■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第56章 「国民負担増」を言う前に「この責任」をどうする
― 年金積立金がどんどん食われている
公的年金改革1
(2003年4月30日)
デフレの長期化、社会の閉塞感、自殺の増加の背景に、将来への国民のモヤモヤした不安がある。この不安を解消するには、社会保障の確たる全体像が見えてこなければならないが、その四本柱(公的年金、医療保険、労働保険、介護保険)のいずれもが、財政難から大きく揺らいで安心できない。とりわけ制度改革を2004年に控えた公的年金のあり方を巡る議論が、ここに来て白熱してきた。
問題は、厚生労働省を先頭に「国民の負担増」ばかりが叫ばれていることだ。だが、その前に年金官僚による大規模年金保養基地(グリーンピア)の官業の失敗、大穴をあけた年金積立金の運用責任、庁舎や公務員宿舎への年金積立金の流用、天下り先公益法人への公費バラまきを不問にしてはならない。
保険料上げ・給付下げ
厚生労働省は昨年12月、公的年金改革に向けた叩き台(厚労省案)を発表した。民間サラリーマンが加入する厚生年金を例にとると、保険料率を段階的に引き上げて20%で固定し(現行は年収の13.58%、労使折半)、給付水準を引き下げる、というものだ。この保険料の最終水準の固定方式を2022年度から実施した場合、年金の給付水準は2032年度以降、現役の手取り賃金の52%(現行は59%)に低下する。
だが、この試算は2000年の年金改正法で規定されたとおり、全国民共通の基礎年金の国民負担割合を二分の一(現行は三分の一)に引き上げることが前提だ。財政困難からこの引き上げには、消費税引き上げ論議を避けて通れない。
問題の核心に到達するために、まずは、現状がどのような積み立て・運用状況か、その輪郭からみてみよう。
年金の積立金は約147兆円(2001年度末、うち厚生年金が約137兆円)。通常、歳入(保険料収入や旧大蔵省からの預託金利収入、一般会計からの受け入れなど)が歳出(保険給付費、基礎年金支払いのための国民年金特別会計への繰入れなど)を上回って余剰金が発生するので、これを毎年、年金積立金として積み立てる。
この積立金を運用する実行部隊が、特殊法人の年金資金運用基金(旧年金福祉事業団)だ。この運用の仕組みは、2001年4月から旧大蔵省資金運用部への預託義務の廃止に伴い変化した。2003年度末でみた資金の流れによれば、厚生保険と国民年金の二特別会計から厚労相が約17兆円に上る積立金を年金資金運用基金に寄託する。これを受け、同基金は一部を自ら国債などの購入に充てる自家運用のほか、計23兆円相当の資金を民間金融機関に委託し、債券や株式の売買に向け自主運用させている。この自主運用でハイリスク・ハイリターン型に近づいたのである。
自主運用に伴う累積損失は、2002年度末で5兆円超に達する見込みだ。この資金運用体制の責任問題については、次号でふれる。
年金で公務員宿舎を整備
しかし、年金積立金はこうした資金運用とは別の目的にも使われる。返済の必要がない「出資金」と「交付金」の名目で、年金積立金が取り崩されるのだ。2001年度決算でみると、年金資金運用基金に対し二つの年金特別会計から出資金74億円、交付金625億円、計699億円が支出されている。
この出資金のほぼ全額が、大失敗したグリーンピア事業の尻ぬぐいに使われている。ここ3年だけでも、グリーンピア関連に人件費を除いても毎年110億円台から120億円超が積立金から注ぎ込まれてきた。ところが、グリーンピア事業の巨額損失に対し、旧厚生省と厚生労働省の歴代トップはだれ一人として責任を取っていないのだ。
驚くべきは、「事務諸費」の中に社会保険事務所の庁舎や公務員宿舎の「施設整備費」が含まれていることだ。つまり、国民の年金積立金を使って自分たち用の庁舎や宿舎を建設・整備していたわけである。
保坂展人衆院議員(社民党)が国会で質問主意書を提出したのを受け、ことし1月、厚生労働省から答弁書が出された。それによると、年金官僚が庁舎と宿舎整備に使った年金積立金は98年度から2002年度までの間、厚生年金から117億8012万9000円、国民年金から8億9333万5000円、合わせて126億7346万4000円に上ったことが判明した。
保坂代議士の質問主意書提出がなければ、これらは単なる事務処理経費とみなされ、真相は隠され続けたことは間違いない。
年金加入者向け住宅資金融資事業の問題も依然大きい。97年度までは高めの固定金利で借りた財投資金を、市中の金利低下に合わせて低めに貸し出す差額の補給を一般会計から補給金として受け取り、やりくりしていた。これをいまでは、年金特別会計から受給し、「逆ざや分」の穴埋めに使っているわけだ。
2001年度決算では、この利子補給額は同基金への年金積立金による出資金・交付金支出計699億円の実に78%に相当する436億円に上った。年金加入者の住宅資金融資にサラリーマンなどから強制徴収した年金積立金を惜しげもなく使っているのである。国民の共通財産である年金をこういう「特別扱い」の形で一部の者に注ぎ込む年金政策の是非が問われよう。
グリーンピア事業の壊滅
グリーンピア事業に話を戻そう。
