■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第189章 コロナで問われるトップの器量/安倍政権に安心して任せられるか

(2020年5月18日)

世界的に拡大したコロナ禍で、各国政治トップの器量が問われている。日本の安倍晋三首相は、ドイツのメルケル首相とは対照的に、大見えと理念なき場当たり対応を繰り返す。未曽有の危機下、我々国民は命と生活を安心して安倍政権に任せられるか。

安倍首相の対応の鈍さともたつき

トップの器量は、一国の浮沈を左右する。
まず、足元の日本のトップの器量をその対応ぶりから見てみよう。
コロナ対応の最大の問題は、国民や中小企業に届くはずの支援金の支給の遅れと、ウィルス検査の遅れだ。どうしてそんなことになったのか。検証していくと、首相の対応の鈍さともたつきが浮かび上がる。
コロナの感染拡大で、安倍首相は迷走の末、4月16日、「緊急事態宣言」発令時に決めた不評の国民向け生活支援の給付内容を改め、「1人当たり一律10万円」にすると発表した。 この結果、町村が立替払いし、住民に先行支給した例外ケースを除けば、国民の手元に肝心の10万円が届くのは、早くて5月下旬以降になる。
米国では1人当たり約13万円をすでに4月中旬に支給。ドイツはさらに早く、仕事を失った個人事業主や芸術家らに3月下旬に1人最低約60万円を支給している。日本の支給遅れが際立つ。

遅れには、三つの要因が絡んだ。まず、東京五輪の開催計画だ。これを進めていた折り、開催の“障害”とならぬようコロナ感染のPCR検査を抑制した。 五輪開催の延期は、クルーズ船を除く国内の感染者が1000人を突破し、欧米でも感染が急拡大した3月24日になって、ようやく決まった。これを受け、政府は遅ればせながらコロナ対策に本腰を入れ始める。 国内で最初の感染者を確認した1月16日からほぼ2カ月が過ぎていた。この間、武漢発ウィルスに欧米からの第2波のウィルスが加わり、検査の不備もあって、感染は急拡大してしまった。

遅れの二つめに、政府の無策がある。安倍首相は、20年度予算が成立した翌日の3月28日、コロナ対策で「かつてない強大な政策パッケージを練り上げ、実行に移す」と大見えを切ったが、具体策は語らずじまい。 4月7日になって、緊急事態宣言とセットで事業規模108兆円の緊急経済対策を発表し、「史上最大。世界的にも最大級」と自画自賛した。
目玉となったのは、困窮世帯に限定した「1世帯当たり30万円」給付金で、20年度補正予算に組み込む手はずだった。しかし給付対象が貧困層の一部に限られ、手続きも面倒なことから世論の反発は強まった。 支持者の突き上げを受け、公明党代表が首相と談判して4月16日、「1人一律10万円」に給付内容が変更された。補正予算の異例の組み替えで約1週間、時間をロスした。 支給が実現するのは、書き替える補正予算案の国会成立後となり、早くて5月下旬にずれ込んだのだ。緊急対策なのに、国民に現金が届くまで、緊急経済対策の取りまとめを首相が指示した3月17日から2カ月以上もかかる。

こうした経緯にもかかわらず、補正予算案に基づく緊急経済対策について安倍首相は「事業規模117兆円、GDPの2割に当たる対策規模は世界的にも最大級」(4月27日)と誇ってみせた。
この混迷の間、コロナ感染者は急増し続け、4月18日には1万人を超えた。1000人超から1万人超まで1カ月足らずの急拡大だ。 緊急事態宣言を7都府県から全国に拡大した4月16日以後は、外出制限や休業、休校が都道府県知事から求められるようになり、これがさらに延長されて5月末まで国民は「巣ごもり」を強いられた。 私権の制限によって損害を集中的に受ける事業者に対しあるべき補償はない。こうした困窮下での、現金給付の大遅滞だ。

官僚主導で支給に遅れ

結局、政府は3月から4月にかけたコロナ危機のさなか、1カ月余りを無策に過ごした形だ。葬られた「1世帯30万円」の政府策は、当初、政府・与野党で有力だった「1人10万円」を財務省が巻き返して実現させていた。政治が財務省に押し切られたのだ。
「国民の生命と財産を守る」ことが、政治の第一の使命である。しかし、安倍政権は国民の全てが被るコロナ災禍を、親身になって想像できず、対応が鈍ったのである。

支給の遅れには、三つめの制度上の問題もある。これも解決の努力を怠った政治リーダーの責任だ。2008年9月のリーマンショック時に、麻生太郎内閣が決めた全国民に給付した定額給付金は、支給までに約3カ月かかった。 こういう経緯がありながら、その後も反省なく、危機下の国民給付のスピード化に取り組まなかった。
さらに、予算を成立させるまでの手続きに時代遅れの煩雑さと時間のムダがある。まず行政の内部書類や手続きに「ハンコ」が要る。これが業務を遅らせる。さらに国会審議に使う数百ページの予算書は、法律により印刷してペーパーで議員に渡さなければならない。 結果、作成と印刷に2〜3週間もかかる。法律を変えて電子データ化したら早いが、こんな改善すらなされていない。
その上、マイナンバーカードの普及遅れも支給手続きに影響した。

