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第204章 白昼の死角(連載1)/河野太郎氏の重大提案
(2021年10月25日)
真っ昼間で視界がよく晴れているのに、なぜかそれが見えない―。見えないのは、死角のせいだ。死角が対象物の認識を妨げているのである。だが、死角には物理的な死角と心理的な死角がある。あるものが見えないように何者かが情報操作している場合と、見る側の自分の方が、見たくないから見ようとしない情報拒否の場合だ。
地球温暖化は長い間、米国で人間活動が原因と公式にみなされず、つい1年前のトランプ政権まで温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から脱退してCO2をまき散らす米中南部のシェールオイルガス開発にばく進した。トランプ前大統領は、地球温暖化情報を「フェイク」と一蹴し、気候異変を単なる自然現象と信じ込んでいた。
新約聖書でイエスは「見て見ず、聞いて覚らない人がいる」と語ったが、確かに「見たくない、信じたくないものには目を塞ぐ」人々が大勢いることは事実だ。彼らは不都合な真実を見ようとせず、耳触りのいいフェイク情報を欲しがる。真実の多くは、たとえば行政が公文書を隠したり、改ざんするような物理的な「死角づくり」で国民の目から覆われる。他方、市民の側からの、見たくないからと目を閉ざす心理的な「死角づくり」によっても、真実は退けられる。
連載では、こうした物理的・心理的双方の「死角」で隠された真実を「見える化」していく。初回は政見が飛び交った自民党総裁選に関してだ。4候補の意見表明・討論から、それぞれ独自の考えが浮き彫りになった。その中で、国民生活に最もインパクトのあるテーマが2つ現れた。それを主張した当の河野太郎氏は決選投票で敗れ、首相にはならなかったが、今後の政治への影響は必至だ。今回、これを取り上げることとしよう。
核燃料サイクルが初の争点に
浮上した2つの衝撃的テーマとは、河野氏が公表した原子力政策と年金政策だ。まず、原子力政策で高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉に至る失敗を続け、なおも将来展望なく続ける核燃料サイクル政策を「なるべく早く手じまいすべき」と明言した。原発推進派が中枢を占める保守政権にあって、これにノーを突き付けたのだ。
核燃料サイクルは、原発の使用済み核燃料を日本原燃が青森県六カ所村で再処理して取り出したプルトニウムをウランと混合させてMOX燃料を作り、これを再び原発で使う政策を指す。本来はMOX燃料を高速増殖炉で燃やし大規模発電に利用する計画で、その研究開発の中核に「もんじゅ」が位置付けられていた。だが、1994年に初の臨界(原子炉内核分裂の持続)に達したものの、その後ナトリウム漏出などの重大事故を起こし、ほとんど運転休止の状態に。政府はついに2018年廃止を決める。この事業の開始から廃止決定までの約30年間、もんじゅの事業費用は3750億円に上った。
だが、核燃料サイクル政策は、もんじゅ抜きで続行される。原燃が建設中の再処理工場とMOX燃料工場を完成し、各地の原発が送る使用済み核燃料をここで再処理してMOXを燃やす式の縮小版サイクル政策(プルサーマル計画)への変更だ。しかし肝心の日本原燃の再処理工場はこれまで完工を25回も延期し、まだ完工が見通せない。MOX燃料工場の完成も2022年のはずだったが、2年延期され、完工予定は2024年上半期に。延期が果てしなく続く。
この工事の遅れで再処理工場の事業費は14兆円超、MOX燃料工場の事業費は2兆円超に膨らみ、双方の事業費合わせて16兆8700億円に上ったと、認可法人「使用済燃料再処理機構」は6月に発表した。政府はすでに2003年当時、核燃料サイクルの総事業費は2005年から46年までに18.8兆円に上ると試算している。使用済み核燃料の最終処分場所も、まだ決まっていない。核燃料サイクル事業は事実上破綻したのだ。この死に体同然のサイクル政策が、自民党総裁選の争点に浮上したのである。
最低保障年金が急浮上
もう一つ、河野氏が提起した最低保障年金。基礎年金(国民年金)部分を全額消費税で賄う、という内容だ。高所得者・資産家は支給の対象外となる。現行の国民年金の財源は、保険料と税金で半分ずつ。給付水準や財源の税率など制度設計の詳細はまだ不明だが、実現すれば、低年金者や無年金者など誰もが老後に生活に足る一定程度の年金収入を確保できるようになる。コロナ禍で国民年金保険料の支払いもままならない困窮者らの将来不安は解消する。
日本の年金制度の基本は、自営業者や非正規従業者、大学生らが加入する1階部分の国民年金と、会社員や公務員が加入し、労使が折半で保険料を負担する厚生年金の2階建て方式。国民年金保険料は現在、月額1万6610円、受給年金額は40年間保険料を納め満額を受け取っても月6万5075円にしかならない。これでは暮らしていけない。
河野案では、2階の厚生年金は「積立方式」とし、現役時代に積み立てた保険料に比例して、基礎年金にプラスして支給される方向だ。実現すれば、基礎年金額の水準にもよるが、「最後のセーフティネット」とされる生活保護制度に取って代わりうる。
年金運用の米コンサルティング会社「マーサー」の2020年各国年金ランキング調査によると、日本は調査対象の39カ国中、最下層グループで韓国に次ぐ32位。
トップはオランダ、2位デンマーク、3位イスラエル。日本は少子高齢化を背景に、減少する現役世代が納める保険料で高齢年代の年金を賄う制度の「持続性」がとくに問題視された。
分かりやすいデンマークの場合、3階建て構造で1階部分は低所得者を対象に40年居住で満額支給。財源は全て税金。2階部分は職域年金。労働協約に基づく積立方式で、雇用労働者の約85%のほか公務員、自営業者らが加入する。3階部分に銀行や保険会社が運営する個人年金が加わる。国民年金の基礎給付は2017年時点で満額年間で約120万円。じつにきめ細かく各層に配慮した年金制度になっている。
日本の年金制度は、非正規雇用者の急増を背景にほころびが広がり、年金受給の世代間格差の拡大・社会の不安定化に拍車を掛けている。基礎年金を消費税で賄う最低保障年金モデルはかつて民主党政権が提案したが、野党・自民党の反対で失敗した。コロナ禍で貧困者が増える中、河野氏が投じた抜本改革案の行方に注目だ。
(編集者注) 本連載「白昼の死角」は月刊誌『ニューリーダー』(はあと出版)2021年11月号以降毎月号からの転載です。