■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 中国ブーム終えんか

(2010年7月11日)

約20年にわたり世界史上、空前の経済急成長を続けた中国。しかし、ここに来て暗雲が二方向からにわかに垂れ込めてきた。頻発する労働争議と高騰する賃金、経済格差の拡大と底辺部の少数民族・農民の高まる不満だ。今年をピークに中国は多難な調整局面に入る、との見方が内外に広がってきた。


万博の奇妙な光景

6月の上海万博会場の朝―。開場2時間前から長蛇の列に並んでいた筆者は、思いがけず中国の抱える不安定要因をじかに知ることとなった。1つは、夏の暑さなのに飲料の持ち込み禁止。もう1つは、一般の警察と並んで非常時用の「武装警察」がモノモノしく警備に目を光らせていたことだ。飲料の持ち込み禁止は、ガソリンなど危険物の搬入を防ぐため。武装警察は、天安門事件での武力鎮圧への批判を受け、事件後に発足した準軍事組織だ。 イスラム過激派など少数民族や中央政府に不満な農民らによるテロの警戒に当たる。昨年7月5日の暴動から一周年のウィグル族自治区の区都ウルムチでは、自動小銃を手にした武装警察が増員され、駐留する。
この万博会場の風景は、中国の抱える、いつ破裂するかもしれない“テロの脅威”と社会不安を浮き彫りにした。
他方、経済活動の足もとを日増しに脅かしてきたのが、ストの多発を背景にした大幅な賃金上昇だ。安い労賃が支えてきた「世界の工場」も、いずれ立ち行かなくなる、との見方も広がってきた。

中国・山東省沿岸部にあるフルーツ加工会社。同社は、今年に入って工場労働者の賃金を昨年水準の約900元(約12600円)から4割増の約1300元(約18200円)へ大幅に増やした。一昨年までは月800元見当(11200円)で落ち着いていたが、人手不足からここ2年で6割強の賃上げを余儀なくされたわけだ。
この大幅賃上げによっても、新規採用に予定していた100人を大きく割る60人しか集められなかったという。労働力の供給源は50キロ離れた農村。同社は労働者がいや気を起こしてやめないよう、バスを農村に出して毎日、朝と夕に送迎している。

5月以降、ホンダやトヨタ系列の部品工場などで賃上げストが続発した。広州のホンダ系部品工場の場合、25%の賃上げでストはようやく収束した。今年1月以降、自殺者が10人も出た台湾系電子部品メーカー「富士康(フォックスコン)」の場合は、苛酷な労働条件が外部に明るみに出てストが勢いづき、基本給を33%アップせざるを得なくなった。
深センにある同社工場の若手労働者の話では、コンピューター機器の夜間の組み立てラインで背もたれのない椅子に腰かけ、食事・入浴なしに1夜12時間も作業している、と地元からの報道は伝えた。こうした労働環境が労働争議を各地に飛び火させた。インターネットや携帯電話で賃上げ状況を知った若い労働者が、体制派の労組幹部の言うことを聞かずにストに入るケースが目立った。

このような労働争議が、一時的な現象とは思えない。背景に、08年に新たに施行された「労働契約法」などの法制の変化があるからだ。これは経済格差の広がりで強まった労働者の不満を鎮めるため、政府が労働者の権利擁護を目的に制定したものだ。たとえば、次のような条項がある。「使用者は、労働者の出社日から1カ月以上1年未満の間に書面による労働契約を締結しない場合、労働者に2倍の賃金を毎月支払わなければならない」(第82条)。
「沈黙していた労働者」が、突然目覚めたように厳しい労働への対価を求め始めたのも、法律の後ろ盾ができたからだ。しかし、この新法制は、無尽蔵と思われた労働力を安く使うことで急成長を遂げた経営側にとっては、身にこたえる重いくびきとなってきたのである。こうした構造変化から経済成長の持続可能性が俄然、問われるようになった。


中国は日本の70年代?

労働事情の激変と賃金高騰は、しかし、経済が豊かになり成熟化していく、すなわち先進国化していくうえで「不可避の過程」と当然視する見方も、むろん少なくない。国鉄ストに象徴される日本の1970年代と同様に、一度は通過すべき時期に到達したに過ぎないという見方である。
とはいえ、それが“歴史の必然”だとしても、一方の当事者である経営側にとっては緊急に対応しないわけにはいかない。大幅賃上げを余儀なくされた経営側は、これを極力、価格の値上げに転嫁しようとする。他方で、自らためた資産は高騰を続ける不動産の購入に充て価格の上昇中に転売しようと図る。

このようなメカニズムから、上海、北京やリゾート地の海南島などの有望な不動産の価格が高騰を続ける。
中国政府の発表によると、5月の全国70カ所の大中都市の分譲住宅販売価格は前年同月比12.4%上昇した。既にバブル状態の上海が同10.9%、北京が14.3%だが、海南島の海口に至っては52.8%も高騰した。不動産投機の過熱を物語る。
賃上げ、不動産バブルに引っ張られる形で、消費者物価の上昇も加速する。1―5月の同物価指数(CPI)の上昇率は前年同期比2.5%だったが、5月のCPIは同3.1%に高騰した。明らかにインフレ傾向が強まった。

上海では不動産バブルを抑えるため、固定資産税の導入を検討中、といわれる。しかし、これに対しては「中国では土地が私有でないから、固定資産税を課すとはおかしい」などと反発の声が上がっている。
ここから浮かび上がってくるのは、中国経済が急成長の末に日本を含む先進国が抱えた諸矛盾に遭遇し、政府が懸命に対策を模索している姿だ。中国の長かった経済成長時代がピークアウトし、巨大化した経済が自らの内から生じた問題に対処するため、息の長い調整をしていかなければならない―そういう新時代に入ったという指摘もある。
米ニューズウィーク誌は、その特集記事「中国後の世界」で、「中国ブームの終わりは今や視界に入ってきた」と述べた(6月28日・7月5日号)。同誌によれば、中国経済の成長が著しかったために、その急成長からの転換は、中国に資源を供給してきたブラジルやオーストラリアなどにも大きな苦痛を与えずにはおかない。

「中国時代」の終えんは意外に早いかもしれないが、その影響は内外ともに計り知れない。