■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第123章 「地域主権国家」に向け始動/「お国づくり事業」の仕組みを廃止

(2009年10月7日)

民主党新政権が仕事を開始した。総選挙の圧勝を受け、衆議院の議席の単独過半数を制した。そのマニフェスト(政権公約)のうち注目の一つは、「地域主権の確立」である。「明治維新以来続いた中央集権体制を抜本的に改め、『地域主権国家』へと転換する」とマニフェストにあるが、それが具体化に向けて動き出した。

直轄事業負担金制度が消滅へ

マニフェストに基づき、実現が確実になったのが、国が行う公共事業の費用負担を地方自治体に求める国の直轄事業負担金制度の廃止だ。これは、大阪府の橋下徹知事ら「物言う知事」に突き動かされた全国知事会が6月、総選挙に際し同負担金の廃止をマニフェストに掲げるよう求めた民主党への要請に応えたものだ。この負担金廃止で、地方は約1兆円に上る負担金がなくなる。
全国知事会や全国市長会など地方6団体は9月9日、民主党が公約した地方と国との協議の制度化に基づき、鳩山由紀夫代表に対し「協議を早期に開始してもらいたい」と申し入れている。知事会側が来年度から廃止を求めていた同負担金の約15%を占める「維持管理費」ばかりか、道路、河川関連の建設費を含む直轄事業負担金がすべて廃止となることが、原口一博総務相の新方針で決まった。
このことは何を意味するか?

答えは、1897(明治30)年に公布された砂防法に遡る直轄負担金制度がそっくり消滅することだ。ということは、1世紀以上も続いた「お上(中央省庁)のいいなり」に負担させられてきた国直轄公共事業の重荷からついに免れるわけである。新政権は負担金(09年度予算1兆260億円)をなくすのと引き換えに「地方交付税の減額は行わない」(マニフェスト)としているため、この負担金ゼロへの転換は危機にあえぐ地方財政にとって大きな朗報だ。

しかし、この地方負担金改革の衝撃は、単に“負担金のあるなし”に留まらない。それは文字通り「この国の形」を変えるのである。
その理由は、「お国づくりの事業」の仕組みが廃止となるからだ。法律で「国(所管省庁)の大臣が管理責任者として」明記され、その費用も原則として「管理者」が負担するとされてきた古くからの制度・慣行が葬られるのである。
道路法を例に挙げれば、国道の建設は国の直轄事業と位置付けられている。国土交通大臣を最高責任者に国交省が実施し、この事業に要する都道府県の費用割合も、同法で決められてきた。
都道府県の費用負担割合とは、国道の建設については3分の1、維持管理費については10分の1.5(45%)。一級河川やダム、港湾なども、同様の負担割合に決められている。

お上が当然のように主導し、地方が従ってきた直轄事業負担金制度は、しかし、過去に波乱がなかったわけではない。知事会側は既に半世紀前の1959(昭和34)年8月に制度の廃止を要求している。その文言は「制度の不合理を是正し、これを国の全責任において実施し、地方団体に対する負担を課さないこと」と毅然としていた。
「維持管理費」についても、1962(昭和37)年8月に、国に対し「建設大臣が自ら維持管理しており、都道府県はその内容について関与せず、経費のみ、その1/2(当時)を負担していることは、責任明確化の上から問題がある。管理者たる国が全額負担すること」と、全額負担の要求を突きつけている。都道府県管理施設の維持管理者については都道府県が負担しているのだから、国の全額負担は当然だ、という考えからだ。
しかし、これらの要求も「物言う知事」の不在から、いつしか“棚上げ”されてしまったのである。

「この国の形」の再編迫る

事態は、国土交通省と農林水産省が全国知事会の求めに応じて今年5月に開示した08年度分の「直轄事業負担金の内訳」から急展開する。人件費などの負担根拠が不透明だったり、地方が主体で行う国庫補助事業では認められていない国の職員の退職手当などを地方が負担させられていたことが分かったからだ。
橋下大阪府知事が国交省からの負担金請求書を「ぼったくりバー」と評した通りの「不明朗請求」が長年、行われていたことが判明する。以後、全国知事会による「見直しを強く求める(国への)アピール」、自公民三党へのマニフェストへの負担金制度改革要求へと発展していったのだ。

この地方への「不明朗請求」が続いた国の直轄公共事業には、負担金制度のほかにも永続させる「装置」が古くから組み込まれてあった。
一つは、5年間を軸とした長期計画(国交省は道路整備については「中期計画」と呼んでいる)で、長期事業計画の中に予算ごとビルトインしてしまうことだ。たとえば、5ヵ年計画を組んで閣議決定し、以後5年にわたり毎年度予算の支出を「決定事項」として “既成事実化”してしまうのである。

もう一つは、国交省や農水省のような公共事業官庁(両省で公共事業予算の約9割を占める)は、事業に必要な資金を自分たちが管理する特別会計(特会)から賄う仕組みにしていることだ。この“省庁の隠された金庫”を保有することで、巨額の事業資金の調達・支出が可能になる。
たとえば公共事業予算の約8割を差配する国交省の場合、社会資本整備事業特会で直轄事業の国側の負担分をすべて賄い、これを事業委託先の独立行政法人や公益法人向けに支出する。そして、これら補助金や委託費を受け取る法人は、通常、官庁OBの天下り先だ。さらに、そのほとんどの契約が、一般競争入札によらず指名で決まる随意契約である。
社会資本整備事業特会は、治水(設置1960年)、道路整備(1958年)、港湾整備(1961年)、空港整備(1970年)、都市開発資本融通(1966年)の公共事業関連5特会を統合し、2008年に設置されたものだ。
道路整備の場合、一般会計経由で同特会道路整備勘定に入るガソリン税(税収の4分の3)、自動車重量税、石油ガス税と道路整備勘定に直入されるガソリン税(税収の4分の1)などが事業の原資となる。
国交省は、毎年5兆円を超す資金規模の財源を使って、天下り先の独立行政法人「高速道路保有・債務返済機構」や、「道路保全技術センター」、「関東建設弘済会」、「民間都市開発推進機構」などの天下り先公益法人と組んで道路整備を進めるのである。

