■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第183章 想定外災害が急増/地球温暖化の爪痕くっきり
(2018年10月29日)
日本の防災・減災対策が、根本的な見直しを迫られている。自然災害の多くが、進行する地球温暖化の影響とみられる極端な異常気象により想定外の被害を引き起こしたからだ。
豪雨、猛暑、地震の三重苦
災害は今年の夏に連続した。6月の大阪北部の直下型地震、7月の西日本豪雨とその後の記録的な猛暑、9月の関西空港など近畿地方に大被害をもたらした台風21号、直後の北海道地震―。従来の想定を超える激烈な災害が次々に日本列島を襲った。
このうち前例のない西日本豪雨と猛暑、強度を増した台風には、地球温暖化の影響が認められる。温暖化がもたらす極端気象の一つに、強い雨の頻度が増すことが挙げられているが、西日本豪雨では1時間当たり100ミリを超す滝のような豪雨が各地で続いた。
6月28日から7月8日までの総降水量が、四国の高知県では1800ミリを超えた。昨年7月も福岡県朝倉市など九州北部を集中豪雨が襲ったが、今年のように広範囲にわたり長期間、大雨が降り続けたことは記録にない。
西日本豪雨は停滞する梅雨前線に向け、通過する台風7号の影響で南から大量の水蒸気を含む風が吹き込んでもたらされた。
気象庁はこの大雨に1府10県に特別警報を発し、最大限の警戒を呼びかけている。しかし大規模な河川の氾濫、浸水、土砂災害が発生し、200人を超す死者を出した。
最悪の浸水被害を受けた岡山県倉敷市の真備町地区のケースをみてみよう(写真)。豪雨は周辺に7月5日朝から3日間降り続いた。降水量は7月の平均降水量の約2倍に上る計276.5ミリ。7月6日、一級河川の小田川につながる支流の高馬川の堤防から水があふれ、小田川も決壊して人口の多い町の北側を一挙に浸水した。119番通報が1200件以上寄せられたが、つながらない。市長は急きょ避難指示を発令して自衛隊に出動を要請したが、見る間の浸水で51人が亡くなった。
犠牲者の8割以上が動けない高齢者
この浸水ケースは、二つの教訓を残した。一つは犠牲者の特徴だ。犠牲者の8割以上が65歳以上の高齢者で、住宅の1階部分で2階に避難できなかった。急な浸水で2階に上がれなかったのだ。犠牲者の大部分が身体の不自由な高齢者だったのである。
他方で、今回の豪雨被災は倉敷市が作成したハザードマップが示す浸水域とほぼ重なり合う。危険が想定されていた地域だったのだ。実状は、特別警報を聞いたにもかかわらず、高齢者の多くが突然の浸水から逃れられなかったのである。
もう一つの教訓は、豪雨の性質変化だ。豪雨はここ数年、極端化し、あまりに過激になってきた。激しさを増したばかりでない。長期にわたり、広域化してきたのである。
IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の最新の第5次評価報告書が指摘したように、地球温暖化の影響で気候の極端化が進んでいるのだ。今後も想定外の豪雨が増えるとみなければならない。
しかし、防災・減災の視点に立てば、地球温暖化がもたらす想定外被害は豪雨に限らない。あらゆる極端な気象異変に備える必要がある。
世界規模で異常な高温
実際、7月には猛暑が続く埼玉県熊谷市で41.1度と国内最高温度を更新した。今年6―8月の東日本の平均気温は平年比1.7度も上昇し、“過去最高のうだるような暑さ”となった。
日本列島に限らない。今年は世界的に異常な暑さとなった。欧州ではポルトガル、スペインで46度台を記録した。米国ではカリフォルニア州で山火事が100件以上も多発し、消防士の死者は約100人にも上った。ロサンゼルス近郊東のチノでは、じつに48.9度を記録。インドでは42度を超す暑さが1週間以上続き、暑さのあまり建築現場では男の作業者がショールを被り女装する風景が現れた。北極圏でも各地で30度以上を記録した。
2016年当時、気候科学者は世界的な暑さに際し「非常事態」と呼んだが、今年はそれを上回る未曽有の酷暑に見舞われた。一部の国では「居住不能」とみなされるほどの災害となった。
明らかに地球温暖化が世界の気候と海洋表面を高温化し、そのせいで極端な異常気象が急増したのだ。
一連の夏の出来事は、大規模災害がもはや日常化していることを印象付けた。
こうなると、防災対策のモードを切り替えなければならない。
地球温暖化が原因の極端気象に加え、想定外の地殻変動から生じる地震や火山活動も視野に入れて対策を練り直す必要がある。火山活動と地震は、しばしば連動する。世界にある約1500の火山の1割弱に当たる111の活火山が日本に集中する。気象庁は、このうち50火山を常時、監視している。
