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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第37章 マイカル倒産が触発した第三次金融危機/金融行政が護送船団式に逆戻り
 大手スーパーのマイカルが9月14日、民事再生法の適用を申請したのを引き金に、金融不安の暗雲が再び垂れこめてきた。米国での同時多発テロの影響と連動した日経平均株価の1万円割れが、この底知れぬ不安を物語る。94年末の二信組破綻に始まり、コスモ、木津の二信組、兵庫銀行破綻、大和銀行ニューヨーク支店損失隠し事件、住専処理に続く95年前後を「第一次金融危機」、三洋証券、拓銀、山一証券、長銀、日債銀などの破綻が相次いだ97-98年を「第二次金融危機」とみなすなら、今回は「第三次金融危機」の始まり、と呼ぶべきものだ。

「要注意先」の大半が破綻懸念先以下

 なぜマイカル倒産の衝撃が、くすぶっていた金融不安に火をつけたのか。日本の大手行の抱える不良債権問題は、言われているよりもずっと深刻で、不良債権処理にメドがつくまで政府公約の2-3年以内どころか、あと10年かかる可能性も出てきたからだ(柳沢伯夫金融担当相は、この不吉なシナリオをことし8月の経済諮問会議に示している。「今後3年間は横バイ、7年後に半減」というものだが、のちに「処理が遅すぎる」との批判を受けて修正している)。
 マイカルのメーンバンクである第一勧銀は、マイカルの経営危機が伝えられ、信用格付け会社の格付けが急落しているにもかかわらず、破綻するまでその債権を「要注意先」に分類していたのである。本来なら当然「破綻懸念先」以下に分類していなければならない。「要注意先」とは、問題はあるが今後の管理に注意を要する債務者にすぎない。
 第一勧銀の自己査定基準の内部資料によれば、「要注意先」を分別するポイントとして次のように記されてある。「事業の継続性については、当面懸念がないであろうと客観的に想定される先」。

 さらに最上段の特記事項には、次のようにある。「事業継続の可能性を分別し、もはや事業継続の見込みがない(あるいは事業を継続していない)破綻懸念先以下となるのか、事業の継続には当面懸念がない要注意先以上となるのかを、実態判断することが最重要ポイントとなる」。
 つまり、マイカルは実態判断した結果、「事業の継続には当面懸念がない」として「要注意先」に入れたことになる。
 しかも、「要注意先」になったのは、ようやくことし3月からである。それ以前は、経営悪化傾向をたどっていたのに、なんと「正常先」だったのだ。
 日本を代表する大手行の一つ、第一勧銀がこんなでたらめな不良債権区分では、銀行の不良債権の自己査定全体が怪しい、「要注意先」のおそらく大半が実は「破綻懸念先」以下の焦げつき債権ではないか、という疑いが燎原の火のように市場に広がったのも不思議でない。であれば、検査に当たる金融庁も考査を担う日銀の金融監督当局も信頼に値しない、となる。
 マイカル倒産に始まる第三次金融危機は、先行した二つの危機にない性質のものだ。大手行が4グループに再編され、整理回収機構(RCC)も機能強化されるから、主要行の倒産はまずあり得ない。銀行がバタバタと倒れた前回と違って今回の危機の特色は、「銀行と金融行政全般へのぬぐいがたい不信」だ。「不良債権問題は解決しないし、景気もよくならない」という絶望に似たエートスの危機だ。

 マイカル倒産後の批判を受け、金融庁は「問題30社」など、市場が信用しない「要注意先」分類の特定企業に融資する大手行の特別検査に入る。結果、過剰債務を抱えて立ちすくむ大手企業の財務実態が明かされ、「破綻懸念先」以下に評価を下げられた大企業の突然死が相次ぐだろう。そうなれば、中小企業の連鎖倒産と失業者のさらなる増加という「痛み」が襲う。今回の金融危機はゼネコン、流通、不動産といった不良債権の過半を占める問題業種を中心に借り手保護が外され、既存産業全体を巻き込む危機に発展しそうだ。―こういう不安な認識がマイカル破綻以後、急速に、確実に、一般のレベルに広がってきたのである。

マイカル破綻の衝撃

 なぜマイカルのような不振企業が「要注意先」でいられたのか。これは延いては、なぜ過去の不良債権処理が失敗したのか、という問いと重なり合う。
 答えの一つは、前回99年3月の大手15行向け公的資金約7兆5000億円の注入後、らつ腕を振るった柳沢金融再生委員長(当時)と金融監督庁(現在は金融庁)が保守化して、旧大蔵省の護送船団式保護行政に後退したことだ。柳沢金融担当相は依然、IMFが必要性に言及した公的資金の再投入を拒否している。理由は、前回の公的資金注入の責任者として失敗を認めたくないのと、再注入となれば経営者の辞任を含む銀行の経営責任追及が避けられないためであろう。なにしろ99年1月当時、金融再生委員会は運営の基本方針の中で、大手行については(公的資金を投入する)99年3月において不良債権問題の処理を基本的に終了することを目指す、と大見得を切っているのである。
 だが、その後も不良債権処理は進まず、ペイオフ解禁を当初予定の2001年4月から1年延長したのは周知の通りだ。金融庁は大手行を4つのグループに統合・合併したら、あとは一行とも潰さずに護送していく、という旧来型手法に舞い戻ったようだ。

