■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第109章 主要案件はすべて先送り/改革意欲なき福田政権/後退する「独法改革」

(2008年2月4日)

  政府が昨年12月24日に閣議決定した独立行政法人(独法)の整理合理化計画は、官僚によって骨抜きにされ、主要な懸案をすべて先送りする後退色の濃い内容となった。福田康夫首相が渡辺喜美行革担当相の主張をことごとく退け、役所寄りを鮮明にしたのだ。
 計画で現在102法人ある独法を86法人に減らすこととなったが、これは旧来の行革手法「統合による数合わせ」に過ぎない。改革の焦点となった主要法人は首相裁定によって“ゾンビ法人”としていずれも息を吹き返した。「政権に改革意欲なし」が証明された形で、この国の改革が停滞することは必至となった。

「独法改革」の空疎な中身

  まずは独法の整理合理化計画の柱となるはずの「法人の廃止」についてみてみよう。 結論から言えば、組織ぐるみで官製談合に走った反社会的独法・緑資源機構が、昨年五月の事件発覚後に所管官庁の農林水産省によって「法人の廃止」を宣告され、今回改めて同機構の「廃止」が決まったほかは、法人規模、予算規模などからみて“取るに足らない2法人”が「廃止」の生けにえとされたに過ぎない。
 しかも緑資源機構は法人としてなくなっても、幹線林道整備などの主要事業は、農水省や同省所管の関係法人に引き継がれる。形(法人)は消えても実質(事業)は存続するわけだ。トカゲのしっぽ切りである。組織犯罪の温床となった「事業」のあり方を検証して不祥事が再発しないよう健全化する「改革」は置き去りにされた。農水省は事業の利権確保を優先した形だ。事業継承に関する納得のいく説明責任を同省は今もって果たしていない。

骨抜きの手口

 整理合理化計画には、至るところに官僚の抵抗と誘導を受け入れた痕跡が認められる。これまでの特殊法人改革の時よりも、露骨に骨抜きされている。主要な問題法人はもとより、比較的マイナーな法人に対しても官僚たちは福田政権の足元をみて次第に改革のサボタージュに大胆になっていった様子が見てとれる。
 例えば、補助金なしの自己収入でやっていける日本貿易保険(経済産業省)。「民営化」の要求をかわし、政府が100%出資する「特殊会社化」で決着したが、これでは役所の思うツボだ。これは言いかえれば、独法をやめて「特殊法人」にした、というに等しいからだ。
 役所にしてみれば、「特殊会社」のほうが一層、事業の自由度に恵まれ、所管官庁の監督も口出しもうるさくないから、やりやすいだろう。本省からの天下りも、独法に掛けられる「規制の網」から免れるため、悪びれずに堂々とできそうだ。
 一時は「民営化」が決まったかにみえた通関情報処理センター(財務省)も同様に、「特殊会社化」に後退した。海上災害防止センター(国土交通省)に至っては、行政代行的な機能を担う「指定法人化」となった。独法から、業務を行政から委託される公益法人に衣替えというわけである。
 「公益活動の活性化」を目指す新公益法人制度はことし12月に施行されるが、役所側は公益法人を依然、「官業の契約先・委託先兼天下り先」とみなしている実態が浮き彫りにされた格好だ。
 これをみても、福田内閣は改革を逆に後退させてしまったのである。この「福田式独法改革」のでたらめぶりと失敗の性質を浮き彫りにするために、独法問題の経緯をさかのぼってみてみよう。 今回の改革失敗の第一原因に、福田首相の「改革意志の欠如」があったことが分かる。

首相の「意志欠如」が失敗の真因

 独法の改革は、そもそも特殊法人改革の延長線上にあった。2000年12月に当時の森喜朗内閣が打ち出した行政改革大綱での特殊法人改革方針が 1. 法人の廃止 2. 民営化 3. それ以外は独立行政法人化 ― とされていたのだ。 この大綱に基づき内閣官房の行革推進本部事務局が、小泉純一郎政権下の2001年12月に特殊法人等整理合理化計画を策定し、特殊法人と認可法人計163法人のうち38法人(統合して36法人に)が独法化されたのだった。
 ところが、国の事業のスリム化と特殊法人改革を狙ったはずの独法に、国家公務員より高い給与や天下り、業務の随意契約問題など「第二の特殊法人」と化した実態が次第に明るみに出る。そして緑資源機構の官製談合事件を受け、安倍晋三前首相が昨年5月、渡辺行革担当相に対し独法の「ゼロベースでの」抜本的見直しを指示したのだ。
 だが、福田首相は終始、独法改革から腰が引けていた。率先して改革断行を指示することなく、渡辺行革相に各府省大臣との折衝を任せ、暗礁に乗り上げるや町村信孝官房長官に閣僚折衝を委ねた。そして最後は調整がつかなかった都市再生機構や住宅金融支援機構などの主要案件の決着を避け、先送りしてしまったのだ。  結果は、筆者が予想した通りとなった。役所が挙げて抵抗する行革は、首相が断固として陣頭指揮しなければ成功はおぼつかないからである。首相が肝心の改革への強い意志を欠いていたことに、改革失敗の真因があった。

