■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第155章 真の行政改革実現を/会計検査院再編・強化がカギ

(2012年10月15日)

政権交代を実現した民主党マニフェストは、ことごとく実行されなかった。国民が期待した行政改革が、その典型例だ。行革の国民的課題は依然、宙吊りになったまま解決されていない。「近いうちに」登場が予想される新政権は、このやり残しの行革に正面から取り組まなければならない。

行革とは、公務員制度や予算の使い方・契約の改革、省庁傘下の天下り法人の整理などを指す。改革の狙いは「公金のムダの排除と国民負担の軽減」「行政の効率化・合理化と公的サービスの向上」である。
この点で、民主党政権は国民の期待を次々に裏切った。政治主導を目指して設けたはずの国家戦略室は初めから機能せず、行政刷新会議も鳴り物入りの「事業仕分け」を始めたが乏しい収穫で終わった。
行革の最大級のカギは、行政から完全に独立した行政監視機関を国会に設けることである。行政を監視し、予算の使い方をチェックし、不正を告発できる強力な権限を持たせる。民主党は野党時代、これに似た「行政監視院」構想を抱いていたが、実現していない。

具体的には会計検査院を米国GAO(会計検査院=Government Accountability Office)式の監視・検査権限を備えた独立機関に再編・強化するのだ。日本の会計検査院の独立性は日本国憲法で保障されている。憲法第90条には、こう書かれてある―「国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、(中略)検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない」
米GAOは2004年に、旧名のGeneral Accounting Officeを改称した。ベトナム戦争、ウォーターゲート事件などを経て行政への検査権限が拡大され、仕事の内容が変わってきた実態に合わせて変更したのだ。
日本の会計検査院は憲法と会計検査院法の規定により、内閣や国会にも属さない独立した機関とされている。ところが、この「完全独立性」が法律上強力な告発権限を持つのに行使しないという“事なかれ主義”を生んだ面がある。 例えば会計検査院法には、会計処理に際し職員に職務上の犯罪があると認めた時は、検察庁へ通告しなければならない、とある(第33条)。しかし会計検査院法が施行された1947年以来、実際の告発件数はわずか9件。それも52年を最後にこれまで60年間も告発ゼロが続いた。条文は事実上、死文と化しているのだ。

筆者は、せっかくの独立権限を生かし、議会の行政監視・調査機能を強化するためにも、新設する機関の名を「行政監視機関」(仮称)に改め、国会に付属させるべきと考える。米GAOは高い独立性を持ちながら連邦議会(国会)に付属し、その検査の約9割は議会からの検査要請に対応したものだ。GAOはこの検査対応で「83倍の費用対効果を上げている」と自己評価している。
注目すべきは、78年成立の法律で米GAOがカバーしていない省庁のプログラムや業務関連の「監査・捜査」を行う独立機関「監査総監室」(OIG=Office of Inspector General)が設置されたことだ。このOIGの長であるIGは57人に上る(2002年時点)。省庁の予算の使い方などの適否を直接チェックするのである。
米GAOに詳しい東信男・会計検査院審議官によれば、IG57人中29人は大統領が任命し、主に省と大規模行政機関に配置される。残り28人は検査対象となる行政機関の長が任命し、主に小規模な行政庁や連邦公社に配置されるが、当の行政機関の長によるIGの監査・捜査活動の妨害は禁じられているため、その独立性は高いという。
この57のOIGに計約1万2000人の職員が配置され、予算規模は13.6億ドル(2000年度予算ベース)。これに対しGAOの職員は約3300人、予算は4億ドル余り(01年度ベース)。つまり人員、予算ともにOIGがGAOを3倍強も上回っている。このことはOIGの省庁相手の予算チェック、不正捜査の方が、GAOの米議会の要請を受けた受け身型の検査よりも活動が盛んな実情を浮き彫りにしている。

このように米国ではGAOの分身であるOIGが、行政の本丸である省庁の予算の使途を監視し、捜査し、不正摘発や議会への勧告、報告書の提出を行う。日本の会計検査院に比べ権限や人員、予算が格段に強化され、行政ににらみを効かせているのだ。
解散・総選挙で誕生する次期政権は、真の行政改革に向け米GAO・OIGの日本版を考える必要がある。