■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第138章(差し替え版)
「脱官僚」非主流改革派が造反か/国民の失望と離反を招く菅政権
(2010年11月25日)
昨年九月、「脱官僚」を金看板に政権交代を果たした民主党政権が、変節した末についに衆院選マニフェスト(政権公約)の主要政策の実行を事実上、放棄することとなった。 政策実行の財源として期待された国の特別会計(特会)に対する事業仕分け第3弾で、「埋蔵金」を発掘し損なったためだ。
財務官僚が画策した「埋蔵借金」急浮上シナリオ
特別会計の積立金と剰余金(歳入から歳出を差し引いて残る余剰資金)に潜む埋蔵金の掘り起こしは、マニフェストを実行しようにもカネが足りない民主党政権にとって、最重要な課題だったはずだ。仕分けの準備段階で、民主党内には埋蔵金を取り崩し、一般財源化を求める声が強まった。元財務省主計局主査の玉木雄一郎衆院議員も、財務省所管の外国為替(外為)特会の積立金20兆円超をはじめ、財投資金(貸出残高200兆円超)を管理・運用する財政投融資特会にも切り込んでいく意気込みを示していた〈図表1 PDFファイル(各特別会計の積立金等の状況―「特別会計のはなし 平成22年版」出所:財務省)〉。
だが、結果は財務省の根回し通りに積立金の取り崩しは一切見送られた。とりわけ注目された外為特会について、仕分けの評決は「剰余金(積立金)の一般財源化へのルール作り」という、なんとも間の抜けたもので終わった。仕分け人らは同積立金が毎年取り崩され、一般財源に活用されているにもかかわらず、来年度予算に向け具体的な数字を要求することさえ遠慮したのだ。
いや、埋蔵金が出てこなかったばかりでない。新たに「埋蔵借金」なるものが掘り出されたのだ。特会の借金状況を強調してみせ、手品師のように埋蔵金のほうは隠してしまったのである。 特会が一般会計とは反対に、債務よりも資産が多い「資産超過」なのに、仕分け人らはこの事実に目をつぶったのである。
なぜ、こんなことになったのか。
話は仕分け前にさかのぼる。「埋蔵金」を新造語「埋蔵借金」に切り替えるシナリオ変更が、財務官僚によって画策され、密かに進行していったことは言うまでもない。
仕分け1週間前の10月20日、潮の流れが目に見えて変わる。
行政刷新会議の会合で、菅直人首相は特会の大胆廃止を指示したあとに、奇妙にもこう付け加えている。
「特会には埋蔵金ならぬ『埋蔵借金』があると指摘されている。それを含めて国のお金を国民に明らかにしてほしい」
同じ日、蓮舫行政刷新担当相は、事業仕分け開始に向けた記者会見でこう語った。「特に菅総理から強い指示を頂いていますのは、特別会計のフルオープン化・・・それは、隠れ資産である埋蔵金はもちろんなんですが、逆に隠れ借金である埋蔵借金も含めて、これまで向き合うことがなかなかなかった現実を直視していきたいと思っております」。
このように、事業仕分けの直前になって「埋蔵借金」が急浮上してきたのである。菅首相をはじめ政権中枢部は、いつのまにか考え方を変え、腰砕けになってしまっていたのだ。
「財源探しはこれで終わり」「次は借金返しの増税だ」
結局、今回の事業仕分けでも、第1弾、第2弾と同様、財務省の振り付け通りに財務省所管分はほぼ無傷で残った。仕分けのメスが容赦なく入れられたのは、他省庁所管分で財務省も問題点を指摘してきた個別事業に対してだった。
特会の事業仕分けには、財務省のメッセージが発信されている。そのメッセージとは、「財源探しはこれで終わった。次は国の過剰借金を返済するための増税だ」というものだ。
政府税制調査会はいま、来年度税制改正に向け、論議を進めている。具体的な改正項目には、財界の要望が強い法人税の5%引き下げ(実効税率約40%)や雇用促進税制、地球温暖化対策税、所得諸控除の廃止・縮小、富裕層に適用する最高税率(40%)の引き上げ、相続税見直し―などが並ぶ。しかし、税制調査会の最終とりまとめ後の結論は間違いなく「消費税を含む税制の抜本的見直し」である。
