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沢栄の「白昼の死角」
第243章 矢継ぎ早の大統領令/「米国の価値」問う文化戦争

(2025年3月13日)

トランプ米大統領の打つ手が止まらない。議会の承認が要らない大統領令を就任1か月で100以上連発した。公約通りに不法移民送還、関税引き上げ、連邦政府改造に踏み切る一方、対外的にはグリーンランドの買収など領土拡張の要求をむき出しにした。トランプ第2次政権の衝撃度は、既に1期目をはるかに超え、世界を震撼させる。

舞台は法廷

ここに来て注目すべきは、大統領令による過激な施策に対し、起こってきた「アメリカの価値」を巡る“文化戦争”だ。「開かれた多様な民主主義社会」を否定する大統領令に対し、反対者のレジスタンスが強まり、法廷を中心に戦いが繰り広げられる。争点は、大統領令がアメリカ合衆国憲法に違反しているか否かだ。
合衆国憲法は行政(大統領と内閣)、立法(連邦議会)、司法(裁判所)の三権分立を統治の仕組みとする。司法の独立を守るため、大統領は裁判官を解雇できない。
矢継ぎ早の大統領令に、政府職員が突然、早期退職を迫られ解雇される事態に、急きょ、裁判所に「差し止め」を求めるような訴訟が急増している。

米紙ニューヨーク・タイムズによると、「憲法危機(Constitutional Crisis)」と呼ばれる状況だ。原告らは公務員の解雇、対外人道支援機関、米国際開発庁(USAID)の閉鎖、多様性ポリシーや難民受け入れの廃止、米国で生まれた人に自動的に市民権を与える出生地主義の制限などの大統領令が「違憲」と訴える。
米上院司法委員会の元委員長、パトリック・レーヒ議員(民主党)が「法の支配に対し大統領は敵対心を示している」と表明。ワシントン州やマサチューセッツ州など民主党支持者の多い「ブルーステート」の連邦地裁で違憲判定と一時差し止め命令が相次いだ。これに対しバンス副大統領が「裁判所は大統領令を否定できない」と発言、法廷闘争が一気に白熱化した。
1月の大統領就任から2週間で憲法絡みの行政訴訟が全米で早くも40件を超えた。2期目のトランプ政権は、前回に比べ街頭デモに代わって法廷が争いの「最前線」になった。

閉鎖の影響

世界最大の対外人道支援機関、USAIDの閉鎖は、内外に影響を広げた。大幅に人員を削減して国務省に吸収される。ジョン・F・ケネディ大統領の大統領令で1961年に設立され、100カ国以上で活動する。
米国の国際援助は2023年に680億ドル(約10兆円)。その半分以上がUSAIDを通じて支援に向かう。例えばウクライナ支援では、資金は救急隊の防護服やヘルメットなど装備に使われる。

閉鎖で約1万人の職員の大部分を休職扱いとし、資金凍結による支援事業停止で海外現地の契約職員や請負業者に大打撃を与えた。閉鎖を提案したイーロン・マスク氏は、USAIDを「虫のたかった腐ったリンゴ」と評し、トランプ氏は運営者を「過激な左翼の狂人たち」と呼んでいた。途上国で働くローカル職員もただちに解雇され、駐在していた米国職員は帰国を命じられた。
米国務省は対外支援契約の9割超を打ち切る方針だ。元USAID職員は「世界で最も貧しい人々を最も富裕な国が助けるのをやめるべきだと決めたのは、世界最大の富豪だ」と米CNNに語った。

連邦政府のDEI(多様性、公平性、包括性)プログラムを廃止した大統領令の影響も大きい。BLM(黒人の命は大切だ)運動を経て導入が進んだ米企業のDEIプログラム。米大統領選挙直後にSNSの「ファクトチェック」の取りやめを発表してトランプ政権にすり寄ったメタ(旧フェイスブック)に続いて、アップルを除く米巨大テック企業や大手銀行が相次いで廃止を決めた。自由民主主義を彩るはずの多様性ポリシーが一挙に「逆差別」とみなされ、後ろに戻された。

研究費カット

トランプ大統領令の大ナタは、世界に誇る米国最大の強みである科学の研究・リサーチ分野にも振り落された。米誌サイエンス・ニュースによると、米ジョンズ・ホプキンズ大で25年のキャリアを持つ神経学研究者は「これであっさり終わり(This is simply the end)」という同僚からの5語のメールで、NIH(米国立保健協会)の研究費カットを知った。子どもの知的障害の治療薬を開発中で、研究資金はNIH予算で賄ってきたが、臨床実験の第1段階の始まりを前に「万事休す」となった。
NIHは医療研究資金の世界最大の供給源。同大学は予算のカットで年間2億ドルが失われると推定する。
法廷を主な舞台に、「アメリカの価値」を問う文化戦争が全米で広がりを見せてきた。