■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第70章 もう一つのまやかし行革/国民を欺く「民間法人化」

(2004年4月1日)

小泉内閣は2001年12月に閣議決定した特殊法人等整理合理化計画で、19の特殊法人・認可法人を「民間法人化」している。この「民間法人」は、「民営化」とは異なり、補助金交付や役員の選任などで、政府の関与を最小限にするものだとされる。
だが、民間法人化後も実態は従来の特殊法人・認可法人と変わらない法人が多い。「民間法人化」という言葉から、一般には民間の株式会社に変わったような印象を与えるが、内実は相変わらず主管官庁から天下りを迎え、補助金や委託費を受け取っているのだ。今回は、国民をだます、まやかしの行革手法「民間法人化」を取り上げる。

奇妙な法人

はじめに、先の整理合理化計画で「民間法人化」という聞き慣れない行革手法を大がかりに使った経緯から入ろう。
筆者は2001年秋、発足した小泉内閣が取り組む「特殊法人改革」の案を煮詰める内閣官房の行政改革推進事務局に足繁く通っていた。小泉首相とマスコミの関心は道路4公団の民営化問題に集まっていたが、舞台裏の事務局では計163ある特殊法人と認可法人の事業を一々見直し、「廃止・民営化」などに向け組織形態をどうするか、を討議していた。
その過程で、「大量処理法」として独立行政法人化と並んで「民間法人化」が浮上したのである。事務局は当初は商工中金や省庁などの共済組合45も一気に民間法人化するつもりでいた。が、結局、19法人の民間法人化で決着する。国などの各種共済組合(認可法人)は、公務員の基礎年金交付金などの形で公的資金を受け取っているため、「民間法人化」の要件に当てはまらない、と判定されたのだ。商工中金は、他の政府系金融機関と同様に決定が先送りされた。政府は、「民間法人化」を「民営化など」のカテゴリーの中に含めて発表したのである。
結果、民間法人化が決まった特殊法人・認可法人は、それ以前のものと合わせると全部で39法人に上った。内訳は、特殊法人が10、認可法人29である(うち2認可法人がのちに公益法人に衣替え。別の2認可法人は05年度に「民間法人」に移行)。

めくらまし行革手法

だが、「民間法人化」の中身が問題だ。なにより「民間法人化とは何か」の定義が、わかりにくいのだ。
わかりにくい理由は、「民間法人化」という概念が、民営化に抵抗する官僚との妥協の産物から生まれた、あいまいなものだからだ。行革を図る第二次臨時行政調査会(いわゆる土光臨調)は、83年3月の第五次答申で「民間法人化」という言葉を初めて用いる。「民営化」が通らないため、特殊法人・認可法人の経営の活性化策として、苦しまぎれにひねり出された。いわば、特殊法人の特性である「経営の自律性の欠如」や「国費への依存」から民間法人に脱皮すべし、という「願望の概念」に近いと思われる。
ともあれ土光臨調の「民間法人化」の定義は、1. 事業が制度的に独占とされていない、2. 国またはこれに準ずるものの出資が制度上も実態上もない、3. 役員の選任が自主的に行われている、4. 国またはこれに準ずるものからの補助金などに事業の経常的経費が依存していない ― というものだ。
だが、民間法人化しても特殊法人と認可法人の設置法は残るから、厳密には「民間法人」になるわけではない。むしろ「民間法人化」というまぎらわしい言葉で、国民は「民営化した」と勘違いさせられ、ごまかされる恐れがある。その意味で「めくらましの行革手法」と言ってよい。

中災防は天下りの巣

「民間法人化」されたはずの認可法人・中央労働災害防止協会(中災防)の実態をみてみよう。中災防は、橋本内閣の97年6月に「民間法人化」が閣議決定され、2000年6月に定款を変えて「民間法人化」している。
従来の定款では、「目的」の項に「本会は、事業主、事業主の団体等が行う労働災害の防止のための活動の促進並びに労働者の安全衛生についての措置に対する援助及び指導を行うことにより、労働災害の防止を図ることを目的とする」とあった。この文言に新たに「その他労働災害の防止に関して自主的な活動を行うこと」を追加したのである。つまり、自主的な活動を加えて「民間法人化」を図ろうというのだ。
中災防は、民間側の発意により1964年に設置され、旧労働省(現・厚生労働省)が認可した「認可法人」だが、実態は初めから同省の天下り機関だった。
筆者は01年1月に中災防を取材している。別の公益法人とそっくりの健康・スポーツ分野の資格認定事業(「運動指導担当者」と「運動実践担当者」の2つ)について取材したのだった。当時、中災防は、国から51億9200万円の補助金と21億8600万円の委託費(99年度実績)を受け取り、常勤役員15人のうち理事長・常務理事各1人、常任理事・理事計8人と、実に3分の2を旧労働省OBが占めていた。その1月に空席になるまでは、専務理事ポストも旧労働省出身者が押さえていた。―
だが、「民間法人化」後の現在は、どう変わったか。

