■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第16章 モナザイト事件があぶり出した休眠法人の怪
首相官邸など国の機関にウランやナトリウムを含む放射性鉱石「モナザイト」が郵送された事件は、ウラン物質を北朝鮮に密輸していると名指しされた財団法人「日本母性文化協会」をクローズアップさせた。だが、調べが進むにつれ、この公益法人は設立の趣旨に沿った活動は一切していない休眠状態にあることがわかった。しかも、理事長を含めて6人いる財団理事の一人は本人の承諾なしに理事として無断登記されていた、というでたらめぶりだった。この奇怪な事件は、はしなくも休眠中の公益法人を舞台に引き起こされたのである。
休眠法人を足がかりに営利事業
同財団が文部省の許可を得て設立されたのが1949年。終戦後まもない頃である。設立目的は「女性や母親の権利擁護」とあったから、女性の権利と地位向上を求める気運に乗じてほかの多くの公益法人同様、戦後のどさくさの中で許可されたようだ。 現在の池田弘理事長(84)が就任したのは88年だが、活動報告を怠ったため文部省が97年に調べたところ、休眠状態であったことが判明したという。
事件はその後の警視庁公安部の調べで、政府機関に郵送されたモナザイトは、大量保管していた同財団の理事長が、計画していた老人ホームの建設を委託した建築業者に、工事代金の担保として提供したモナザイトの一部だったことが確認された。はっきりしていることは、「放射性物質保有―北朝鮮への密輸」という事件の異常なプロフィールが、公益法人の信用を元手に、公益法人を隠れミノに発生した、ということだ。休眠中の公益法人だから、誰からも監視されずに仲間内で計画を膨らませ、暴走した、といえる。公益法人が犯罪の温床になりやすいことを証明した格好だ。
事件と公益法人とを結びつけた「強い絆」は、次のように説明できる。―
・ 「公益法人」だからと相手方を信用させ、モナザイトの取引や老人ホームの建設計画を進めたのは間違いない。→「公益法人」の信用を悪用
・ 公益法人は企業と違って株主総会のような監視システムを持たないため、公益活動を装って無関係な営利行為に乗り出すのが容易だ。→「公益法人」を隠れミノに営利行為
・ 一方、監督官庁は、公益法人だから活動状況の報告を年1回受けるだけで、その活動を事実上放任している状態にある。→監督の不行き届き
・ しかも許可取り消しができる休眠法人と認定するのに「3年以上事業を行っていない」「各省庁への報告、届け出を3年以上怠っている」などと、ひどく甘い要件からスローモーになり、これによって不法行為が起きやすい土壌をつくっている。→甘い許可取り消し要件
幽霊法人も1200以上さまよう
このように、公益法人はあいまいな3つの設立要件のもと(前号参照)、主務官庁の許可を得てひとたび設立されると、税制上の優遇措置(たとえば、法人税がかからない、「収益事業」から所得が生じた場合でも法人税が軽減される、など)を受けるほか、国や都道府県の多額の補助金や委託費を受け取って国や自治体の事業を代行する、などのケースも多い。だが、なかには本来の公益事業をやらずにモナザイト事件のようにとんでもない方向に逸脱してしまう法人もある。
こうした逸脱、暴走の潜在的な危険性を持つ休眠法人は減少しつつあるとはいえ、98年10月1日時点でなお271法人もある。これ以外にも“開店休業”している公益法人はあるのだが、認定要件が甘いため休眠状態が3年未満なら「休眠法人」にカウントされない。したがって、「休眠3年未満」を含む数多くの休眠法人が「公益法人」の資格を隠れミノに暴れだすかもしれないのだ。
その手口は、税法上の特典を利用して営利事業を行ったり、外部の者が目をつけ「買収」によって役員に就任して本来の公益事業以外の営利行為に乗り出す、といった類いが多い。
とはいえ、休眠法人よりも、もっとうさんくさい法人がある。1000か所を超える登記所の公益法人索引名簿には記載されているのに、設立を許可したはずの主務官庁が持っている公益法人名簿にはどういうわけか記載されていない法人である。いわば 「所管不明の公益法人」で、俗に「幽霊法人」とも呼ばれる。これが1275法人(98年10月1日時点)もあるのだ。
調査が始まった95年度当時はこの幽霊法人の数は1884法人にも上っていたが、このあと総理府が大部分を都道府県に割り振って設立許可の取り消しや自主解散を指導させ、500法人余りを整理して、ようやくこの数字まで減ったのである。公益法人がいかに次から次へと乱造され、これを許可・監督するはずの主務官庁が法人名簿に登録するなどの管理の基本を怠ったかがわかる。
こうして所属不明の幽霊と化し、地下に潜った公益法人は勝手な事業をやっても法の網に引っかからない限り「おとが咎めなし」でやってこれた。監督官庁の名簿にも載っていない有様だから、事業報告もしなかったのだろうが、これら幽霊法人の実態についての調査結果はいまなお公表されていない。税金逃れなどの違法行為が、数年、数十年の間に、どの程度行われていたのか。―こういう問題をうやむやにしながら、98年10月1日までの1年間に全国で265もの公益法人が別途、新設されたのである。
トンネル法人に天下り