 最近では、9月のあさひ銀行の大和銀行グループへの参加合意が、新護送船団行政を象徴するといわれる。あさひは当初、三和、東海(のちに東洋信託が合流)と持株会社をつくって統合する計画を進めていたが離脱、次に大和銀行に接近してうまくいかず、窮余の策で横浜銀行など有力地銀とも接触したが断られて孤立化し、「風前の灯」かとみられた。大和銀行筋によると、瀬戸際で金融庁が割って入り、両行を説得して大和グループにくっつけたのである。
 この監督官庁の護送船団行政への逆戻りが、足元を見た大手行の「甘え」と不良債権処理の遅れを生んだことは疑いない。だが、この金融行政の姿勢後退であまりにもいびつな銀行の不良債権の自己査定が見逃された。「要注意先」のマイカルは、市場の攻撃にさらされて「突然死」を迎えたのである。

不良債権基準のどこがおかしいか

 もう一度、第一勧銀の不良債権の自己査定表に戻ろう。判断基準となる横軸に「期間損益の状況」「バランスシートの状況」と並んで「親会社他の支援状況」「金融機関の支援状況」の項目がある。期間の損益計算書とバランスシートで経営実態をつかむのは、むろん財務分析の基本作業である。
 問題は、「金融機関の支援状況」にある。「相応の支援姿勢」があれば「要注意先」に分類される。マイカルの場合、第一勧銀はメーンバンクとして「相応の支援体制」をとっていた。潰さない方針の全面支援だったから、もとより「破綻懸念」はあり得ない。分類は当然、「事業の継続には当面懸念がない」として「要注意先」となる。そしてマイカルに再建計画をつくらせる一方、他行にも融資継続の協力を要請している。
 このように「金融機関の支援状況」があれば、実質債務超過先の大企業でも軒並み「破綻懸念先」以下の分類を免れていないか。

 子会社、孫会社の債務保証、債務保証予約を行ったゼネコンが実質債務超過に陥ったとしても、メーンバンクが全面支援方針をとっている限り、その債権は「要注意先」に入れられている可能性が高い。銀行の「支援するか否か」の裁量ひとつで、この分類は変わるのである。マーケットが「経営が左前」と判断して株価が急落しても、銀行の評価のほうはこの項目を根拠に、変わらない。不良債権に入らない「要注意先」に区分したまま貸倒引当金を積み増していないマイカルようなケースがあるわけだ。
 ならば、この「金融機関の支援状況」という基準は経営実態とかけ離れる可能性があるので、金融当局はこれを自己査定基準から外させるべきではないか。不良債権基準はあくまで経営の客観的な数量データを基礎にすべきで、銀行側の裁量で決まる「金融機関の支援状況」は別の他律要因として別途、考慮すべきなのである。

減損会計の登場

 マイカルの例が示したように、大手行の「要注意先」債権は、そもそも分類基準からしておかしいだけに、信用できない。預金取扱金融機関の「要注意先」債権は109兆円超。厳密に分類すれば、このうち推定七割が「破綻懸念先」以下に入るのでないか、ともいわれる。仮に事実なら、大手の問題企業と中小企業の大半が、この範ちゅうに入ってしまう。事実上“中小企業総倒れ”の不良債権分布図になる、との金融当局者の指摘もある。これで試算すると、実質不良債権総額は「破綻懸念先」以下の32兆円に、「要注意先」債権に分類されている不良債権70兆円相当が加算され、実に100兆円規模となる。
 そうなると、いまの役立たずの不良債権基準の手直しなどやめ、この際、会計そのものを「真実」のほうに手繰り寄せる努力をすべきだ、との現実論も出てくる。保有株式などの減損処理がそれだ。

 三菱東京ファイナンシャル・グループは9月、9月中間決算でことし5月の1500億円の黒字予想を覆し、700億円の最終赤字に転落する、と発表したが、これは保有株式の評価損を4170億円も計上したためだ。
 同行は、2001年3月末に時価ベースで6兆5000億円の株式を保有していた。米国の同時多発テロで株安が進んだため、減損処理を適用。「正常先」は50%以上下落した全銘柄、「要注意先」は30%以上下落した全銘柄、「破綻懸念先」以下は簿価割れ分をすべて処理する。
 資産デフレが進む状況下で、固定資産や保有株の評価損を計上する減損会計を実施すれば、財務実態がより正確に反映されるのはたしか。三菱東京グループが他行に先立って思い切ってこれを適用したことで、金融界に衝撃が走った。
 続いて10月中旬、大和銀行も9月中間決算で保有株の含み損の大半に当たる3100億円を一気に減損処理する方針を発表、市場から好感された。
 ゼネコン業界同様、金融界でも三菱東京グループのように比較的体力のある大手行は連結ベースで減損処理を前倒しで進める一方、経営不振行は処理が遅れていくことは必至。今後はこの減損会計の導入度が、不良債権処理への取り組みの真剣さを映し出すことになろう。


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