政府の関与が増大

まず、国からの補助金と委託費の推移について中災防に訊いた。
03年度予算(億単位)で補助金が15億円、委託費が44億円。前年の02年度は補助金が16億円、委託費が49億円。01年度は補助金16億円、委託費48億円、00年度は補助金15億円、委託費40億円、― となっている。
補助金はほぼ横バイだが、委託費のほうは02年度まで年々増えているのだ。
となると、「政府の関与は最小限にすべき」だという民間法人化の要件を満たしていない。この民間法人化は、ウソっぱちということになる。
次に、役員の選任は、自主的に行われているか、を問うた。「総会で自主的に行われている」というが、それなら役所からの天下りは減少しているはず。
ところが、元官僚の常勤役員への天下りは、従前と変わっていない。すなわち、常勤の理事長は、元労働省大臣官房総務審議官。専務理事は、元厚労省大臣官房総括審議官。常務理事2人も元厚労省の広島と北海道の労働局長。最上層部はすべて主管官庁出身者だ。常勤の常任理事6人をみても、3人までが埼玉や新潟、京都などの元労働基準局長(1人は旧大蔵省出身)。さらに常勤理事2人のうち、1人は元静岡労働基準局長。監事2人のうち1人(非常勤)も、元茨城労基局長だ。
つまり、毎月給与を受け取る常勤役員と監事の実に64%、3分の2近くを依然天下り組が占めているのだ。民間法人化がデタラメなことがわかる。

六割近い国への経費依存率

「民間法人化した、といっても、実態は変わっていないではないか」 ― 筆者が以上の点を追及すると、蔵屋敷勝常任理事(元労働省労働基準局長)は、こう答えた。
「イエスでもありノーでもある。・・・(事業の性質上)ある程度補助金に依存せざるを得ない。こういう事業は自主的には進まない。国がテコ入れして労災を減らすのは合理的。国が投資しているのです」
まるで公益事業だから「民間法人」になれなくて当然、と言いたげだ。だが、現状はもっと悪い。「民間法人化」に進むどころか、後退しているのだ。その証拠をお目にかけよう。
同時並行して入手した、中災防が総務省に提出した調査票だ。経常的経費(135.3億円)のうち、国からの補助金等収入(79.5億円)の依存率が58.8%も占めるのだ。明らかに民間法人化の要件から大きく外れている。しかも補助金等への依存率は、自主事業の収入減もあって、前年度(58.1%)よりも大きくなっている。「民間法人化」から逆行しているのだ。
中災防の常勤役員、職員計307人に対して支給される人件費は補助金で賄われているから、国民は知らされないまま、これら天下り役員の人件費も負担していることになる。
補助金の財源は、事業主が全額負担する労災保険料を管理する労働保険特別会計の労災勘定だ。政府(厚労省)は労働災害防止団体に対して同勘定の「予算の範囲内において、その業務に要する費用の一部を補助することができる」(労働災害防止団体法)。
ここでもやはり国会の審議を事実上すり抜ける特別会計から、「エセ民間法人」に対して合法的に補助金が支給されているのだ。

「民間法人」に大挙して天下り

「民間法人化」のまやかしは、天下り構造の温存からも明らかだ。民間企業並みの事業形態に近づいた「民間法人」でも、経営中枢への天下りは依然続く。形は「民間法人」になっても、実態は相変わらず「官支配」なのだ。
03年10月に民間法人化された認可法人・自動車安全運転センターを取り上げてみよう。
同センターは自動車の安全運転の研修、運転経歴証明、事故証明、調査研究などの業務を行い、青少年の研修業務などに国の特別会計と各都道府県から補助金を受け取ってきた。
02年度決算ベースでみると、補助金受入額は3億9600万円(うち地方自治体から2億3000万円)。
同センターの収入全体からみれば、補助金の比率は約5%にすぎず、収入のほとんどは証明手数料など自主財源で賄われている。
ところが、役員人事をみると理事長1人、理事4人、監事1人の計6人の常勤役員のうち、理事長をはじめ3人が警察庁出身者、残り2理事が総務省と財務省OB、監事が国土交通省OB。役員全員が関係官庁出身者で固められているのだ。
天下りは、たとい完全民間法人化したあとも止むことはない。特殊法人・農林中央金庫は86年までに政府出資を実態上も制度上もなくし、補助金も受け入れず、完全民間法人化を果たしている。
だが、トップ経営陣は「自主的に行われている役員選出」のもとで、相変わらず農水省と金融監督機関が押さえている。上野博史理事長は元農水事務次官、常勤理事13人中専務理事が旧大蔵省、常務理事が農水省、常勤監事2人のうち1人が日銀OBだ。「完全民間法人化」以後、20年近く経つのに「天下りの温床」に変化はない。