むろん、富士山の大規模噴火も想定しなければならない。1707年に起きた宝永噴火などを参考に、降灰状況のシミュレーションや交通、電気、水道など公共インフラへの影響調査を行い、対策につなげる必要がある。
政府の中央防災会議は9月、富士山の大規模噴火に備えた作業部会の初会合を開き、対策に乗り出した。
南海トラフ地震のような巨大地震の恐れも切迫している。
今後30年間に起こる確率は70%以上とされる南海トラフ地震は、最大で死者30万人超が見込まれている。これは東海沖から九州沖の太平洋海底に伸びるトラフ(溝状の地形)に沿って発生する地震、とされる。
政府は「防災の日」の9月1日、南海トラフ地震を想定した総合防災訓練を実施した。和歌山県南方沖を震源にマグニチュード(M)9.1の巨大地震が発生し、静岡県や愛知県で震度7を観測―などと想定した。首都圏の9都県市も、首都直下型地震を想定した合同防災訓練を実施。相次ぐ災害に背中を押され、政府・自治体がようやく対策に本腰を入れ始めた。
江東5区の新避難計画
こうした各種防災の中で、最も緊急性を要するのが、頻発する大雨による洪水や強度が増した台風が引き起こす高潮・高波被害への対応であろう。地球温暖化の進行に伴い、いずれも今後さらに増加していくことが懸念されるからだ。とくに暑さで水蒸気量が増大する梅雨の時期に、豪雨の危険が一段と高まる。
IPCC報告でも温暖化が進むと、高・中緯度地域で気温・海水温が地球平均よりも大幅に上昇することが確認されている。中緯度に位置する日本で気温・海水温の上昇度が地球平均より高いのも、その表れである。
近年は北海道の帯広などが季節外れの高温に見舞われたり、東北・山形沖の海水温がなぜか地球平均より際立って暖まっている現象も、地球温暖化の影響が指摘される。
西日本豪雨の教訓の一つは、被災区域がほぼハザードマップ通りだったことだ。国土交通省によると、西日本豪雨で土砂災害により犠牲になった119人の約9割が、ハザードマップにある住民の生命への危険性が指摘されていた土砂災害警戒区域で被災していた。
とすれば、今後はハザードマップをしっかり生かし、防災・減災活動に当たらなければならないことを意味する。ハザードマップの運用問題が浮かび上がってきたのだ。
その運用に当たっては「災害の急激化と広域化」を想定してかからなければならない。
その際、浸水しても2階に避難するのが困難な高齢者や障害者、乳幼児など「要配慮者」の救援を、行政が優先第1位で対応することが重要だ。さらにハードとソフトの両面から対策を見直す。学校や公民館などの避難所自体が浸水する危険性を検証して、安全性の観点から避難先を改廃・再編する。ソフト面では河川の水位情報や避難情報の周知にスマホを活用する―などである。
東京東部の江東5区(墨田区、江東区、足立区、葛飾区、江戸川区)は8月、「大規模水害広域避難計画」を発表した。作成したハザードマップと一対で、対策をまとめたものだ。
江東5区は低地帯で隅田川、荒川、江戸川などの大河川やその支流が多く流れる。水害には脆弱な地勢で、これまでも洪水や台風による高潮で大きな水害に見舞われた。 地球温暖化の影響による台風の強大化や豪雨の激甚化などを想定して、江東5区に住む浸水対象人口の249万人を災害から守るために策定した。
想定する水害規模は、高潮・洪水とも江東5区がこれまでに経験したことのない「最大規模」とした。想定される事態として、「浸水が発生した場合、最大浸水深が約10メートルに達する地域もある。江東5区は河川に囲まれており、避難のために人が集中する駅や橋梁のようなところでは混雑した状況となり、群衆雪崩や将棋倒しが発生する恐れがある」などと具体的に言及した。
水害に巻き込まれやすい要配慮者への対策も仔細に明記した。在宅の要配慮者には、「予め定めた近距離の避難施設への避難や自宅での屋内安全確保を検討する」としている。
大規模水害に襲われた江東5区のハザードマップを見ると、唖(あ)然とするほどの被害状況となる。洪水、高潮で荒川と利根川水系江戸川が溢れ最大規模に浸水した場合、墨田区と江東区の一部が5メートル以上浸水し、3メートル以上5メートル未満の浸水地域がその周辺に広がる(図1)。この高水位だと2階建て家屋は2階まで浸水する。さらに浸水継続時間も墨田、江東、江戸川、葛飾の四区のほとんどで1週間以上に上り、水が長い間引かない状態が続く(図2)。
このような自治体の練り直した避難計画が、住民の関心を引き寄せ、安心感を与えて「無事に避難」の可能性を限りなく高める。
岡山県倉敷市真備町付近
7月9日と被災前の比較 【2018年7月9日撮影(空中写真)】(被災前写真:2007年10月撮影) 出所: 国土地理院
(図1)江東5区大規模水害時の最大浸水深の想定(高潮氾濫) 出所:「江東5区大規模水害広域避難計画」
(図2)江東5区大規模水害時の最大浸水継続時間の想定(高潮氾濫) 出所:「江東5区大規模水害広域避難計画」