■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第242章 トランプ・マスク政権の「次の一手」/イーロン・マスクの底知れぬ野望(中)

(2025年2月26日)

2つの分かれ道

1月に発足したトランプ政権は、早々にカナダ・メキシコ・中国に高関税を課し、中国の報復関税を招いた。懸念された日米首脳会談は上首尾に終わったが、先行きは予断を許さない。トランプ大統領の気質の衝動性・発作性からみて、任期の4年間、決定の大揺れと世界への激震は収まりそうにない。2億人以上のフォロワーを持つソーシャルメディアのXを所有するイーロン・マスクが、政権盛衰のカギを握る。
マスクが政権のキーパーソンとなってきた理由は、トランプ大統領が掲げる「アメリカの黄金時代の到来」に向けたAI革命と、規制撤廃・官僚の大量整理を図るDOGE(政府効率化省)を率いるためだ。マスクは財務省の決済処理システムへのアクセスが認められ、納税者の個人情報を含む政府支出の機密情報を把握できるようになった。官僚の削減は歳出カットと共に「ディープステート」壊滅策の一環、とされる。

「2つの分かれ道(Fork in the Road)」と題するメッセージが1月28日夕、政府職員の多くに一斉にメール送信された。文面にはこうあった―「職場変化の一連の全面的施策を受け入れるか、さもなければ退職を(Accept a sweeping set of workplace changes or resign)」。この通知を読んだ職員が自発的に退職すれば、公務員の大幅削減を狙うマスクの思うツボとなる。
米ニューヨーク・タイムズ紙によれば、この文面は、マスクが2022年にツィッターを買収した際、従業員数千人に送ったメールと同じ内容だったという。マスクはツィッターから職場弱体化の仕方を学び、同じ脚本を政府にも使おうとしている、と報じた。 ツィッターでは従業員の約8割が直後にクビになった。

トランプはマスクを「米国史上、最も偉大なキャピタリスト」、「最も偉大なカッター」と絶賛した。マスクは2月、外国援助を担う世界最大の対外援助機関、米国際開発庁(USAID)を閉鎖する、と表明した。大幅に人員削減して国務省に吸収されるという。USAIDはジョン・F・ケネディが大統領だった1961年に設立。世界各地の人道支援事業を担当してきたが、トランプは「過激な左翼の精神異常者が運営していた」とし、「彼らを追放する」と語っていた。トランプは、USAIDは数千万のコンドームをハマスに送った、と言うが、その証拠は示していない。
マスクはUSAIDを「虫のいっぱい付いた腐ったリンゴ」と評した。途上国の貧民や難民に送った米国発援助金が、中途で横取りされてしまうことを指しているようだ。一方、元USAID職員は「世界で最も貧しい人々を最も富裕な国が助けるのをやめるべきだと決めたのは、世界最大の富豪だ」とCNNに語った。マスクの行動の特徴は、議会承認が要らない大統領令を根拠に“予告なし”で“突然Xに発表”される。

AI革命の野望剥き出し

マスクの最大の野望は、AI革命の先導者となることだ。トランプ大統領が就任直後に発表した、孫正義率いるソフトバンクグループ(SBG)、米オープンAI、米オラクル3社の共同出資会社「スターゲート」による4年間で5000億ドル(約78兆円)にも上るAIインフラ投資計画。マスクはこれに「資金が足りない」とかみついた。“マスク抜きのアルトマン参画”が気に入らなかったようだ。
マスクは24年、自身が創業に加わったNPO傘下のオープンAIの営利企業への転換に反対してチャットGPTを開発した創業者サム・アルトマンとオープンAIをカリフォルニア州連邦地裁に提訴し、係争中だ。AIの主導権を巡りマスクはアルトマンへの対抗心を剥き出しにし、2月、オープンAIに対し974億ドル(約15兆円)で買収を提案した。

政権にとって、GAFAなど米巨大テックが一斉に擦り寄り、支持表明と献金を始めたのも、AI革命への強い追い風となる。民主党寄りだったシリコンバレーの突然の変わり身は、民主党支持者らを驚かせた。
1月20日の大統領就任式。メタのザッカーバーグ、アマゾンのベゾス、アップルのクック、グーグルのピチャイらGAFA創業者や現トップが揃って参列した。
GAFAの先頭を切って身を翻したザッカーバーグは、大統領選挙でトランプ勝利が決まると、ただちにSNSの「ファクトチェック」機能の廃止を発表した。バイデン政権下での情報の安全性の管理規制を取り止め、トランプ政権が求める「規制を外してAI技術革新」に舵を切った。同時に、BLM(Black Lives Matter=黒人の命は大切だ)事件を機に進めたDEI(多様性Diversity・公平性Equity・包括性Inclusion)施策の廃止も決めた。メタはDEIの理念を採用や社内研修に取り入れていたが撤回し、社内トイレからLGBTが使用する生理用品や化粧品を一掃した(後に従業員が抵抗して指示を無視、再びトイレに置く)。
メタの変身の影響は大きい。多様化ポリシーを「逆差別」とする反DEIが、連邦政府のDEIプログラムを廃止した大統領令にも後押しされ、企業や教育現場で勢いを増してきた。

