。同社は11月5日、2015年3月期の連結純利益(米国基準)が従来予想の2%減から一転して前期比10%増と過去最高の2兆円になるとの見通しを発表した。

米国の有力専門誌「コンシューマー・レポート」が10月に公表した自動車のブランド別信頼度順位で、トヨタ自動車の高級ブランド「レクサス」と一般ブランド「トヨタ」が昨年に続いて1、2位を占めた。3位に「マツダ」、4位に「ホンダ」、5位に独フォルクスワーゲン(VW)の「アウディ」。
日本車の優位が取引先中小企業の技術力を生かした日本メーカーのグループ力にあることを浮かび上がらせた。コストカット一辺倒に傾きがちのグローバル経営に日本型経営の良さを加味した「グローカル経営」が成果を挙げている、といえる。
トヨタ自動車がその最先端を走っていることは間違いない。伝統的にトヨタの求心力となってグループを率いるのは、創業した豊田家だ。豊田章男現社長(58)は、トヨタ自動車を創業した豊田喜一郎初代社長の直系の孫に当たる。豊田家の家風は代々堅実で、派手さはない。豊田英二会長(当時)が経団連副会長に就いた1984年以前は、今は活発な財界活動も日産自動車に任せ、専ら地道に企業活動に取り組んでいた。その頃は、中央に出てこない「三河の田舎さむらい」などと陰口を叩かれた。
グループの販売台数で世界トップを保持するトヨタが、円安時代が到来する中、ローカル力をまとめてグローバル経営に生かそうと、一歩踏み出したかに見える。