■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第198章 脱炭素化の衝撃 / 純ガソリン車なくなりEV、FCVに全面シフト

(2021年5月20日)

政府は2050年の温暖化ガス排出実質ゼロに続き、30年度に13年度比で46%削減する目標を打ち出した。これは地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」に沿った対外公約であり、後退は許されない。自動車産業にかつてない脱ガソリン車への圧力が一挙に高まる。

自動車業界に転換迫る

温暖化ガスの約8割を二酸化炭素(CO2)が占める。国内の車が排出するCO2は国全体の約2割に上る。自動車産業の脱炭素の課題は重い。
しかし、このことは欧州諸国のように車を全て電気自動車(EV)に切り替えればいい、という話にはならない。EVの電源が火力発電に由来していれば、しかもその火力が石炭に依存していればなおさら、石炭の燃焼から生じるCO2排出量が、ガソリン車のCO2排出量の全体を上回る可能性が十分にあるからだ。

2020年の日本国内の全発電量に占める化石燃料による火力発電の割合は74.9%にも上る。うちCO2を大量に出す石炭は、液化天然ガス(LNG)の35.4%に続く27.6%を占める(環境エネルギー政策研究所調べ)。仮に石炭火力に頼って発電すると電池生産を含め、EV製造までのCO2排出はエンジン車を上回るとされる。EV生産が増えれば火力発電所や電池生産工場から出るCO2がその分増えるのだ。 純ガソリン車よりもCO2排出が少ないハイブリッド車(HV)と比べると、HVのほうがEVよりもCO2排出量が断然少ない可能性がある。
電源が火力ではなく再生可能エネルギーであれば、EVが文句なく環境車としてふさわしい、となる。

ところが、日本政府は肝心の2030年時点の電源構成割合をまだ決めていない。CO2の元凶となる化石燃料による火力発電に代えて再生可能エネルギーを「50〜60%」に増やすという参考値を、経済産業省は昨年12月に示したが、決定は6月に持ち越しそうだ。 政府は再エネ、原子力、火力という3大電源構成をどうするかも決めずに、30年代半ばに新車販売をHVを含む電動車のみにする目標を掲げてしまった。
この結果、自動車産業に対する脱ガソリン車への圧力が押し出される形となった。脱炭素社会は国全体の課題だが、国のエネルギー基本計画の策定がもたついている間に、自動車が舞台の正面に引き出されてしまったのだ。


日本経済・雇用に大影響

ここで注意しなければならないのが、日本の産業を牽引する自動車産業の立ち位置だ。自動車産業は全製造業中最大の雇用力を有し、その浮沈は膨大な数の従業員家族の生活に直接、影響を及ぼす。 人のいない省力型の装置産業との違いだ。国の就業人口や失業率、就業者の給与・生活レベル、生活の安定感・安心感に直結する雇用人口を抱える。加えて輸出への貢献度も産業の中で最大だ。 日本自動車工業会などの調べによると、自動車産業人口は製品、販売、給油サービス、点検・修理、バスやタクシーサービス、レンタル、部品製造など関連を含めると、18年時点で546万人に上る。日本の全就業人口最大規模の8.2%に相当する。 自動車・部品の輸出額は16.7兆円、輸出総額の20.5%を占める。
自動車産業が傾けば、日本の貿易収支も傾き、国際競争力を増せば、たちまち貿易収益を押し上げ、国富を増す構図だ。国はこの戦略性を十分念頭に政策運営する必要がある。


アップルもEVに参入

自動車産業はいまや地球環境の危機から世界においても転換点に立たされている。日本では2030年にはEV、HV、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)に加え、トヨタが開発する水素エンジン車のような新テック車が走る風景となる。純ガソリンの新車は見当たらない。 国際エネルギー機関(IEA)の日程表によると、2035年には新車販売で全車がCO2排出ゼロのEVとPHVとなり、ハイブリッド車は含まれない。 欧州では30〜40年にほぼEV一色となる。米国はカリフォルニア州が35年にHV、PHVを禁止し、全車をEVに切り替える。環境重視のバイデン政権の発足でカリフォルニア型規制は全米に広がる方向だ。
世界最大市場の中国は、35年までに全自動車の電動化方針を決め、電動車の中にHVを最大50%のシェアまで認める。

この流れを受け、米自動車最大手のゼネラル・モーターズ(GM)は今年1月、35年までに全乗用車をEVにする経営方針を発表した。当面必要なガソリン車の開発は、提携先のホンダに委ねる。 そのホンダはこの4月、エンジン車との決別を宣言。40年までに世界で販売する新車の全てをEVかFCVにする計画だ。
次世代の自動運転車開発競争には、IT大手のグーグルに加えアップルが参入した。IT技術を集積したアップル製自動運転車登場への期待が、市場に盛り上がる。未曽有の嵐が、自動車産業を襲う。