■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第96章 またも年金保険料流用の陰謀 / 社保庁の問題法案

(2006年9月1日)

 先の通常国会に提出された「社会保険庁改革法案」が、国民年金保険料の不正免除問題が浮上したことから成立できず、継続審議となった。自民党は9月26日に召集される臨時国会で優先的に審議、成立を目指す考えだが、この法案の中身を見ると、改革法案どころか、年金官僚の既得権温存法案といえる。マスメディアはこれまで同法案の内容を詳しく報じなかったが、法案には年金保険料の流用を企む年金官僚の陰謀が張り巡らされてある。

福祉施設事業に代わる新事業

  問題の法案は、国民年金法と厚生年金保険法の改正案。国会を通れば、いずれも07年4月から施行される。
 改正案はこの二つの法律の第4章「福祉施設」を改変するものだ。現行の国民年金法では「政府は、第一号被保険者及び第一号被保険者であった者の福祉を増進するため、必要な施設をすることができる」。厚生年金保険法では、「政府は、被保険者、被保険者であった者及び受給権者の福祉を増進するため、必要な施設をすることができる」とある。
 「必要な施設をすることができる」という表現はあいまいで、日本語の体を成しているとは思えないが、年金官僚はこの条文を根拠に、本来なら国民への年金給付に充てるべき年金保険料積立金をグリーンピア(大規模年金保養基地)とか厚生年金会館、サンピア、健康保養センター、老人ホーム、厚生年金病院のような天下り先の「ハコもの」づくりに費やしてきたのだ。

 筆者の調べによれば、年金積立金を原資に建設された施設は計280(うちグリーンピアなど15施設はすでに廃止)にも上る。年金官僚はさらに、1998年から03年度の6年間に財政再建のための特別措置として、その後も今年度まで一年ごとに時限立法で、税金に代えて年金保険料を「年金事業費」の名目で自分たち用に流用した。居住用の社保庁職員の公務員宿舎や社会保険事務所などの新増築という施設事業を臆面もなく行ってきたのだ。
 今回の法案で、批判を浴びた福祉施設事業の規定はなくなる。これだけみると、改正案は現状を改善するかにもみえる。
 ところが内実は、施設事業を廃止する代わりに、年金資金でもっと広範囲に別の事業ができるような仕掛けが施されているのだ。

ソフト事業に触手

  現行の第4章は「福祉施設」という見出しだが、改正案では「国民(厚生)年金事業の円滑な実施を図るための措置」とある。そして年金事業の円滑な実施を図るため、「次に掲げる事業を行うことができる」とする。国民年金法、厚生年金保険法とも同じ文言だ。
一 教育及び広報を行うこと。
二 被保険者、受給権者その他の関係者に対し、相談その他の援助を行うこと。
三 被保険者等に対し、被保険者等が行う手続に関する情報その他の被保険者等の利便の向上に資する情報を提供すること。
四 前三号に掲げるもののほか、国民(厚生)年金保険事業の円滑な実施を図るために必要な事業であって、厚生労働省令で定めるものを行うこと。  
 ―このように書かれてあるのだ。

 問題は、年金保険料の積立金を用いて行う、とする上記の事業の範囲が相当に広いため、年金保険料の流用を無制限に拡大してしまう恐れが強いことである。そうなれば、チェック機能が働いていない現状では、取り返しのつかない年金財源のムダ遣いとなるのは必至だ。
 まずは法案二号を取り上げてみよう。「相談その他の援助」というが、こういうコンサルティング業務活動を通じて独占的情報を元手に利権を拡大してきた官業の歴史がある。

