■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第157章 縮んだ中間層を厚く/名目所得増加へ 問われる経済・雇用政策

(2012年11月26日)

「中間層のための新たな雇用や機会、安全の創出のために戦い続ける」。再選を決めたオバマ米大統領の勝利演説の一節だ。オバマ米大統領の2期目の最大課題だが、同時にそれは12月16日に行われる日本の総選挙後の新政権にもそっくり当てはまる。
いや、中国の習近平・新政権にとっても同様の課題が突き付けられる。なぜなら、日米中のいずれも程度の差はあれ、この10年間に国民の間に経済格差が広がり、中間層がやせ細って、社会がひどく不安定化したためだ。3国とも、低所得層をどこまで中間層に底上げできるか ― これが経済政策の成否を分けることになろう。

米国の所得格差は、ブッシュ前政権期にサブプライムローンに象徴されるウルトラ金融資本主義の勃興と共に拡大を続けた。デリバティブ金融のバブルが破裂してリーマン・ショックが世界に波及する前年の2007年、ノーベル経済学賞を翌年に受賞する米経済学者のポール・クルーグマンは、こう書いた。「この国は南北戦争後の『金ピカ時代』のような不平等な社会に戻ってしまった。(中略)重要なのは、極度の格差によってアメリカの社会や民主主義が受ける打撃である」(三上義一訳『格差はつくられた』)。
バブル崩壊後、米国経済は低迷し、格差問題は依然、解消に向かっていない。

胡・温体制の下、二ケタ成長を続け、11年までの10年間に国内総生産(GDP)を4倍に伸ばして世界2位の経済大国にのし上がった中国。その未曽有の高成長の陰で、経済格差が急拡大し、高官の腐敗、環境汚染、少数民族と反体制派への弾圧が進行した。
中国の格差実態の深刻さは、労働者への賃上げ要求デモ、役人の腐敗や土地収用への農民の抗議デモの頻発から浮かび上がる。
胡国家主席は11月、共産党大会で「2020年までにGDPと国民1人当たりの平均収入を2倍にする」との所得倍増目標を打ち上げた。大都市の貧困層や貧しい農民の“収入底上げ”を狙ったものだ。都市住民の農民に対する所得格差は3倍ともいわれる。格差是正に成功しなければ、民衆の不満が爆発しかねない。

日本の場合も、次の新政権は格差縮小と中間層拡大を図る政策を迫られるのは必至だ。理由は、格差の広がりを問題にした民主党政権下でも依然、改善されていないからだ。背景には給与の低い非正規社員が全雇用者の3分の1超の35%(昨年)で“高止まり”していることに加え、給与所得全体が下がっている状況がある。
国税庁が9月に発表した「民間給与実態統計調査」によると、民間企業のサラリーマンに昨年1年間に支給された平均給与(賞与を含む)は409万円。前年に比べ0.7%、3万円下回ったことが分かった。前年は3年ぶりに増加したため、わずか1年で再び悪化したことになる。

金額が減っただけでない。給与格差が開き、貧富の差が広がった。つまり、国民全体が貧しくなったのに加え、中間層が減り所得格差が再び拡大したのだ。
給与の分布を見ると、最底辺層(年間給与100万円以下)と高所得層(1000万円超)がともに増大し、中間層が減った。最底辺層は臨時労働者やパートタイマーらから成る。
全体で最も多い所得層は「300万円超400万円以下」で、2割近くを占める。だが、これより低い「300万円以下」で括ると、実に全体の4割に上る。
過去10年間の推移を見ると、平均給与は454万円から409万円へ12%も減っている。さらにもっと過去に遡ると、給与は97年の467万円をピークに、98年以降14年間も下落が続いているのだ。

これは驚くべき数字である。日本経済が完全に「デフレ不況の罠」にはまって身動きできないことを指し示す。経済・金融政策がさっぱり機能しない中、国民はひたすら我慢しているかに見える。
恐ろしいのは、その波及効果だ。デフレにより通貨価値が上がり、円高を招く一因となった。政府・日銀が有効な対策を打てない中、円高が急伸して、輸出産業の競争力を奪い続けた。製造業の力が落ちる間、国民の経済格差は急速に拡大していった。
このような経緯から日本の次の内閣も、縮んだ中間層を厚くするため、名目所得を増やす経済・雇用政策が正面から問われる。その政策の実現度が、日本経済の浮沈を分けることになろう。