■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
<番外篇> 中小企業融資を減らす銀行/癒しの湯の経営難深刻(差し替え版)
(2011年9月5日)
旅館・ホテルの経営環境がいま、全国的に厳しい。3月以降、東日本大震災と原発事故の影響で海外からの観光客も激減し、状況は一層深刻化した。 しかも、経営問題は、多分に銀行の融資問題と絡む。不断のリニューアルをしなければならない旅館・ホテルは「装置産業」と呼ばれるほど設備投資資金がかさむからだ。
そこで、銀行融資のここ10年来の推移をみてみよう。全国の旅館業が対象の統計は得られないため、そのほとんどが家業として区分される中小企業統計から銀行の融資姿勢を探ってみる。 そこから浮かび上がる実態は、旅館業に限らず、銀行の中小企業向け融資の大幅削減と、これに代わる国債購入の急増だ。
大幅削減された融資
日銀の統計によると、国内民間銀行の貸出金残高は減少傾向をたどり、とりわけ中小企業向け融資は2001年3月の229.4兆円超から11年4月の170.8兆円超へ、60兆円近くも減らしている。 減少傾向は、ほぼ小泉純一郎政権の期間続き、06年3月からやや持ち直した後、07年9月以降再び減少に転じている。 半面、国債保有残高は増え続け、今年4月末には過去最大の158.7兆円に達し、総資産に占める比率はほぼ2割に上った。
銀行の国債購入は2008年9月のリーマン・ショックを境に急増し続け、それ以前より4割も膨らんだ。10年前に比べると2倍も国債を購入している。 個人や企業からゼロ金利に近い超低金利で預金を集め、これを中小企業融資に回さず、国債を買い続けて利ざやを稼ぐ、異様な姿が浮き彫りとなる。 カネが市中に回らなくなり、深刻なデフレに陥るのも、当然の成り行きであった。この融資削減の矢面に立たされたのが、旅館業だ。
1980年代のバブル経済の下、大型旅館では団体旅行客が急増して売上げが拡大し、盛んな設備投資で建物や設備、駐車場を増設していった。 だが、デフレ不況下で団体旅行客が減少に転じて売上げが低迷、バブル期に銀行から借り入れた多額の有利子負債や減価償却費の負担が経営にのしかかる。 銀行側は、融資先の業績悪化で融資に一段と慎重になっていくが、さらに踏み込んで債権を強引に取り立てたり、見切りをつけて第3者に売却する事例も目立ってきた。
一例として、地元の八十二銀行と日本政策投資銀行(旧開銀)から申し立てられ、東京地裁から昨年12月、会社更生手続き開始命令を受けた長野県蓼科温泉郷の「滝の湯」のケースを取り上げてみよう。
「滝の湯」は1923(大正12)年に創業し、天皇陛下も過去に3回泊まられたことがある由緒ある老舗旅館。会社更生手続きに入ったのは、「蓼科グランドホテル」とそこから会社分割して昨年9月に新設された「蓼科・滝の湯」の2社である。
経緯はこうだ。メーンバンクの八十二銀行(本店・長野市)が「滝の湯」側が相談なく実施した会社分割行為を知り、ただちに「債権確保」に動いた。 つまり、会社分割後わずか3カ月、当事者ではなく銀行自らが会社更生手続きを東京地裁に申し立てたのである。 そして、手続き開始後4カ月の今年4月、銀行側は事業を再建・経営するスポンサーにオリックス不動産(オリックスの完全子会社)を選定した。
この「早業」に、地元の温泉旅館に驚きと衝撃が走った。会社分割制度は、企業の組織再編を容易にするため、00年の商法改正で創設された、経営を立て直すひとつの方法である。 「滝の湯」もこの制度を活用して、会社再建を図ったわけだ。実際に、これを活用して企業再建につなげた老舗旅館もある。 たとえば山形県小野川温泉のK荘の場合、3年ほど前にメーンバンクの地元銀行の了承を得て会社分割を行い、経営改善を進めている。 「滝の湯」のケースでは、銀行側は事前の相談もなかったとし、「借入金の返済を免れようとする乱用的な(会社分割)行為」と見なしたのだ。