欧州に介入、中ロに沈黙

マスクの影響力は米国内に留まらない。欧州の民主主義政治をも揺るがす。2月23日に実施されるドイツの総選挙。
マスクは1月、極右とされる「ドイツのための選択肢(AfD)」の集会に突然ビデオ参加し、熱い支持を表明、「AfDはドイツを救済できる」と訴えた。ドイツのショルツ首相は米CNNに「マスクはヨーロッパ中で右派を支持して介入している。むかつく」と怒りをぶちまけた。この出演以前にマスクは、自らのXを使ってAfD支持を訴えていた。

しかし、その度を越した言動に反発が広がる。米国では政府職員の退職勧告や対外人道支援廃止に抗議する反マスクデモが発生。掲げられたプラカードには「マスクは国民の選挙で選ばれていない」というのもあった。マスクの決定や大統領令を米憲法に違反するとの違憲訴訟も、全米各地で相次ぐ。これを受け、連邦地裁による政策の一時差し止め命令も続出している。
EUではマスク率いるXへの規制の動きが高まる。ドイツでは国防軍がXの使用禁止に踏み切った。

だが、突出した影響を振るうマスクにも、重大とみられる弱点がある。中国とロシアに関してだ。マスクは口やかましく発言するが、中国については沈黙を守る。なぜか。 中国はマスクにとって、最大の収益源、EVテスラを製造・販売する主要市場だ。テスラは地域別売上げを公表していないが、最近、中国での売上げがこれまで1位だった米国を上回った、との情報もある。
マスクが親中国であることは周知の事実だ。中国にとってもマスクは、EV製造のノウハウを中国に示し、EVを中国に普及させて販売台数世界1にした大事な事業パートナーだ。 マスクを早くから知る李強首相は、2024年4月「テスラは中国と米国のコラボレーションの成功モデルだ」と絶賛している。
さらに76歳の白髪で洗練されたマスクの母メイ・マスク。モデル・栄養士として中国で大活躍し、女性の人気を呼んでイベントやトークショウに引っ張りダコだ。メイは「中国大好き」と語り、自著の「A Woman Makes A Plan」中国版がベストセラーに。彼女も、中国政府の外交カードに利用される可能性がある。
マスクは親ロシアとも見られている。プーチンや側近と会い、親密な関係を築いた、とされる。ロシア批判は聞こえてこない。

この強引に突進するマスクを、トランプ大統領が今後どう扱っていくかが、政権運営の隠された次の焦点となろう。
トランプの人事も不安定極まりない。トランプ1次政権では、側近の辞任・解任が相次いだ。忠臣とされた大統領首席戦略官のスティーブ・バノンは1年も持たずに17年に辞任、国家安全保障担当大統領補佐官のジョン・ボルトンは19年に解任された。マスクは果たして長持ちするか―。

超人モデルから影響

だが、マスクは孤立感を深めることはないだろう。時代の流れの波頭に乗っているからだ。その思想はアメリカニズムの源流に根差し、多くの国民に共有され、支持される。トランプ政権を貫く共通の保守思想の中心部にいる、と言えるかもしれない。
若きマスクは、「保守の女神」と呼ばれたロシア系女性作家アイン・ランドの政治思想小説を愛読したとされる。代表作は1940~50年代に出版された『肩をすくめるアトラス』、『水源』。小説で人間の知恵と力、欲望の自己駆動力、自己超越心、利己主義の合理性、利他主義の偽善性、市場の自由主義が描かれた。元FRB議長のアラン・グリーンスパンが愛読したことでも知られる。
小説が描く一種の超人主義と自由放任資本主義リバタリアンのモデルから、マスクが大きな影響を受けたことは明らかだ。宇宙からクルマ、個人の脳に至る偉大な技術革新に、AIの進化が欠かせない。急速進行中のAI革命を自ら主導したいマスク。その超人的欲望が、マスクを不断の過激行動に駆り立てるのではないか。

米大統領選では、「オルト・ライト(Alt.-Right)」のネット活動が目を引いた。オルトとはAlternative(代替する)の略。伝統的な保守主義を「代替する」という意味だ。
イデオロギーは公表されていないが、運動はトランプを支持し、反主流政治、白人至上主義、反フェミニズム主義、排外主義、反移民、レイシズム、反LGBTなどとの関連が指摘されている。
右派勢力が入り混じった運動だが、そこに貫かれているのが、米国の現状を憂う「集団的アイデンティテの危機感」だ。オルト・ライトのSNSを使った短信や動画がネット上に拡散し、トランプ支持の一大勢力にのし上がった。スティーブ・バノンもオルト・ライトの指導メンバーだ。
2020年の大統領選で暗躍した「Qアノン」も、その温床から派生した。オルト・ライトは今や、トランプ支持の主流となって影響力を増す。
トランプ2次政権の並外れた方向性が、マスクの台頭と共に急速に形を整え、世界を翻弄する。 (敬称略)