 官業の底辺部を担う公益法人の多くが、会員制や手数料を設けて定収入を得るコンサル活動を大いなる収益源にしている。総務省所管の社団法人「電波産業会」がその好例だ。
  同社団は『照会相談業務』を法律(電波法)による指定で独占し、通信・放送分野での電波システムを巡る「標準規格」の策定まで行い、超高額の照会・相談手数料や会費を取ってきた。電気通信事業者や放送事業者、機器メーカーなど、現在約270社が電波産業会の正会員に加入しているが、この会費は企業規模により年間60万円から、例えばNTTのような最大級でなんと600万円もする(他に賛助会員3社、会費30万円)。こういうベラボウな会費が通用するのも、同社団の電波ビジネスへの絶大な規制権限をみて、情報提供や便宜を受けようと、関係業者が殺到するためだ。

年金教育施設も

 つまり、「相談その他の援助」という項目を活用すれば、社保庁の看板掛け替えにほかならない厚労省の外局「ねんきん事業機構」(08年10月に設立予定)が、自在に年金積立金を取り崩して自分たち用に流用できるのだ。それも役所の独占情報を元に業務ができるから、おいしさの余りいったん走り出すと暴走する恐れがある。
 一号の「教育・広報」も、同様に危険だ。衆院議員の長妻昭氏(民主)によれば―
 「前に『よくわかる年金』みたいなCD-ROMを高校、中学に配るために天下り団体を作らせて、問題になったことがあります。年金教育と称して、例えば年金教育センターみたいな団体を造り、OBを学校に送り込んで説明させるとか、デラックスな広報施設や年金展示館のような施設を作る可能性が想定できます」

 これら一号、二号の延長線上に、三号の「手続き情報などの情報提供」が続く。いわば「ハコもの事業」を止めて「相談・教育・情報提供」というソフト分野で、天下りにつなげる年金事業を広げていこうとの魂胆が透けて見える。

必要な事業は税金で

 さらに四号で、厚労省はもっと露骨に自分たちの利権を増殖させる根拠法を画策している。「必要な年金事業で省令で定めるもの」を年金財源を使ってやろうという趣旨だ。省令というのは閣議決定を必要とせず、大臣が承認すれば出せる。この場合、厚労省の役人が作った事業案を厚労相がハンを押せば効力を生じるから、危険きわまりない、という。所管省庁の作った案を大臣が拒否するようなケースは、通常あり得ないからだ。

 こうしてみると、継続法案は不祥事続きの社保庁の改革案どころか、年金官僚たちが勝手に国民の年金財源を「事務費」名目で食い荒らすことを可能にする悪法だ。 そればかりではない。年金官僚が必要とみなした事業をこれまでのように単年度ごとの時限立法ではなく、「恒久措置」として保険料の積立金から流用して行うこととしたのだ。
 厚労省は、これまで年金財源の流用だけでなく、労働保険財源も特別会計から引き出して雇用事業などに流用してきた。雇用保険を財源に作った「勤労者福祉施設」は実に2070に上る。労災保険を財源に建設したハコものも77に上る。
 勤労者福祉施設は採算割れから超安値での売却・譲渡を余儀なくされた。売却処分は今年3月末に終了したが、売却総額は約127億円に過ぎず、建設費用約4406億円の3%にも満たなかった。その上、買い手がつかなかった92施設の解体に要した費用約20億円を保険料積立金から支払っている。雇用保険財源は文字通り“湯水のごとく使われた”のである。だが、厚労省はその後も性懲りもなく「わたしの仕事館」や「アビリティガーデン」「ジョブカフェ」「女性と仕事の未来館」などを失業対策、ニート対策、女性の能力支援を名目に建設・運営し、特別会計の雇用保険積立金から経費を賄っている。

 今回の継続法案が成立するようだと、年金官僚によるさらなるムダ遣いが恒久的に続き、歯止めが掛からない危険がある。年金官僚の裁量で自分たちに都合のよい事業に年金財源を注ぎ込むことが法的に可能になり、これに対する外部のチェック機能は期待できないからだ。 国民にとってどうしても必要な年金事業なら、財務省や国会などの外部チェックが働き、透明性が高い税金で行うのがスジではないか。“いまそこにある危険”を、即刻取り除かなければならない。