財務省は政権中枢部を揺さぶり、財源を捻出し消費増税を抑制するはずだった埋蔵金掘り起こしを簡単にあきらめさせ、逆に消費増税への道を開かせる陰謀を巧みに成功させたのである。
10月末に終わった事業仕分け第3弾前半は、「スーパー無駄遣い」として「廃止」と評決された社会資本整備事業特会(国土交通省所管)のスーパー堤防事業のように、個別事業の分野ではいくつかの見るべき成果を挙げた。だが、大局的に見れば、肝心要の財源の創出に失敗したばかりか、国民の不信をつのらせてしまった。これをみて国民の多くは「裏切られた」とか「マニフェストはいい加減な代物だった」と感じたに違いないからだ。
その後の菅内閣の支持率急落は、相次ぐ外交の不手際のせいだけでない。「脱官僚」から「親官僚」へと舵を切ったことが、国民の失望と離反を招いてしまったのだ。
「親官僚」政権派vs.「脱官僚」改革派/反小沢vs.小沢派 ― 反目は重層化
なぜ、民主党政権は多くの国民の期待を裏切り続けるのか。筆者の見るところ、小沢一郎元幹事長の「政治とカネ」ではなく、むしろ政権執行部に、大きな原因と責任とがある。主犯格はむろん菅首相と、いまや「陰の総理」と目される仙谷由人官房長官である。2人は政治家の職業病を患っているかに見える。すなわち、野にいる間は「民のための改革」を叫びながら、ひとたび政権を握ってしまえば、前のことはきれいさっぱり忘れてしまう、あの「職業病」である。
そうなると、民主党政権内は反小沢対小沢派の二層ではなく、さらに「親官僚」政権派と、これに与しない「脱官僚」改革派とが三層、四層になって混じり合い反目し合っていることが分かる。
これでは政権全体の統制が効かず、まとまらないのは当然といえるが、この混戦状態が長続きするとは考えにくい。
他方、日本の現状の行き詰まり感から見て、改革による「突破口」を求める国民からの圧力が、今後、政治にますます掛かってくることは、明白だろう。つまり、菅政権が有効な手を打てずに国民の支持率を下げ続けるようだと、みんなの党との連携を含め、民主党内の非主流改革派が造反を起こし、政局が一気に流動化する可能性が高まってくる。
そうなると、改革問題は再び正面からスポットライトを浴びて登場し、政治は本腰を入れて取り組まざるを得なくなろう。これまで試行錯誤を幾度も重ねながら解決にはほど遠かった天下りや公金のムダ遣い改革、天下りの仕組み自体を作っている国家公務員制度の改革が、重大かつ緊急課題として改めて蒸し返されることは間違いない。
「事業仕分け」はなるほど、隠されていた官製事業を国民の目の前に引き出す完全公開で追及した。この点で絶大な威力を発揮したが、財務省が主導したことで内容が偏った。仕分け人や仕分け対象法人の選定をみても、透明性と説得性を欠いた。特別会計仕分けをみても、仕分け人の学者らに埋蔵金を否認する早急な消費税引き上げ論者が目立つ。仕分け対象に決めた法人も、たとえば公益法人の場合、強大な電波利権を総務省官僚が握り、民間通信・放送業者を支配する電波産業会は、当初の仕分け計画に入っていたのに、なぜか最終選考で対象から外されている。
改革の本物志向が強まれば、事業仕分けの手法自体は今後も継承しつつ、仕分けの仕方や内容はさらに改善し、実効性のある、より高次のレベルに引き上げることになろう。現状のニッポン官僚政治は、社会の停滞をもたらす憂慮すべきものだが、ブレークスルーとなる大改革は遠からず必然、とみられるのである。
長妻前厚労相が「厚労省独法等整理合理化委」を立ち上げ
期せずして、行政改革に直接関与する機会が筆者に転がり込んだのは、今年9月初めのことだった。大臣就任後も「脱官僚」を貫き、仙谷官房長官に嫌われてこの直後に退任を余儀なくされる長妻昭厚労相が立ち上げた「厚生労働省独立行政法人(独法)・公益法人等整理合理化委員会」の委員(計8人)に指名されたのだ。
