■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 緊急課題の子育て支援策/他国と自治体の成功例を見習え

(2014年6月25日)

官民の有識者会議が、日本が直面する急激な人口減少の危機を訴える報告を5月に相次いで公表した。中には、このままいくと2040年までに全体の半数近い市区町村が消滅する可能性を指摘した衝撃的な分析結果もある。国と地方自治体は出生増の政策立案を急ぐ必要がある。

子育て支援が出生増のカギ

人口減少が続く社会には、一つの際立った特徴がある。子育て支援が弱いことだ。
子育てしやすい環境作りを国や地方自治体がどのように整えるか、この支援策の内容が、人口増加のカギとなる。
先進国を見ると、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)が人口を維持できる2以上を続けているのは米国とフランスだけだ。建国以来、増加する移民人口を映して出生率も高い「移民の国」米国とは異なり、フランスは厚い子育て支援策で落ち込んでいた出生率を回復させ、人口減を劇的に好転させた。

意外なことにフランスは日本と同様、合計特殊出生率は1970年代から減少傾向が続いていた。ところが90年代から回復に転じ、2008年に2.02に到達。以後、2以上を続け、12年も2.0を保持している(世界保健機関=WHO調べ)。
これに対し日本は2005年まで約30年にわたり減少傾向が続いた。2006年からやや持ち直し、2012年には1.41と2年ぶりに上昇したものの、出生数は過去最少を更新し、少子化に歯止めが掛からない。2013年は1.43。

少子化が進む要因の一つは、子供を欲しがらない大人が増えているからである。内閣府が10年10月〜12月に実施した20〜49歳の男女約1000人の意識調査によると、希望子供数に達していない人が「子供を増やしたい」と答えた比率が日本の48.8%に対し、フランスは79.7%に上った。「増やしたくない」は日本47.5%、フランス17.7%。
その背景に子育てへの経済的、時間的な余裕度の違いがある。フランスが立証したように、子育て支援が厚ければ出生率は向上する。

フランスの伝統的な子育て支援策は、19世紀末にさかのぼる。かつてフランスはロシアを除く欧州最大の人口大国だった。欧州を支配したナポレオンの軍事力の背景には、欧州最大の人口規模があった。
ところが、19世紀後半に出生率が急落して、総人口で増加を続けるドイツに追い抜かれる。1871年の普仏戦争の敗北とドイツ帝国の誕生で、フランスは人口減少への危機感を強め、19世紀末以降、家族政策を柱にさまざまな少子化対策を講じていった経緯がある。

その施策の柱となったのが、30種を超える家族手当とされる。参議院の調査研究などによると、1939年制定の「家族法典」で家族手当が公的制度として定着。以後、20歳未満の児童に対し第2子から家族手当を所得制限なしに支給するほか、「3人以上の子を持つ低所得家庭」、「片親もしくは親なし子家庭」、「母子もしくは父子家庭」向けに所得制限ありの養育手当を支給するなどの充実した内容を整えた。出生率が全体の半数超を占める婚外子の子育てにも支援の手を差し延べている。
近年は「認定保育ママ」を雇用する親への支援手当(1990年)、乳幼児養育給付(2003年)に加え、異性または同性間の共同生活契約にも、結婚と同等の権利が認められるようになる(1998年)。仕事と育児の両立を可能にする育児親休業制度も改善された(2005年)。
このように支援の手を長期にわたり次々に繰り出して出生率の向上に成功する()。財源は当初は企業からの拠出金が中心だったが、現在は個人所得に課される社会保障目的税、国庫支出などを加えて賄う。

静岡県長泉町の成功ケース

日本でも自治体の中に子育て支援で出生率を大幅に向上させた成功ケースがある。
地元が「日本一の出生率」と誇る静岡県東部の駿東郡長泉町(ながいずみちょう)がその代表例。長泉町の合計特殊出生率は2012年に1.99まで上昇した(13年は1.85)。12年の全国平均1.41に比べ際立って高い。

町が進める子育て施策が、その原動力だ。同町子ども育成課の話では、町の2つの施策が町民からとくに喜ばれている。
一つは早くから導入した「こども医療費助成」。中学校3年生修了まで保険診療で支払った通院、入院費を入院時食事代も含め一切助成する。所得制限、自己負担はない。15歳になるまで医療は完全無料となるわけだ。
近くの御殿場市や新宿区など東京23区でも同様の支援策を実施しているが、市町村では全国的にまだ珍しい。
もう一つが、第3子以降に対し保育園や公立幼稚園に通園する保育料の無償化(助成)だ。私立幼稚園や障がい児通園施設に通う子供の保育料については、公立幼稚園保育料相当額を助成する。
2010年度から実施され、これを知った県内外からの同町転入者が増え、人口も地価も上昇する好循環となった。

手厚い支援メニューは、ほかにもある。
母子家庭への医療費助成だ。20歳までの児童を養育している母子家庭に対し通院、入院の保険診療で支払った自己負担額(入院時食事費は除く)を助成する。
今年度は新たに町立幼稚園第2子保育料の無償化(私立幼稚園については、公立幼稚園保育料分を助成)や放課後保育時間を午後7時まで30分延長、病児の保育利用料の無償化などの施策を導入する。
長泉町はこの豊かな子育て支援の財源となる税収を主に地元で活躍する企業群から得る。企業誘致を1950年代から進め、これまで2つの工業団地を造成。「地元大手5社」の東レ、協和発酵キリン、特種東海製紙、東邦テナックス、小糸工業や医療技術の先端を行く静岡県立静岡がんセンターの盛んな経済活動が税収の源だ。結果、4万2千人規模の町に毎年500人相当のめでたい出産をもたらす。
このような成功ケースを国や地方自治体は大いに見習い、少子化対策の政策立案に活用する必要がある。




(図)

出所)縄田康光 参議院『立法と調査』2009年10月号所収