■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第158章 デフレ・円高構造一変か/新政権の経済、金融政策に注目

(2012年12月17日)

総選挙が終了し、日本のデフレ/円高構造が一変する可能性が出てきた。自民党の安倍晋三総裁の発言をきっかけに円安が進み、内閣府発表の10月の景気動向指数がついに「悪化」に引き下げられた。
新政権は2014年4月に予定される消費増税を控え、公約に沿いデフレ・円高からの脱却、経済成長を問われ、金融の枠組みなども含めた政策総動員を迫られる。

安倍発言に好感

「為替相場は円安方向に向かった」との観測から、米国の減税期限切れと歳出削減が重なる「財政の崖」問題にもかかわらず円安基調が続く。売買の約7割を占める外国人投資家の盛んな日本株買いを受けて国内投資家も動き出し、株式相場も一挙に高騰した。

円高局面転換の引き金となったのは、11月に自民党の安倍総裁が日本銀行に大胆な金融緩和策を求めたことだ。
安倍発言は、日銀の金融政策への政府の関与を強める日銀法改正を視野に、「建設国債を全部日銀に買ってもらう」といった過激な内容だ。日銀の白川方明総裁は「金融緩和は十分行ってきた」として「中央銀行の独立性」を尊重すべきだと反発したが、市場は安倍発言を好感した。自民党の政権奪還の可能性が高いと読んだからだ。

市場が日銀のさらなる金融緩和を求める理由は、日本経済がデフレ不況から今なお、抜け出せないためだ。市場の日銀不信は根強い。日銀が決めた物価目標にしても「本気度が疑わしい」「デフレの認識が甘い」(金融筋)との見方がもっぱらだ。
日銀は今年2月、内外の圧力に押されて「物価上昇は当面1%をめど」という苦しまぎれの表現でようやく物価目標を掲げた。それ以前は、「中長期的な物価安定の理解」という分かりにくい表現で物価水準の目安を示していたにすぎない。

問われる日銀の姿勢

こうした日銀のデフレ退治への消極姿勢がデフレを放任し、名目GDP(国内総生産)を減退させた面は否定できない。名目GDPはリーマン・ショック前の2007年度の513兆円から11年度には470兆円弱に落ち込んだ。家計可処分所得も07年度から11年度まで5年連続でマイナスとなり、GDPの約6割を占める個人消費を冷やし続けた。

他方、デフレは通貨価値を上げるため、為替相場を円高方向に押し上げる。11年10月にはついに1ドル=75円台の超円高局面が現れ、ソニー、パナソニック、シャープなど日本の輸出を代表する電機メーカーを経営苦境に追いやる大きな要因となった。
この結果、輸出減などから9月には31年ぶりに国の経常収支が赤字に転落、10月の貿易収支は5500億円近い過去最大の赤字となるまでに4カ月連続で落ち込んだ。

デフレは年金財政をも直撃した。「100年安心」と謳われた04年の年金改革では、長期の物価予測を日銀の見通しに沿い「1%」とした。ところが現実にはデフレが続き、早くもシナリオが崩れて「年金不信・不安」を引き起こした。
こうした経緯から市場では「物価目標は本来、英国のように政府が決めるべきだ」との意見も浮上してきた。日銀法を見ても「物価水準の目標設定」が日銀の業務である、とは明記されていない。
日銀は物価への関与を日銀法第2条に基づく、としている。同法第2条は「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とある。この条文を根拠に、日銀が物価安定の責任者として物価目標に関与すべきとなったが、責任を十分果たしているとはいえず、新内閣と日銀との関係に注目が集まる。

個人消費の喚起が鍵

1998年に始まるデフレの長期化から民間企業のサラリーマンの所得は減る一方だ。国税庁によると、過去10年間に454万円から409万円(11年分)へ12%も減った。しかも給与格差は拡大、給与の低い非正規雇用が全雇用の35%に膨らみ、「年収300万円以下」が全体の4割にも達した。社会の安定化に欠かせない中間層が縮小し続けている。所得格差の拡大で国民年金の保険料の未納率は公表で4割強、納付免除者・猶予者らを含むと実質約7割に上る。未納の増大が「年金の空洞化」を招き、現行年金制度の持続可能性が危ぶまれている。

日本経済は昨年から不運も重なって経済状況は一段と厳しくなった。大震災、原発事故に始まり電力危機、欧州通貨危機、超円高、さらに今年9月以降の尖閣諸島など領土問題による対中韓関係の険悪化・・・。震災復興需要で今年春まで日本経済は一時上向いていたものの、10%への消費税引き上げが決まった8月以降、国民の消費態度は目に見えて慎重になりつつある。
この変化は、食品や日用品の店頭価格に現れてきた。食品の主原材料となる輸入小麦や大豆の値上がりにもかかわらず、製品の値上げは困難だ。消費者物価全体が値下がりする中で、原料高商品の大半はむしろ値下がりしているデフレ状況だ。大豆や小麦が原料のロングパスタ、サラダ油、食パンのほか缶入りビールにトイレットペーパー、納豆や豆腐も物によって値が下がっている。

今夏以降の個人消費の冷え込みに伴い大手スーパーは、相次ぎ大幅な値下げキャンペーンに入った。「特別価格」や「限定価格」「訳あり商品」を掲げ、安売りなどで客寄せに懸命だ。しかし、消費者の消費抑制と低価格志向は強く、消費を上向かせるには需要の喚起が欠かせない。
新政権が消費増税を前に、公約通りに大胆な金融・経済政策に踏み出せるかどうかが構造改革の鍵となりそうだ。