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第216章 金融トラブル多発 / 融資の死角 違約金は明示されたか
(2022年12月26日)
超低金利下で多発した中小企業の金融トラブルを巡る注目の訴訟が、最終局面を迎えた。川崎市に本社を置く中小企業Y社(仮称)が取引先の芝信用金庫に対し起こした損害賠償請求訴訟について、控訴審の東京高裁が一審に続き請求を退けたため、最高裁に上告した。
増える金融トラブル 4割が預金・融資関連
貸付契約に際しリスクの説明がなかったというのが訴えの柱。全国で多発した中小企業の金融トラブル中、金融庁が把握する金融サービス利用者の相談受付件数で最多を占める「預金・融資等に関するもの」に相当する象徴的ケースだ。
金融庁によると、2022年第2四半期(4〜6月)の相談窓口に寄せられた相談受付件数は前期1〜3月を上回る計1万1197件。うち分野別で最多は預金・融資関連で、4割近い4343件に上った。
Y社の訴えによると、取引先の芝信用金庫の年3.5%の高金利長期貸付5億7000万円超を2019年に一括繰り上げ返済し、城南信用金庫からオファーのあった年利2.5%貸付に借り換えたところ、1124万円の違約金支払いを余儀なくされた。 ところが芝信用金庫は貸付契約時に何一つ違反金に関して説明せず、リスク説明の確認書も得ていない経緯から、借り換えの自由を侵害した違法取引に相当するとし、芝信金に違約金・損害金1250万円相当の賠償を請求した。
Y社は、違約金の説明がなかったことに加え、独占禁止法で禁じる「優越的地位の濫用」による違法貸付で、民法に定める権利濫用の禁止や公序良俗に反し契約は無効、と主張してきた。
この金融トラブルの訴訟に至ったあらましは、既に本誌2019年12月号で報じた。筆者は裁判を1審、2審ともフォローしたが、原告側3人の証言を退け、違約金条項の説明責任を果たしたとする芝信金の主張を採用した両判決に唖然とした。 リスクの説明を巡り「やった」「やっていない」と証言が真っ二つに割れた場合、裁判所は金融機関側の主張だから、「より信用できる」とみなすのだろうか。
さらに、デリバティブ金融取引など増える金融リスクから預金者・消費者を保護するための金融行政の変遷、これに伴う民間金融機関の対応変化という「時代の流れ」を見逃したのも、大きな欠陥と映る。加えて、金融トラブルの一因を成した、弱者的立場にある中小企業に対する取引金融機関による「優越的地位の濫用」の問題にも目をつぶった。これは取引金融機関に対し中小企業が資金の貸し借りの力関係から負いやすい不利益となって現れる。
Y社の繰り上げ返済も、銀行預金金利がマイナス金利に急低下する中、芝信金の年3.5%の高金利が経営圧迫要因になったためだ。
融資リスクに説明義務
この訴訟問題を掘り下げるため、ここで中小企業の立ち位置をざっと描いておこう。日本の全企業中、数では99%超、雇用者の7割、売上高や付加価値で半分ほどを占める。全国に約359万社(2016年時点)が存在し、うち161万社が法人企業、198万社が個人事業者だ。
現存する大企業もソニーやホンダ、京セラなどを含め創立当初は、ほとんどが中小企業から始まった。その企業価値は、多種多彩だ。総じて景気など経済環境に左右されやすく、市場での成長と退出ケースが多いのが、中小企業の特徴。だが、安定需要を確保できなかったり、コロナ禍で売上げ激減に見舞われたりすると、資金力に欠けるため、たちまち資金繰りに窮する企業も少なくない。
中小企業の金融環境は、株式や社債市場で資金を自己調達できる大企業とは大きく異なる。日々の運転資金や能力を増強するための設備資金も、金融機関に依存しないわけにはいかない。そこで優良な法人企業でも、金融機関との取引を日頃から大事にし、スムーズな資金調達を図ろうと努める。
中小企業が資金で頼るのは、長い間取引する銀行、信用金庫、信用組合や政府系金融機関だ。 しかし、金融機関の貸出対応はまちまち。なかには融資リスクの情報開示を行わず、説明義務を果たさない問題ケースもある。 貸付の立場を背景に「優越的地位の濫用」も疑われる。今回の芝信金のケースがその好例だ。
最大の争点は、貸付契約にある違約金条項を被告が十分に説明していたか否か、だ。 原告側は、契約時に折衝に関与したY社社長、経理担当者ら3人が一括繰り上げ返済時に違約金の支払い通告を「寝耳に水」と受け止め、違約金条項の説明はなかったと主張。これに対し被告側は、口頭での説明と契約書の確認で説明を行ったと回答し、説明の有無が争われた。
リスク説明に確認必要
控訴審は、被告側主張を「不合理でない」とし、違約金条項の説明を金融機関から受けて「確認書」や、繰り上げ返済に際し違約金が適用されることに同意する旨の書面が必要だ、としたY社の主張を退けた。被告側の支店長と融資担当者2人の言い分を全面的に認め、同意確認書のような「書面を取り付けることが、通常であることを認めるに足りる的確な証拠はない」と断定した。加えて「仮に違約金条項について説明義務を負うとしても(金融機関側は)説明義務を履行している」と明言し、説明を全く聞いていなかったとするY社側の訴えを全面否定した。つまり、Y社で貸付契約に関わった4人全員が口頭の説明を聞き逃したか、ウソの訴えをした、と認定したわけだ。
ところが筆者が調査したところ、大手銀行は貸付先企業と契約する際に違約金条項を通常、明記し、その内容を具体的に示した書面を借り手側に確認させている。
三菱UFJ銀行は既にこの金融トラブル発生時以前の2015年頃から、特約書の形で「違約金(清算金)」を適用利率、期限前返済条項と並べて「期限前返済額」の計算式と共に示している(資料1)(クリックすると別ウィンドウでPDFが開きます)。そして、借り手側に文書への署名と押印を求めている。
筆者がこの問題で調査を始めた2019年当時も、中小企業向け金融の比重が高い、りそな銀行は「われわれは解約する場合は『こうなる』と計算式まで示して契約前に説明する。期限前解約について一定金額の支払いの必要性を明記してある申込書を渡し、十分に理解してもらう」と答えていた。 中小企業が主要な借り手である信用金庫では、なおさら丁寧な説明に加え、確認書や同意書が必要であるはずだ。
時代を映して変わる金融行政と金融機関の取り組みを見逃した裁判所のミスジャッジというほかない。