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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第186章 慶応を先頭に大学入試改革が本格化

(2020年1月30日)

2021年1月に実施される大学入学共通テストで導入予定だった英語民間試験に続き、国語と数学の記述式問題も導入見送りが12月に決まった。 大学入試改革の目玉が2つとも失われ、共通テストの出題方式は現行の大学入試センター試験と変わらないマークシート方式に戻る。
ドタキャン劇が起こった背景と、あるべき大学入試像をケース・スタディした。

政治主導で突っ走り失敗

経団連が、国際的なビジネスの現場で活躍できるグローバル人材の育成に向け、産学官の連携した取り組みを訴えたのが2011年6月。 これを契機に政府・自民党が動き出し、政府の教育再生実行会議が、13年10月、大学入試センター試験に代わる新テスト導入と英語民間試験の活用を提言する。 翌14年12月、文部科学省の諮問機関・中央教育審議会が20年度からの新テスト実施を答申。英語民間検定試験の活用と国語・数学の記述式問題の採用を盛り込んだ。これを受け文科省は17年7月、新テスト「大学入学共通テスト」の実施方針を発表する。
だが、文科省が非公開とした有識者会議「『大学入学希望者学力評価テスト(仮称)』検討・準備グループ」で、実施方針表明の一年前から公正性の確保などで強い懸念の声が上がっていたことが、昨年末に公開された議事録から判明した。

中教審が示した教育改革像は、高校で知識の暗記・再生に偏らずに、思考力・判断力・表現力や協働性を育み、大学で向上させるべき、とする内容だ。その方向性は大学・高校関係者ら委員に共感されたが、懸念されたのは、試験のあり方だった。 16年7月の第2回会議で、英語民間試験を一斉に実施する場合の実施場所の確保、離島や僻地の扱いの問題、記述式問題の公平な採点の難点、日程的なムリ、などが指摘された。 同年12月の第6回会議では、英語民間試験に関し一部委員から実施団体の多くは全国で試験を行っていないので、地域によって同じように試験を受けられない、との懸念が表明。 これに賛同した別の委員が「ここのところが大きなポイントで、乗り越えるかどうかという判断をしなければならない」と指摘していた。

だが、試験会場や日程さえ確定できないまま、政府主導で話が進んだ。状況を一転させたのは、萩生田光一・文科相の「身の丈」発言だ。高校生の反対署名運動や学校関係者の批判、国会論議の高まりなどを受け、一挙に撤回に追い込まれた。

明らかになったのは、教育現場の声を無視した試験方式の失敗だ。大学入学共通テストを高校生の基礎学力を測る第一次試験と位置付ければ、そもそも採点がばらついたり、会場の確保もままならないような試験方式は採用すべきでない。
何しろ共通テストの受験生は50万人規模に上る。現行の大学入試センター試験の16年度実績をみると、志願者数は56万人超、試験場数は693、利用大学数は693、短期大学は157に上った。 国公立の166大学すべてと私立大学の91%に当たる527大学がセンター試験を利用した。
このマンモス試験は全国一斉に行い、20日程度で採点し終えなければならない。基本設計のムリを知りながら修正せずに、走り出してしまったのだ。
正答は、日本私立中学高等学校連合会の吉田晋会長の発言にあるだろう。参院文教科学委員会で、吉田氏はこう明快に述べた。「共通テストとしてやる必要はない。各大学がそれぞれの方針で民間試験を利用すればよい」

AO入試が急拡大

入学者選抜試験の主体は、あくまでも大学である。個々の大学が自らの責任で行うのが本筋だ。共通テストの扱いを含め、どのように最適な試験方式とするか―。とりわけ全大学の8割近くを占め、独自の建学理念を持つ私立大学の取り組みが問われる。
慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)で1990年に始まったAO入試(アドミッション・オフィスによる自由応募入試)。 以後、各大学のアドミッション・ポリシー(入学者選抜の設計図)は、AO入試を増やし、小論文、調査書、面接などによる多元的な評価法に舵を切り、進化していく。

同志社大、お茶の水女子大の試み

ホームページで目を引く一例は、同志社大学だ。そこにはまず学力のみを重視する選抜方法ではなく「自分の意思で出願できる公募制の自己推薦入試です」とある。 そして第一次審査で「提出書類をひとつひとつじっくり時間をかけて審査し、さらに(第二次審査で)直接会ったうえで、意欲・能力・適性・目的意識や将来性などを多面的・総合的に評価し、合格者を決定します」と呼びかける。
国立大学で異例のお茶の水女子大学の「新フンボルト入試」。近代大学の祖とされるベルリン大学の創設者、ヴィルヘルム・フンボルトの名前に由来するAO入試を今後も拡充する考えだ。 以前からAO入試、公募推薦入試(学校推薦型選抜)、一般入試を並行して行ってきたが、来年度より理系学科の公募推薦入試の募集を停止し、AO入試に代える。 同大学は新フンボルト入試を「知的好奇心を持ち、自分の頭で考える力を持っている人に挑戦してもらいたい」とし、本入試に準備は必要ない、とまで言う。

慶応、早稲田の取り組み 追う国立大

私立大で先を行くのが、慶応大だ。慶応では、各学部がそれぞれのアドミッション・ポリシーに基づいて多様な入学者選抜を行う。一般入試以外にもAO入試、推薦入試、帰国生入試、留学生入試などさまざまな入試を行い、一人ひとりの能力や適性を多面的に評価する。 例えば経済学部には、PEARL(経済学を一貫して英語で学ぶプログラム)入試というのもあり、外国人も引き寄せる。国が重視する「思考力・判断力・表現力」についても、論文形式や記述式の出題により適切に評価しているという。
大学入学共通テストを導入する予定はない。センター入試は、かつて医学部や法学部など一部で利用したが、12年度以降は導入していない。 国の教育政策とは一線を画し、福沢諭吉の「学の独立と自由」の理念が、今なお息づいているかに見える。

早稲田大学は、一般入試で共通テストを使う一方、AO化を広げる。政治経済学部は、「国際社会で活躍するグローバル・リーダーの輩出をより強く推進する」ことを目指し、活動記録報告書を含む書類審査・筆記試験・面接等を組み合わせた「グローバル入試」を行う。 求める学生像は、理解力・思考力・表現力・行動力を身につけようとする積極性のある学生だ。

国立大学の一般選抜は、大学入学共通テストと、大学独自の二次試験で合否が決まる。京都大学はAOと推薦を組み合わせた「特色入試」を打ち出す一方、東京大学は推薦入試は行うが、AO入試はない。 大学改革の行方は近い将来、「先進的な一部の私立大対大部分の保守的な国立大」という構図が一層鮮明になりそうだ。