話を本題に戻そう。前号で述べたように、公益法人の構造的問題の一つは国や地方自治体の補助金・委託費のムダ遣いである。とくに問題は、補助金が公益法人を仲介役にして研究機関などに交付させるケース(いわゆる「トンネル法人」)とか、補助金・委託費が公益法人の収入の全部とかほとんどを賄っているケース(いわゆる「丸抱え法人」)が少なくないことだ。 「トンネル法人」の一例として、「ヒューマンサイエンス振興財団」(厚生省所管)を取り上げてみよう。
98年度の決算報告書によると、国からの補助金・委託費の収入は37億7586万円。全収入の9割以上を占める。これをバイオテクノロジーを使った先端的医薬品とかエイズ医薬品の開発研究など、厚生省のポリシーと予算枠に沿って事業分野ごとに割り振るのである。
ひと言でいえば、厚生省の下請け機関として、医薬品の研究に関する補助金・委託費を研究グループに交付しているのである。国費が財団を通って研究グループに渡されることになるから、国が直接交付する場合より公益法人の管理・人件費コストがよけいにかかる形になる。神崎俊彦・常務理事は「ほかの財団は国費を(人件費などに)流用しているが、われわれはしていない。役員の収入は自主財源から」と胸を張るが、それを可能にしている収益事業も所詮は厚生省の巨額の予算が引き寄せるからこそ、会費やセミナー費などの形で収入が得られるのだ。あくまで「国にオンブしながらの収益事業」なのである。ならば、国が自らの業務の一部として研究グループに補助金・委託費を直接交付すべきではないのか。
役員は計4人。うち会長は非常勤で元第一製薬副社長。が、常勤で事実上トップの理事長には元厚生省健康政策局長の竹中浩治氏(69)が前代に続き厚生省から天下っている。竹中氏は厚生省を退官後、特殊法人の社会福祉・医療事業団理事に天下りした“渡り鳥”である。
もう一つ、「産業医学振興財団」(労働省所管)を例に挙げよう。同財団の2000年度事業計画の事業別明細をみると、必要とみなされる人件費は毎年20億円を超える補助金によって全額賄われることになっている。役員給与は常勤3役員に支払われ、計5432万円。すべて補助金から充てられる。職員給与、手当も同様だ。職員の基本給は計19人に対し1億961万円が予算として計上され、補助金から賄われる。つまり、国が丸ごと税金からなる補助金で人件費をはじめ運営費の面倒をみてやっているのだ。
これでは国民は「見えない政府」を抱えているのと同じではないか。税金を支払っている国民は、こうした負担について知らされていないばかりか、当の財団の存在さえ知ることは難しい。
同財団が発足したのは、職業病が猛威を振るっていた77年12月。当時、高度経済成長のひずみによる頸肩腕症候群、腰痛、振動病などが急増し、多くの職場で産業医学の専門医が必要だと叫ばれていた。こうして産業医科大学が開校するのとほぼ時を同じくして、産業医科大に学生の奨学金などの形で助成を行い、産業医の資質向上、産業医学に関する研究の促進などを目的に産業医学振興財団が設立されたのである。 96年に労働安全衛生法の改正で従業員1000人以上の各事業所に「産業医1人」の常勤が義務づけられる。これに伴い産業医の研修・認定を行う日本医師会に対する助成も活発化する。テクノストレスなど各種職業病の広がりがその背景にあった。 いわば、同財団は時代の要請に沿って労働省を手伝う形で補助金を産業医科大学や日本医師会に交付してきたといえる。その限りで、「トンネル法人といわれるのは心外。目的を持った事業をやっている」(同財団総務部)という財団の自己認識自体は間違っていない。
情報開示されない「見えない政府」
問題は、税金として負担する国民の側からみて、お国の事業だからといって一公益法人に運営費まで丸ごと補助金で賄うのは納得いかない、ということだろう。しかし、より重要な問題は、情報開示されないため、こういう「見えない政府」が「見える政府」のために行う補助金交付の実態がまるで知らされていないところにある。
この振興財団への天下りの実態はどうか。役員12人のうち常勤は3人。うちトップの山中秀樹理事長(58)は労働省能力開発局長OB。理事長に次ぐ鹿毛明常務理事(53)も前職が労働省の岡山労働基準監督局長。年収は理事長の八掛けだ。理事長、常務理事ポストとも設立時から労働省OBの指定席になっている。常勤監事は大蔵省OBで、結局、常勤役員3人とも「官」からの天下り。
こうした「トンネル法人」の問題に対して省庁側の言い分は、国家公務員の定員制の関係から国とか特殊法人は直接その種の事業ができないから公益法人に任せざるを得ない、というものだ。「官」にリストラという概念はない。
「トンネル法人」に対しては整理して、それが交付している補助金を国が直接交付するようにすればよい。あるいは当面の措置として独立行政法人化して事業内容を透明化し、補助金の額を極力抑制する方法も考えられる。そうした改革の努力もせずに情報を閉ざしたまま、人件費にまで税金を注ぎ込み、トップの理事長ポストなどに天下る―こういう公益法人の姿こそ「官僚国家ニッポン」を象徴するものだ。「官」の下請けとして動く現業部門の「見えない政府」が、国民の与り知らぬところで国の巨額の補助金を扱う。その補助金には「本来事業に必要な補助金」と並んで、公益法人の役員や職員の給与も賄う「ムダな補助金」も含まれる。
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