旧厚生省年金局と旧大蔵省理財局が、グリーンピア構想の具体化で合意したのは72年8月のことだ。その前月に首相に就任した田中角栄の著書『日本列島改造論』に背中をドンと押され、大急ぎで結論を出したのだ。が、その結果、グリーンピアは旧年金福祉事業団の手で全国13カ所につくられたものの、関東地方には一つも出来なかった。いずれも日本列島のへき地に散らばり、敷地面積が一基地当たり330ヘクタール(約100万坪)という経済性無視の巨大レゾートになる。
ちなみに、全国13カ所にあるグリーンピアは、北から、北海道・大沼、岩手県・田老、宮城県・岩沼、福島県・二本松、新潟県・津南、岐阜県・恵那、和歌山県・南紀、兵庫県・三木、広島県・安浦、高知県・土佐横浪、福岡県・八女、熊本県・南阿蘇、鹿児島県・指宿。
利用客の推移をみると、公益法人「年金保養協会」に委託した大沼、津南、三木、指宿の四基地のうち、好調なのは大沼だけ。残り3基地中、三木は改善傾向にあるが、指宿、津南は急落した。県委託の9基地も、都道府県所管の公益法人に運営を委託されているが、ことごとく振るわない。
こうした中で、97年6月にグリーンピア事業からの撤退が閣議決定される。さらに2001年12月には特殊法人等整理合理化計画の一環として、グリーンピアについては「2005年度までに廃止し、とくに自己収入で運営費さえも賄えない施設については、出来るだけ早期に廃止する」ことが閣議決定された。
これを受け、運営停止した不調グリーンピアは中央高原(岐阜県恵那)、指宿、二本松、岩沼、南紀など。南阿蘇も、この5月末で運営停止の予定だ。
横浪基地は2000年8月、一部(竜地区)を学校法人の明徳義塾に時価評価額の半額(4億8200万円)で売却している。運営停止した基地は売却を地元の地方自治体などと交渉しているが、いずれも話はまだまとまらない。
中央高原の場合、2000年4月に運営停止したうえで、2年後には維持管理コストを削減するため建物を解体撤去している。この維持管理コストは2001年度で固定資産税2100万円余を含め計3892万円。これに対し施設解体に1億8375万円の費用がかかった。グリーンピア側は施設を存続させた形での売却は困難とみたのである。
以上のように、グリーンピア事業はほとんどが壊滅状態となった。13基地の建設に土地取得が515億円、建物が1435億円、全部で1950億円費やしている。これらの巨額投資が自然環境を破壊した挙げ句、バブルのように吹っ飛んだのである。しかし、この官業の壮大な失敗に対しても、年金官僚たちはだれ一人、何一つ責任を負わない。
天下りOBの厚遇ぶり
こうしてみると、公的年金を運用する厚生労働省の年金官僚たちが、年金積立金を使って所管の特殊法人(年金資金運用基金)とその下請けの公益法人を動かし、官業を展開してきた構図が浮かび上がる。 傘下法人の経営陣は、むろん年金局OBの天下り組が固めている。
年金資金運用基金の場合、役員の定数は計四人で近藤純五郎理事長は保険局畑を歩んだ厚生労働事務次官OB。理事二人のうち一人が厚生省出身の元環境庁長官官房長。もう一人は興銀OBで資金運用の責任者だ。監事(非常勤)も、元九州地方医務局長と厚生省OB。
役員の月給および特別手当(賞与)はどんなか。いわゆる俸給月額とは別に、これに12%を掛けた「特別調整手当」も支給される仕組みになっている。そこで理事長の場合、月々の固定給はこの手当込みで123万8720円になる。理事の月給は100万9120円、非常勤の監事でも57万4560円貰える。
「特別手当」は業績とは関係なく理事長の場合、2002年度に617万374円受け取っている。
理事長の退職金はどんなか。予定通り2005年3月末まで2年3カ月の任期を勤め上げるとすると、規定により836万1360円貰える。だが、これら給与、手当、退職金のすべては税金、年金で賄われているのである。
長期不況にあえぐ民間企業からは、まるで壁で仕切られた別世界のようだ。無風状態の「官の聖域」なのである。
年金勘定は債務超過
年金資金運用基金が公表した、2001年度の行政コスト計算書。政府の出資金、交付金をコストとみなし、民間会計手法を適用したバランスシートをみてみる。すると、厚生年金勘定、国民年金勘定ともに、負債が資産を上回っていることがわかる。つまり、実質の年金勘定は債務超過状態にあるのだ。考えてみれば、資金運用の大損、グリーンピア事業の大損、住宅資金融資事業の大損 ― と、同基金の事業はことごとく失敗したのである。
デフレ経済のあおりを受けた影響は、むろん否定できない。だが、恐ろしいのは何より官業の壮大な失敗に対し、責任当局者としてのきっちりした説明と反省、納得のいくチェック体制の強化が、国民に伝えられていないことだ。そればかりか、過去の責任をごまかしたまま、年金官僚たちは次の延命策を考えるのに余念がないようなのである。
政府の特殊法人等整理合理化計画では、同基金の組織のあり方について「廃止を含めた検討」が閣議決定された。
にもかかわらず、年金局は、廃止する事業は既に閣議決定されたグリーンピアだけで、ほかの業務は新設する独立行政法人に引き継ぐ意向を広言してはばからない。旧年金福祉事業団に続いて死ぬはずの組織がまたも息を吹き返す、―まるでゾンビをみているようだ。
政治は、年金官僚の独断専行の責任を問い、年金積立金のムダ遣いを止めさせるところから、年金改革をスタートさせなければならない。