■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第170章 財務省還付案に批判相次ぐ/軽減税率振り出しへ

(2015年9月28日)

消費税率10%への引き上げに伴う負担軽減策として、財務省がまとめた還付制度に批判が噴出している。与党が公約した軽減税に代えて、酒類以外の飲食料品・外食に10%分の消費税を支払い、増税の2%分を後日払い戻す方式だ。 与党は年末の税制改正大綱に向けて議論を進めているが、財務省案には問題が多く、公明党も反対に回った。負担軽減策の行方は混沌としてきた。

「後払い式一部給付」方式

財務省が与党税制協議会に提示した還付制度案は、欧州各国が導入した生活必需品などへの軽減税率とは異なる、独自の「日本型軽減税率制度」との位置付けだ。ポイントは二つある。
第一のポイントは、誰もが軽減税率で対象商品を購入できる軽減税率制度でないことだ。軽減税制が進んでいる英国は、標準消費税率を20%とする一方、食料品や水道水のような生活必需関連はゼロ税率に設定している。
財務省案では、購入する商品には一律10%の消費税率が適用される。2%分は後に還付されるが、還付額に上限がある。これを越えると軽減措置は受けられない「後払い式一部給付」方式となっている。
この制度は、いわば2014年4月の消費税率8%への引き上げ時に、低所得者向けに支給した「簡素な給付措置」をなぞった形となる。
還付制度と軽減税率制度とは別物であり、自民、公明両党は国民を騙すことになる。両党は14年12月の衆院選で共通公約として「17年4月に消費税10%へ引き上げる。軽減税率は17年度からの導入を目指す」としている。

マイナンバー制度を活用

第二のポイントは、この還付システムが来年1月から導入されるマイナンバー(税と社会保障の共通番号)制度の活用を前提としていることだ。個人のマイナンバーカードに飲食品の購入履歴を蓄積し、これを基に2%分が還付される。
ところが、仮に財務省案が実現しても、必要となるマイナンバーカードが消費増税の17年4月までに国民に行き渡らないことが早くも判明した。総務省によると、カードの製造委託先の生産が間に合わないという。この結果、還付制度の導入時期は大幅に遅れることになる。
加えて、この制度が運用されれば、消費者と小売業者の負担は大きい。消費者はまず買い物時に消費税10%分を支払うため、負担減を実感しにくい。

さらにマイナンバーカードを小売店のレジで読み取り機にかざし、買い上げ額に応じたポイントを貯める手続きが必要になる。そのためには買い物の度にカードを持ち歩かなければならない。面倒だし、手間と時間がかかる。紛失したり盗まれる危険も増す。
小売店側も、カードを読み取る専用端末を用意しなければならない。新たな購入か、すでにあるIT機の改修が必要となる。このほか自動販売機への対処もある。零細業者を含めて、全国の小売店や飲食店にくまなく端末を設置できるか、という問題が生じる。
カード読み取り機を全国規模で設置するため、財務省は補助金などの数百億円の支出を見込んでいる。これは国民の税負担となる。

マイナンバーカードの使用は「任意」とされているが、還付制度にカードが用いられると、使用を半ば強制される。財務省がマイナンバーカードを使った還付方式を打ち出した本当の理由は、国民の収入だけでなく、買い物の履歴、小売業者の売上実態を把握したいため、との見方も浮上している。個人の税・年金記録に加え、さらに広範な情報を管理できるからだ。
マイナンバーカードの普及は、財務省のパワーを拡大し、「省益」にかなう。だが日本年金機構へのサイバー攻撃では、約125万件に上る個人情報の流出が発覚した。「自分の個人情報は大丈夫か」との国民の不安が一段と強まるのは必至だ。

高齢者にリスク

還付を受けるには、本人が自分で申請手続きを行わなければならない。この仕組みも、問題を発生させやすい。 現在、全人口の4人に1人以上が高齢者だ。還付金は、マイナンバーカードで認証してパソコンやスマホから政府サイトに申請し、本人名義で登録した口座に振り込まれる。 ところが高齢者の多くはインターネットに不慣れだ。郵便局で代行してもらうこともできるが、負担は重い。
高齢者の弱みに付け込んでカードを手に入れ、還付金を騙し取る新手のなりすまし詐欺の多発も懸念される。介護を受ける高齢者に頼まれた人や、子供が買い物に行くケースもある。マイナンバーが盗まれ、悪用される危険は大きい。
政府は暗号化などで厳格な情報セキュリティ対策をとるとしているが、どんなサイバー攻撃にも耐えられる完璧な安全策はあり得ない。個人情報が詰まっているマイナンバーの利用は必要最小限度にとどめるべき、と専門家は指摘する。

還付の上限額は、どの程度になるか―。財務省案によれば、上限額は低所得者1人当たりの食費を年平均20万円として、購入額20万円の2%に相当する年4000円となる。2人世帯なら8000円まで。 SMBC日興証券の試算では、この方式だと低所得者ほど恩恵が大きく、中間所得層の年収550万円〜600万円世帯(夫婦と子ども2人)までは2%の還付分が上限額の範囲内に収まる。
財務省によれば、還付額の上限がないと年1.3兆円の税収減となる。年4000円が上限なら最大5000億円の減収額で済む。高所得者への負担割合を大きくし、食料品への支出割合が高い低所得者の負担を軽減する狙いだ。

財務省は自ら案出した還付制度の利点を強調する。欧州連合(EU)型の軽減税率に比べ失われる財源は小さく、事業者の事務負担を重くするインボイス(税額票)を導入しなくて済む、などだ。
しかし、欧米や韓国では古くからインボイスを活用して軽減税率やゼロ税率など複数税率を導入してきた。対象品目・サービスも食料品のような生活必需品に限らない。新聞、雑誌、書籍のような知的インフラ分野にまできめ細かく広げている。 国民の生活基盤づくりに公的支援は欠かせない、という理念が政策の底流にある。
財務省は、対象を飲食料品に絞り、まだ運用も始めていないマイナンバー制度に頼った給付制度を押し出した。 与党税制協議会は、衆院選の共通公約に立ち返り、国民の求める「軽減税率」のふさわしいあり方を根本から検討する必要がある。