治水の場合には、歳入予算の7割を占める「一般会計からの繰り入れ」のカネを主な財源に、河川整備やダム建設、砂防事業に充てる。治水事業は、独立行政法人の「水資源機構」が推進する。同法人の現理事長は、ダム専門の技官OB。国交省旧東北地方建設局長から本省河川局長、事務次官(2002年就任)を経て天下った。
港湾整備も、歳入の7割が「一般会計からの繰り入れ」で、直轄事業の支出を賄う。
こうしてみると、「直轄事業負担金制度の廃止」とは、霞が関(中央集権行政)の解体にほかならない。

「出先機関廃止」の衝撃

もう一つ、民主党のマニフェストで重要なのが、「国の出先機関の原則廃止」だ。これには「国と地方の二重行政は排し、地方にできることは地方に委ねる」狙いがある。ムダ遣いの排除と地方への業務・権限委譲が目的だ。
国交省の場合、国直轄の国道や河川、ダム、空港などを整備・管理する出先機関の地方整備局は全国に8カ所ある。このほか北海道については同省北海道開発局が権限を握る。
他方、農水省は全国に7つの地方農政局を持ち、農業政策を実施する。沖縄県では公共事業・農政関連は、内閣府の出先である沖縄総合事務局が所管する。
新政権がこれら出先機関を廃止する場合、権限と税源移譲を伴う霞が関の解体と地方分権改革とが同時進行する。この点で、「出先機関廃止」は鳩山改革の柱の一つとなる重みがある。

効果の面からみると、その中でも優先して考えるべきは北海道開発局だ。職員は約6000人。これを業務・要員ごとに北海道庁に移管する是非が論議されるのは必至だ。
しかし、地方主権を確立するためには、権限と税源を霞が関から地方に移し替えれば事足りる話ではない。
出先機関を例にとると、その廃止で機能と要員の受け皿が必要となる。そうなると、当然、都道府県と市町村の役割再編に波及していく。
とどのつまり、霞が関解体再編・地方分権改革は、「この国の形」のデザインの描き直しを意味する。それは、国と地方の役割をどのようにするか、というグランドデザインが前提となる。

地方の住民サービスは、財政悪化に伴い低下する一方だ(図表1)。過疎化も止まらない。住民の立場からみて「以前よりもまずまずの生活は可能だし、住んでいて希望が持てる」という安心感と希望を持たせる自治行政が重要なのである(図表2)。
その意味で、民主党が設置を公約した「国と地方の協議の場」で国と地方の役割までしっかり協議し、役割分担を明確にした上でそれぞれが地方分権改革に取り組む必要がある。
いま、地方側から民主党の公約にあるガソリン税など自動車関連諸税の暫定税率の廃止に対し、「地方の財源が減るので反対」の声が高い。「三位一体改革」で2003-06年の間に計5.1兆円もの地方交付税が削減されたトラウマが、この不安心理をかき立てる。

新政権は、権限、財源を含む地方分権改革への考え方を明確に述べ、「この国の形」のグランドデザインをまとめる必要がある。
民主党のマニフェストでは、部分デザインに見るべきものはあるが、「この国の形」のグランドデザインが見えてこない。国から地方への「ひもつき補助金」を廃止し、地方が自由に使える「一括交付金」として交付する―という大いなる前進もあるが、地方自治のあるべき全体像があいまいなままなのである。
これを明確に描くデザイン作業が不可欠となる。大切なのは「住民自治」の視点だ。住民に密着した公共サービスを担う市町村の役割は重視しなければならない。都道府県は、市町村とも意見交換と協議の場を設ける必要がある。「住民自治」には、地方議会改革と住民の行政参画がことさら重要となる。「口利き」を超えて地方議会の質を高めると共に、住民の意思を吸い上げる仕組みをつくる。民主党が公約した、住民投票により民意を反映させる「住民投票法」の制定を実行に移す。

次に「住民自治」を原点に、自治体に権限と財源を付与もしくは創出する「形」を考えてみる。
すると、「広域行政」の道州制が浮かび上がる。
かつて民主党は2000年6月の衆院選の政権公約で、国のあるべき形を「全国を10程度の道州と1000程度の市に再編する」と、当時の鳩山代表が明快に述べていた。それが07年の参院選では小沢一郎代表の考えが押し出され、「国と300程度の基礎自治体」から成る二層制に方向を変えた経緯がある。

だが、ここで新政権は、再び「道州制の導入」に舵を切るべきではないか。より広域の自治体を創出することで自主財源を拡大し、自治力と疲弊した地域の活性化を実現できるとみられるからだ。
政府の地方分権改革推進委員会委員を務める露木順一・神奈川県開成町長は、こう語る―「改革に向け、住民目線に立ったコミュニティー、地方議会、広域行政の三点が大切になるだろう。国と地方のマクロの部分は、道州制導入論議へと踏み込まざるを得ないと思う。根本からの再編です」。
地方分権改革の序曲は終わり、幕がいよいよスルスルと開きだした。




<図表1>歳出に占める政策経費の推移
(注)金額は都道府県と市町村推計の合計。
平成18年度までは決算額、19、20年度は予算額を使用。
(出所:全国知事会)

<図表2>財政悪化に伴う行政サービス低下の事例
(出所:全国知事会)