■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第245章 トランプ政権の行方(上)/高関税で世界を直撃

(2025年4月26日)

予期せぬ一撃で大混乱

タリフマン(関税男)と自称したトランプ米大統領は4月2日、全世界を対象に「相互関税」を適用し、日本に対し24%の高関税を課すと発表した。直後、世界の市場は株価暴落をはじめ大混乱に陥った。予測不能と言われるトランプ政策は、一体どこに行き着き、世界に何をもたらすのか。それを解くカギは、トランプの危うい情念と固定観念(思い込み)にある。読み解くと、その行き先に、大混乱して殺伐とした世界の風景が浮かび上がる―。

トランプ政権の凄みは「非伝統的な政策の連発」とその実行スピードだ。当初は過去のしがらみにとらわれない斬新で頼もしい印象を与えもした。が、ここにきて二つの面で批判が高まる。
一つは政策の非常識性と極端性だ。過去にとらわれない大胆さは歴史的経験から何も学ばず、歴史を無視するからに他ならない、との指摘がある。トランプ関税では、米国が1930年6月に導入した関税法が世界の貿易を縮小させ、世界恐慌を深めた歴史的教訓が無視された。
一連のトランプ・ショックは、中国の毛沢東が1960年代に率いた文化大革命に似ている、とも言われる。支持母体の右派勢力に「MAGA(Make America Great Againの略)Maoism広がる」と米紙ワシントン・ポストは報じた。

二つ目の批判は、相互関税を機に一挙に高まった大統領の「情念の不安定さ」だ。これが金融市場に米国の先行き不安の火をつけ、世界のドル売りを加速させた。コロコロ変わるトランプ政策に市場は戸惑い、身構える。米テレビメディアでは、ついにトランプ大統領を「insane(発狂)」呼ばわりするコメンテーターも現れた。
連日発出する大統領令をイーロン・マスクが率いるDOGE(政府効率化省)が強引に執行する。連邦政府職員の大量解雇、不法移民の強制送還、世界最大の人道支援機関USAID(米国際開発庁)の解体、世界最大の医療研究助成機関NIH(米国立衛生研究所)や名門大学の研究予算削減、気候変動や多様性政策(DEI)絡みの研究費、職員のカット、対外的にはWHO(世界保健機関)、国連の気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からの脱退―など次々に矢を放った。

ディール哲学で損得勘定

まさに、異常なまでに破壊的施策のラッシュである。ここで注目しなければならないのは、新政策を打ち出す確たる根拠とか証拠をトランプ大統領は一切示さないことだ。マスクもまた政府職員の大量解雇や機関閉鎖の理由を明確に説明しない。USAID閉鎖について「極左の過激派に牛耳られていた」と言ったように、一方的な思い込みで政府組織の解体を決めた疑いが濃厚だ。
この「根拠不明もしくは不十分」で重大政策を、衝動的に決めているのがトランプ政権だ。政権が狙うのは既得権益層から成る「ディープステート」の破壊とされ、その中枢の官僚組織がターゲットとなる。側近筋によると、ターゲットは「丸3つ(〇〇〇)」の名前で呼ばれるという。CIA、FBI、FRBなど。DOGEは3つの目標「規制撤廃」「行政縮小」「コスト削減」を掲げ、突進する。政策の法的根拠としたのは、議会に諮る必要のない大統領令だ(米裁判所の多くは訴訟を受けて一時差し止め命令)。

では、なぜ政権はそこまで勝手にやるのか、どういうつもりなのか。ふつうの一般市民なら、誰もがそう疑問に思うことだろう。それは、トランプが骨の髄まで「ディール(取引)の男」だからだ。不動産業で億万長者となり、アメリカ大統領の座を再び勝ち取ったのは、ひとえにディールに長けていたからだ。体得した自身の“ディール哲学”を信じ込むのも当然と見える。長引くウクライナ戦争も(手っ取り早くウクライナに敗けを悟らせ、プーチンとのディールで終わらせる)と考えても不思議でない。
ディールとは、損得勘定の判断であり、計算が働くばかりだ。「民主主義」とか「人権」とか「自由」の価値は、はじき出される。これまでの歴史や経緯も一気に省かれ、現実の損得関係だけがクローズアップされる危険が高まる。ディール頭脳は、このような言動の軌跡を描く、と考えられる。

米ソ冷戦時代の世界像

米国を取り巻く世界はどう見えているのか。トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を唱え、米国に製造業の栄光を取り戻すと共にAI革命を主導して「世界1の黄金時代」を築き上げる野心を誇示する。
その目に映る世界像とは、おそらく米ソ冷戦時代の映像と思われる。米国とソ連が超大国として対立しつつそれぞれの支配圏を世界で分け合った時代だ。ウクライナは当時、ソ連の一部であり、独立していなかった。その残像からウクライナ戦争を終結させるには「ウクライナを外して大国外交により早期決着」のシナリオが頭にこびり付いているようだ。大国外交とは、当事者の弱き者を除いた支配的強者によるトップ外交を意味する。

関税政策も、冷戦時代の米経済の残像が作り出した幻想に見える。米紙ニューヨーク・タイムズによると、戦後1970年代まで続いた米製造業の最盛期は、全米雇用の4分の1を生み出し、世界の自動車、航空、鉄鋼産業をリードした。全米で2000万人ほどが製造業で生計を営んだ。それが昨年末時点で全雇用の約8%にまで縮小した。
この製造業の衰退から「ラストベルト(錆びた地帯)」と呼ばれる工業州を中心にここ10年来、保護貿易要求が強まる。この動きに乗り、再建を誓ったトランプ陣営が、大統領選で接戦州全てを制し、勝利した経緯がある。他方、この10年間、米国は興隆した AIデジタル資本主義で大成功し、圧倒的に世界1の富裕国となった(異常な経済格差も同時発生)。

自由貿易体制を自己破壊

トランプ大統領は、この歴史認識を欠き、1970年代頃の時代感覚のままなのだ。ディールの習性と時代錯誤とがあいまって、米国が戦後先導して世界に築き、自らもその果実を最も得た自由貿易体制を一気に覆した。ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマンは相互関税を「狂気の沙汰」と評したが、4月5日全米各地で起こった数十万人に上る抗議デモは、反トランプ市民運動の急激な広がりを物語る。
もう一つ、トランプ心理の特徴に「被害感情」がある。ディールはそもそも損得問題だから、価値判断を要する「理念」は問題外。「損得の尺度で敵も味方も見る」となる。これに「被害感情」が加わり、味方のはずの日本を含む西側同盟国にも敵対の目を向ける。「同盟国はいつか同盟国でなくなるかもしれない」、相互関税発表時は「我々は(貿易で)搾取されてきた」とも語った。
その被害感情とは「米国は不当に利用され、富を奪われた」という一方的なものだ。高関税は、この「被害者意識」の産物である。米国の鎖国化と世界貿易の退潮が始まった。
トランプ政権の行き先に潜んでいるのは、大恐慌と戦争かもしれない。