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■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第244章 トランプ・マスク政権の「次の一手」/イーロン・マスクの底知れぬ野望(下)
(2025年3月26日)
大統領令で電撃戦
大統領令を連発して止まらないトランプ政権の行く手に、暗雲が垂れ込めてきた。政府職員の大量解雇、USAID(米国際開発庁)の閉鎖、政府の機密データへのアクセスなどへの批判が、政権内部からも実行部隊DOGE(政府効率化省)を率いるイーロン・マスクに向かう。3月6日に開かれた臨時閣僚会議では、頭越しに発表するマスクを巡り、ルビオ国務長官とマスクが非難を応酬した。
マスクは閣僚とは違い議会の承認不要の「特別政府職員」だが、各省庁の歳出や人員削減を任され、政府の大リストラを進める。
政権は、ヒトラーの電撃戦を指す「ブリッツクリーク」(Blitz Krieg)という言葉を使うほど、電撃的スピードで決めていく。スピードの秘訣は、議会の承認が不要な大統領令の連発にある。
政権の方向性は「開かれた多様な民主主義社会」とは逆だ。矢継ぎ早の大統領令に対し、公務員の解雇や政府資金凍結を迫られ、急きょ裁判所に「差し止め」を求めるような訴訟が相次ぐ。トランプ政権1期目の街頭デモに代わって法廷が戦いの「最前線」に。争点は、大統領令がアメリカ合衆国憲法に違反しているか否かだ。合衆国憲法は行政(大統領と内閣)、立法(連邦議会)、司法(裁判所)の三権分立を統治の仕組みとする。独立を守るため、大統領は裁判官を解雇できない。
米紙ニューヨーク・タイムズによると、「憲法危機(Constitutional Crisis)」と呼ばれる状況が生じている。大統領令は政府職員の解雇、対外人道支援を担うUSAIDの閉鎖、多様性ポリシーの廃止、不法移民の強制送還、難民受け入れ拒否、米国で生まれた人に自動的に市民権を与える出生地主義の制限などに及ぶ。原告はこれらを「違憲」と訴える。反政権訴訟は、全米で100件を超えた。
政府職員の解雇は、マスクが標的とみなした職場で多発する。3月、マスクがリストラを考えた内国歳入庁(IRS)で無料の納税申告サイトを構築した「18F」と呼ばれるデジタルチーム約90人が解職された。マスクは「18Fは左に寄りすぎた政府のコンピュータシステム」と主張する。18Fチームは、連邦政府機関のデジタルサービス改善に向け2014年、オバマ政権下で発足した。マスクは「不可欠ではない」と断定して、解体した。
全米規模の差し止め請求訴訟に対し、ワシントン州やマサチューセッツ州など民主党支持者の多い「ブルーステート」の連邦地裁で、一時差し止め命令が続出する。これに対しバンス副大統領が「裁判所は大統領令を否定できない」と発言、法廷闘争が白熱化した。
国際人道支援停止の衝撃
世界最大の対外人道支援機関USAIDの閉鎖は、内外に影響を広げた。人員は大幅に削減して国務省に吸収される。ジョン・F・ケネディの大統領令で1961年に設立され、100カ国以上で活動した。米国の国際援助は2023年に680億ドル(約10兆円)。その6割以上がUSAIDを通じて人道支援に向かった。
例えばウクライナ支援では、資金は救急隊の防護服やヘルメットなど装備に使われる。貧困国のエボラ、マラリア、結核などの医療対策も担う。USAIDがなくなれば「予防できたはずの死亡者が世界で増える」とUSAID高官は訴えた。この高官は自らの訴えを7ページの文書にして同僚らにメール発信した後、30分も経たないうちにマスクから「即刻、休暇を取るよう」通告、クビになった。
USAIDの閉鎖で約1万人の職員の大部分は休職扱いにされ、資金凍結による支援プログラム停止で海外現地の契約職員や請負業者に大打撃を与えた。途上国で働くローカル職員もただちに解雇され、駐在していた米国職員は帰国を命じられた。
注目される中、米最高裁は3月5日、USAID訴訟でトランプ政権側の主張を退けた。米国の対外援助の資金支払い凍結を巡り完了済み支援の資金20億ドル(約3000億円)を速やかに請負業者に支払うよう求めた下級裁の命令を支持した。保守系判事の2人が支持側に回り、5対4で政権側敗訴が決まった。政権に対するチェック機能を見せつけた。
連邦政府のDEI(多様性、公平性、包括性プログラム)を廃止した大統領令の影響も大きい。BLM(黒人の命は大切だ)運動を経てバイデン政権下で導入が進んだ米企業や教育機関のDEIプログラム。日欧など世界の民主主義国にも導入を促した。が、米大統領選挙直後にトランプ政権支持に転じたメタを先頭に、アップルを除く米巨大テック企業や金融大手が軒並み廃止を決めた。自由民主主義を彩るはずの多様性ポリシーが一挙に「逆差別」とみなされ、元に戻された。
米国の誇る科学にも大ナタ
大統領就任後1カ月余で、文化戦争と共に現れてきたのが、科学戦争だ。マスクの大ナタは、米国が世界に誇る科学の研究・リサーチ分野にも振られた。米誌サイエンス・ニュースによると、医療研究助成金の世界最大の供給源であるNIH(米国立衛生研究所)。全体の研究費予算350億ドル(2024年分、約5兆2500億円)のうち数10億ドルが削減され、NIHから大学、研究所、がんセンターや感染症を扱う医療機関に予算減が通告された。
NIHの研究費カットで、全米で1万7000人が直接、仕事を失い、労働所得減は46億ドル(約6900億円)に上る、との推計もある。ジョンズ・ホプキンズ・メディカルスクールは、予算カットで年間2億ドル(約300億円)が失われると推定する。ペンシルベニア大も予算削減の圧力を受け、ただちに大学院入学者数の縮小を決めた。
学生の危機感も深まる。カリフォルニア大学では2月、バークレー校などで計1500人以上の学生が抗議デモに加わった。「マスク追放」のプラカードが目立った。
米政権による気候変動、DEI関連の予算・人員カットと共に、デジタルデータの消去も進む。科学者たちが、研究予算削減の阻止、データの保存・公開に向け全米で動きだした。科学の基礎研究の重要性を理解させるため、連邦議会へのロビー活動にも力を入れる。「DOGEは世界が羨む米国の科学インフラを破壊する」。ある科学者は共有する危機感を米メディアにこう語った。
マスクに対する反感は米市民の抗議デモやテスラ不買運動、テスラ販売店への不法な破壊の形で広がる。テスラの株主にマスクの不信任案を出させる動きも表面化した。抗議は欧州にも飛び火し、マスクの政治介入を非難するデモがロンドンなどで燃え上がった。3月、Xへの大規模サイバー攻撃も起こった。
トランプ・マスク政権への信頼が内外で大きく揺らいできた。