欧米の現金給付スピードは、比較にならないほど速い。
ドイツでは、まず申請手続きを簡略化した。雇用の存続を図る日本の雇用調整助成金に似た制度で、事業者の申請書類を納税番号など2種類に絞り、オンラインで受理するようにした。申請から2〜3日後には申請者の銀行口座に振込まれる。
ドイツ政府がとくに重視したのは、芸術家、個人事業主、フリーランサーへの厚い支援だ。1人最低5000ユーロ(約60万円)支給する。 政府は「先の不安感の中を生き抜くには、体の健康だけでなく、精神面の健康を保つことも大変重要だ」と最優先に位置付けた。ドイツに住む外国人にも支給する。 ベルリン居住のクラリネット奏者、米倉森さんは「1万4000ユーロ(約160万円)の振込があった。ベルリン市、ドイツ連邦基金に心から感謝します」とツィートした。 「ドイツ人へ。面白くないとか、ドイツ語難しいとか、書類ばっかりで融通利かないとか文句ばっかり言ってごめんなさい。フリーランサのための助成金、受け取りました。5000ユーロ、現金でポン。本格ロックダウンになって1週間でセットアップ、申し込んで2日で送金。あなたたちの機動力に感謝します」。別の日本人ミュージシャンのツイートだ。
米国は3月27日、2.2兆ドル(240兆円)規模の新型コロナ経済対策第3弾を成立させ、納税者に1人当たり1200ドル(約13万円)を4月中旬に支給。グリーンカードを持つ在米日本人にも振込まれた。
英国やフランスの現金支給も4月までに始まった。

無料簡易検査を拡大せよ

ここでもう一つの深刻な問題、ウィルス検査の遅れについて見てみよう。
現実は一部地域で医療崩壊がすでに起こっている。コロナの疑いのある病人を救急車が病院に搬送しても収容能力の不足などから引き取られずに、たらい回しにされる「診断拒否」が急増しているのだ。 結果、陰性か陽性かも分からないうちに死んでしまったケースが続出した。
感染拡大初期のクラスター(感染者集団)追跡による感染防止策は感染者数が比較的少ないうちは効果があったが、経路不明の感染者が急増すると追いつかない。 4月末、国は医師会の協力を得て相談対応が遅滞する保健所を通さずに、かかりつけ医の紹介でウイルス検査を受けられる「検査センター」の設置など、検査拡大へようやく重い腰を上げたばかりだ。

この点で初期の感染爆発を抑え込んだ韓国の先例が参考になる。
韓国は、臨時のテント施設を全国に作り、ドライブスルーやウォークスルー方式も活用し、1日最大4万件の検査が可能な検査キットを使って検査を徹底した。 濃厚接触者の割り出しに、スマホの位置情報やクレジットカード情報から感染者の行動履歴を短時間で把握するシステムを活用した。 結果、検査件数は1日当たり1万8000件に上り、日本の同8000件の2倍強に上る。人口当たり検査数では、韓国の6分の1にとどまる。

米国も感染が世界最大に急拡大したのを受け、トランプ大統領は5月中に検査件数を倍増させ、週200万件を実施できるようにする、と4月27日に発表した。 州政府や企業と連携して検査所や試料を増やし、感染者の早期発見を目指す。経済活動の再開に向け、徹底・早期検査に転じたのだ。
日本も、結果がすぐにわかる唾液を使った簡易検査キットを導入し、無料検査の拡大や民間検査会社の活用を急ぐ必要がある。 検査はこれまで重症者などに限定したため、感染の実態が今なおつかめていない。実際の感染者は、公表の12倍に上るとの推定もある。感染実態が不明で、感染拡大に歯止めがかからなければ、6月以降も緊急事態を解除できない。

国民に向けた言葉の違い

政治トップの器量を見る上で、もう一つ重要な要素、国民に向けた言葉を聞いてみよう。
ドイツのメルケル首相の感動的なスピーチがひと際輝く。辛い生活の国民を勇気付けた、と言われる。「メルケル母さん」の復活だ。彼女はまずねぎらいと感謝の言葉を最前線で戦う医療関係者に述べる。それからスーパーマーケットで働く人々にも、感謝の言葉をかけた。
「スーパーのレジで働く方、棚に商品を補充される方々は、この時期、最も重要なお仕事を担われています。私たち市民にお店を開けてくださり、ありがとうございます」
スピーチのさわりは、―
「この伝染病が私たちに教えてくれるものがあります。それは私たちがどれほど傷つきやすいか、どれほど他者の思いやりある行動に依存しているか。同時に、私たちが協力し合うことでどれほどお互いを守り、強めることができるか、ということです」
このように丁寧に説いて、国民に危機の克服を訴えたのだった。

もう一つ、ニュージーランドのアーダン首相の4月27日の勝利宣言を挙げておこう。39歳の女性で、閣僚経験のないまま2017年10月に最年少で首相に就任した。よく普段着のままライブで動画を配信して、市民の問いに答える。 「子供たちを散歩に連れて行っていいのか」との質問に「一緒に暮らしている人とならOKですよ」という具合だ。
アーダン首相は「われわれはほとんどの国ができないことを達成した」と述べ、「経路不明の新感染者がいなくなった」と発表した。結果、規制を一段階引き下げた。製造業や建設業が活動を再開、コーヒーショップなどが開店した。
直前の世論調査では、人々の九割近くが政府の対応を支持した。
2人の女性リーダーは、決して偉ぶらずにコロナ苦難を共感し、素早い対応で国民から親しみと尊敬の眼差しを受ける。