委員会の目的は、甘かった従来の“改革もどき”から歩を進めて天下り法人を「廃止、民営化、地方移管、統合」などに整理することである。大臣留任を信じた長妻氏の改革に取り組む本気度がじかに伝わってきた。喜んでお引き受けしたのは言うまでもない。
現在、座長を務め、11月末までに会議を六回重ねてきた。途中、細川律夫・新大臣の意向により(と事務局は説明した)、当初は来年明けに考えていた公益法人の検討スケジュールが短縮されたのと、問題独法の高齢・障害者雇用支援機構が国会への法案提出を理由に検討の対象外とされたことは、残念であった。同機構に対しては、天下り先の財団・雇用開発協会に天下りOBの人件費を織り込んだ委託契約を結んだ事実を問題視していたからだ。
ともあれ、今年の年末までにとりまとめ、結論を出す予定で、問題法人のヒアリングが目下、進行中だ。順調にいけば、独法などの問題法人の整理合理化案と1000近くある公益法人を“横串”にした改革案を答申できるだろう。会議は完全公開なので、誰もが傍聴できる。
この委員会レポートについては、いずれ詳細を語ることにして、今回は体験から得た貴重な教訓を読者にお伝えしよう。
それは、改革とは本来ラディカルなものだが、これを実現するためには法人や事業のあり方を先入観抜きで「ゼロベースで」見直さなければならない、ということである。ところが、この簡単にも思える「ゼロベースでの見直し」が、実は曲者なのである。
というのも、ある独法から事業内容を聞き取ろうとすれば、独法側は事業の中身とその意義について事細かく説明してくる。形式的な説明なので、そのまま素直に聞いていると「さも立派なことをやっている」ようにも思えてくる。だが、事業の実質に立ち入ってみると、中身は空虚だったり、見せかけだったりするのだ。だまされる場合、「ゼロベースで」見聞きしているのではなく、そのまま言い分を受容していつの間にか、官が積み上げた「既得権益事業」の土壌(既成事実)に上ってしまっているのである。
たとえば、独法の労働政策研究・研修機構が雇用保険資金を財源に実施してきた就職情報データベース事業「キャリアマトリックス」を見てみよう。独法側の説明では、これは学校現場の教師や就職を控えた学生から歓迎されているサイトのはずだが、仕分け人が試しに「力士」を検索したところ「日本相撲協会(のサイト)に行け」と出てくるだけのお粗末な代物だったことが分かった。
当然、今年4月に行われた独法対象の事業仕分け第2弾で、民間のデータベースに比べて劣るという理由で「廃止」評決となる。仕分け人がゼロベースで実験(検索)してみて「役に立たない」と評価したのだ。
ところが、特別会計に対する仕分け第3弾で、廃止決定されたこの事業が国の直営事業に移し替えられ、以前と同様に労働保険特会の資金を使って継続していることが判明する。今回の仕分け人の一人は「ゾンビとしてよみがえった。驚いた」と嘆息した。再び「廃止」が評決されたが、そもそも額面通りに受け取らない「ゼロベースでの見直し」がなかったならば、容易に独法側の言いなりになって予算のムダ遣いが続いていただろう。
官製事業であれ民間事業であれ、どんな事業にも、何らかの意義は認められる。要は「重要かつ優先度の高い事業」か、逆に予算を貪り食うだけの、天下りを養う事業かどうか、である。そして、これを見極めるには「ゼロベースで見直す視点」が欠かせない、ということだ。
もう一つの例に、国土交通省が進めたスーパー堤防事業が挙げられる。バブル経済さなかの1987年に始まった同事業の目的は「200年に一度の洪水被害」から、首都圏と近畿圏のゼロメートル住宅地帯を守ることとされた〈図表2 PDFファイル 「河川事業概要2007」出所:国交省〉。工事が難航したため、このままでは完成までにあと400年、費用も12兆円に膨らむとみられていた。
が、仕分けの席上、国交省の担当官は「10年や20年に一度の洪水被害からさえ守る堤防も、まだ十分に整備されていない」と、恐ろしい現状を認めたのだ。ゼロベースで見直せば、スーパー堤防事業の非現実性が浮かび上がり、「いま、そこにある危機」への対策こそ優先すべきであることが、はっきりしたのである。