『会社分割』(かんき出版)の著者で、この問題に詳しい後藤孝典弁護士は、「滝の湯」のケースにつき、「(会社更生手続きに至る)銀行側の手際が良すぎる。当初からオリックスと話をつけて進めたのではないか」とみる。
銀行側はオリックスによる経営で「抜本的な再建を図る」とするが、筆者が重視するのは、旅館側が会社分割に最後の望みを託すに至るまでの、銀行側の強引にすぎる対応だ。
以下は、筆者が「滝の湯」の元オーナー経営者から直接聞いた話である。 「滝の湯」の業績が悪化するなか、銀行側は09年1月ごろから元オーナー経営者が八十二銀行に預けた個人名義の預金をキャッシュカードなどで引き出せないように“ロック”したという。 さらに、八十二銀行を含め、計約15億円を借り入れた4金融機関に対し、元オーナー経営者が返済のリスケ(猶予ないし組み直し)を求めたところ、八十二銀行から昨年1月、返済のリスケ交渉に応じる条件として元オーナー経営者の両親名義の2口座について担保設定を要求されたという。 元オーナー経営者はやむなく両親の計1億1000万円に上る預金を担保に供したというが、当時、父は「滝の湯」の会長職にあったが、母の方は会社の役員でも連帯保証人でもなかった。 にもかかわらず、その預金も担保として押さえられてしまったとのことである。
これらのことについて、銀行側にも取材を申し込んだが、「個別案件には答えられない」と事実上、コメントを拒否された。 元オーナー経営者側は担保として差し押さえられた母名義の預金の返還を求める提訴を検討中という。
こうした一連の経緯から、リスケには応じてもらったものの元オーナー経営者が追いつめられた心境になり、会社分割にラストチャンスを求めるに至ったことは、想像に難くない。 しかし銀行側は会社分割を認めず、会社更生手続きで第三者に再建させる道を選んだのだ。
しびれを切らす銀行
日本観光協会によると、国民の宿泊観光旅行の年間延べ参加者数は1億4000万人前後と横バイ状況が続くなか、主要旅館の稼働率はここ5年来、団体客の減少などから全国平均で4割前後に低迷。 銀行側が融資額の多い大型旅館の経営動向に一層敏感になり、貸し渋りの傾向が強まったのも、こうした背景からだ。 それにとどまらず、融資先の業績不振にしびれを切らし、旅館経営に直接介入するケースが増えてきたというのが、ここ数年の傾向である。
「滝の湯」のケースも、銀行が直接、乗り出してきて再建を図る形になった例といえる。
業界関係者によると、山形県の温海温泉では、銀行が老舗の経営を刷新するため、山形県出身者で東京の有名ホテル経営者を招き入れ、新社長に据えた。 秋田県の男鹿温泉では4旅館、福島県の東山温泉では3旅館がが取引銀行の主導で統合された。 他方、伊東園ホテルグループ(本社・東京)や湯快リゾート(本社・京都市)など地域外の不動産投資開発業者の動きも目立つ。 行き詰まった老舗旅館の資産を安く買って転売するか、自ら直営に当たるケースが多い。銀行が資金面から、こうした商法を後押しする。
政府は「観光立国」を掲げ、3年前に観光庁を新設した。しかし、癒しの湯を供するはずの、多くの旅館が苦境の深みにあえいでいる。 「観光立国」を掲げるならば、国としても、旅館業の事業再構築に手を打つべき時である。
[会社分割]
株式会社が、その事業に関して有する権利義務の全部または一部を、ほかの会社(承継会社)または分割により設立する新会社(設立会社)に承継させること。 2000年の商法改正で認められ、01年4月より施行。不採算部門の切り離しや一部の事業の子会社化、グループ外への移転など、経営効率化が容易になる。
[蓼科温泉郷]
長野県の中部、海抜1200メートルから1500メートルの蓼科山麓にある屈指の温泉地。保養地、観光地としても名高く、近くには白樺湖、蓼科湖、女神湖、縄文遺跡群などがある。 「滝の湯」は施設内容、収容能力などで、この温泉地でトップクラスの温泉旅館とされる。