■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第214章 コメ、そして・・・ / 食料安全保障に備えよ(下)

(2022年10月26日)

日本人の“コメ離れ”が続く中、コメ復活の一手は「いとも簡単に」おいしいご飯を食べられるようになることだ。コロナ禍で続いたひきこもり生活。食事のたびに袋入り精米を取り出し、炊飯する手間が煩わしい。そこで前面に登場してきたのは「パックご飯」だ。高齢者や共稼ぎ世帯には、とりわけありがたい。

パックご飯が注目を浴びたのは、東日本大震災の2011年だ。避難所で生活を余儀なくされた避難民に欠かせない常備食となった。先発メーカーのサトウ食品などに続きアイリスオーヤマが新規参入した15年から、パックご飯市場は一段と伸び続ける(写真)。アイリスオーヤマは大震災が直撃した仙台市に本社を置き、震災復興に全力を傾ける決意を表明していた。そのアイリスと、「玄関開けたら2分でご飯」で生産規模年間6500万食の最大手、サトウ食品が、パックご飯の生産ライン増設計画を今年5月以降相次ぎ発表。コロナ下の家庭内需要増とウクライナ危機による小麦高騰の中、伸びる消費見通しに対応した。
パックご飯には玄米や雑穀米、発芽米もあり、消費者の高まる健康志向もとらえる。アイリスは好調な輸出用に増産分の2割相当を割り振る計画だ。
国内コメ消費がさえない中、パックご飯はコメ需要を盛り返していく旗手となる。

アイリスオーヤマのパックご飯


オランダと中国の戦略、最新技術から学ぶ

ここで、世界で最高水準の農業生産性と先端農業技術を誇るオランダに目を向けてみよう。オランダは九州並みの国土面積ながら、農産物輸出額は米国に次ぐ世界2位を占める。輸出額は年1000億ドルを超え、ブラジル、ドイツを上回る。農地に恵まれないのに、なぜ農業輸出大国なのか。
2つの要因が考えられる。1つは、官民共同で高収益作物に生産を絞った経営戦略性。もう1つが、ドローンなど最先端技術の盛んな活用だ。経営戦略と最新技術を見事に組み合わせた。伝統的に強いチューリップに加えトマト、パプリカ、キュウリ、ジャガイモなどが主要商品だ。
オランダの農地面積は日本の約4割だが、早くから農業の自動化を進め、AIも活用して競争力を向上させた。トマトの単位面積当たり収穫量は、日本の7〜8倍に上る、とされる。

もう1つの学ぶべきは中国のスマート農業。中国政府は世界最大の人口14億人を4億人の農民で養っていける食料の自給自足政策を打ち出し、小農家の生産性アップに躍起だ。その政策の軸に、スマート農業を据える。
ネット大手が相次ぎ参入する中、そのキーワードのトップ級が「データプラットフォーム」と「ドローン」だ。データを収集して養豚業や穀物生産を精密管理する。ドローンを飛ばして小麦や稲作に活用する。広大な農地が広がる黒龍江省。上空を数十機ものドローンが舞って田畑に種をまく。むろん日中の農業条件は土地所有など制度面でさまざまに異なるが、「データとドローンの活用」はスマート農業に向けた共通の課題と言えるだろう。

ロシアのウクライナ侵攻で、ドローンの重要性がひと際、注目された。その活用分野はむろん実用化が進む農業ばかりでなく漁業にも及ぶ。海の魚を取ろうと上空に群がる「鳥の山」を遠くから漁船がドローンで見つけ、近づいて大量捕獲する。岩手県滝沢市の炎(ほむら)重工のように、船舶ロボット「マリーンドローン」を使った無人遠隔操作の漁法も現れた。古澤洋将・同社社長は「制御技術をコアにした新技術で、食糧生産のデジタル化・工業化を進める」と抱負を語る。
この21世紀型ドローン手法の大がかりな活用が重要だ。

賞味期限を廃止して食品ロスを減らせ

農水省と環境省は6月、2020年度の食品ロス量が推計開始以来、最小の522万トンになったと発表した。それでも国連世界食糧計画(WFP)が世界各国で援助する420万トンより100万トン多いが、前年度より8%、48万トン減少させた。企業や家庭のロスカット努力が実った。
この食品ロスの徹底的な削減が、食料安全保障への道だ。食品ロスについては、国連が採択したSDGsの目標の1つで、「2030年までに2000年比半減」と盛り込まれている。

筆者が市場調査したところ、スーパーの食品売り場では消費者は例外なく食品の「価格」と「賞味期限」の表示を確かめてカゴに入れていた。賞味期限とは「鮮度が高いおいしい食べごろ期限」を指し、期限を過ぎても食べられるが、消費者の多くは賞味期限が切れると「食べるのはよくない」と勘違いして廃棄してしまう。
だが、賞味期限とは事業者が決めたメドに過ぎない。しかも、食品業界の「3分の1ルール」と呼ばれる商慣行も問題となる。賞味期限の全体を3等分して、賞味期限手前の製造から3分の2が経った時点で販売店の棚から撤去し、廃棄してしまう慣行である。
この廃棄ロスを未然に防ぐために、「賞味期限の表示」自体を廃止するのがよい。味が多少落ちても体に悪いわけではない。

英国の小売大手マークス&スペンサーは7月、300以上の果物・野菜の商品ラベルから賞味期限を削除すると発表した。これは取り扱う青果の85%に上り、リンゴ、トマト、ジャガイモ、ブロッコリーなどが含まれる。
一方、スーパーマーケットチェーンのモリソンズも、自社ブランド牛乳の90%で消費期限(その日を過ぎると安全でないことを示す日付(Use By))を廃止し、「食べごろ(Best Before)」表示に置き換えた。英国では牛乳の廃棄額は、飲食物中ジャガイモ、パンに次ぎ3位を占める。現地の気候変動対策団体の調べでは、英国の家庭で捨てられる食品のうち70%はまだ食べられるはずだったという。

最後に、食料安保に欠かせない大豆など植物に由来する「代替肉」や動物の細胞を増殖して作る「培養肉」に触れておこう。フードテックの最前線を行く次世代食用肉だ。代替肉はすでに大豆の“ハンバーガー”などとなって市販され、本物と変わらない味と価格で消費者に受けている。
東京大学と日清食品ホールディングスは3月、「食べられる培養ステーキ肉」を作製し、成功したと発表、実用化に向け大きく前進した。メタンガスをゲップで吐き出す牛を飼育するのと比べ、地球環境への負荷が低く、育てるための飼料や土地も必要としない。シンガポール政府は20年12月、米スタートアップが作った培養鶏肉の販売を世界で初めて認めた。市内レストランのチキンライスに使われている。培養肉はいよいよ世界的に増産のカウントダウンに入ってきたわけだ。
昆虫食などと共に、食料安保絡みで新しい次世代食への関心が盛り上がる。