手法も拙劣

 このように、首相の側に最大の失敗要因があったのだが、改革の手法にも大きな問題があった。
 「第二の特殊法人」と化した独法の経緯からみて、役所側が廃止・民営化を拒否するなら、各府省にまず「国として不可欠な事業」であることを自ら立証する挙証責任を果たさせることが先決となる。だが、そうしなかった結果、閣僚らは逆に「なぜ廃止・民営化なのか」と開き直ったのだ。
 さらに、独法の問題整理をして論理的に詰める手段を怠った手法上のミスも響いた。
 独法の問題は本来 1. 国の事業から分離・独立した法人(国立印刷局、造幣局、日本貿易保険など) 2. 旧特殊法人・認可法人(都市再生機構、住宅金融支援機構、雇用・能力開発機構など)の二大カテゴリーに区分けして対応すべきだったのだ。 旧特殊法人の多くは、既に01年12月の特殊法人等整理合理化計画で事業の「廃止もしくは民営化」を決定済みなのである。旧特殊法人グループは、問題の深刻度が早くから認定されていたのだ。したがって政府は、この旧特殊法人グループに対する改革を最前面に押し出すべきであった。 例えば、結論を3年後に先送りした都市再生機構(旧都市基盤整備公団)。01年12月の改革当時、政府は賃貸住宅事業については新規建設を禁ずる一方、管理については「可能な限り民間委託」を拡大するとし、法人の方向として「廃止」がしっかりと明記されていたのである。
 住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)も同様だ。証券化支援業務以外は「廃止」と決められていた。

“理論武装”なしで突進

  したがって福田内閣は、第二カテゴリー「旧特殊法人グループ」に対し、その前歴から「廃止もしくは民営化」を求め、「廃止」の選択肢として 1. 法人の廃止 2. 民間委託 3. 民間売却 4. 地方委託 ― を示すべきであった。これに対し役所側が「国として」不可欠な事業であることを立証できなければ、このどれかを受け入れなければならないと、迫るべきだったのだ。改革の優先度と重要度(影響度)からみても、事業規模の大きい旧特殊法人にターゲットを絞るのは当然だからである。
 他方、第一カテゴリー「国の事業から分離・独立した法人」は多種多様で、問題が多い旧特殊法人に比べ、いわば「グレーゾーン」にある。このグループに対しては、事業ごとに精査・評価したうえで、省庁側に前述の立証を求めなければならない。

 さらに、これら二大カテゴリーに属さない少数の例外的な「第三の独法」がある。道路公団民営化に伴い道路資産と借金を管理する日本高速道路保有・債務返済機構や全国146ある旧国立病院を管理・運営する国立病院機構、鉄道建設や鉄道各社への助成、船舶の建造、旧国鉄の清算事業などを複合的に行う鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)だ。これらの独法に対しては、特殊な事業を個別評価して措置する必要があろう。 鉄道・運輸機構の場合、多様な事業形態は特殊法人時代に前身の事業団や公団が統合された歴史から来ている。そこで、収益力のある鉄道建設事業(06年度純利益14億円)と、船舶建造事業(同73億円)は「民営化」、赤字の研究開発事業は「廃止」、旧国鉄精算事業は「民間委託」などと、事業ごとに対処しなければならないだろう。
 しかし、渡辺行革相の攻め方は“理論武装”を一切省略して突進した感がある。交渉相手(閣僚)は身構え、鎧を着て頑なに突っぱった。渡辺氏は論理的な説得力を欠いたまま、一本調子かつ強引に過ぎたのだ。

「福田式改革」の負の遺産

 こうしてみると、実質的な成果は、独法の事業評価が甘い役所ごとの評価体制を改め、内閣に一元的な評価機構を設ける措置くらいしか見当たらない。しかし、これさえも舌足らずで、“踏み込み不足”だ。福田内閣の「やる気のなさ」が、官僚の作文に反映して、焦点がぼやけているのである。
 とどのつまり、整理合理化計画は抜本改革を先送りした貧弱なマイナーチェンジに終わった。
 「福田式独法改革」が将来世代に与える「負の遺産」は小さくない。先に冒頭で「改革停滞」の必然を書いたが、実態はもっと深刻だろう。  政権交代がなく現政権が続く限り、官僚たちは安眠できるばかりでない。規制撤廃や公務員制度改革をはじめ、今問われているさまざまな改革局面で妨害工作を活発化させ、改革の骨抜きを再び狙って暗躍することだろう。「構造改革」を金看板にした小泉純一郎政権時でさえ、官僚は万事、道路公団改革のように改革ふうに演出しながら、実質は官僚に都合のいい「エセ改革」に仕上げてきた。

 2007年の国内問題の最大の特徴は、年金をはじめとする「行政の失態」であった。「消えた年金」に始まり、緑資源機構事件、守屋武昌・前防衛次官の収賄罪起訴、建築基準法改正に際し、国交省の準備不足による「官製住宅建築不況」、さらに年末に再び年金記録問題―と続いた行政の失態・不祥事は、国民の行政不信を絶望的に深めた。
 ところが、安倍首相の「政権放り投げ」を受けて誕生した福田首相は「改革」を継承する、と公約したのに、改革どころかこれに逆行して官僚に寄り添い骨抜きにする「政治の姿」を国民にみせたのだ。
 日本の若者たちは、この政治の主流派の「ニセ改革づくり」をどうみることか。流行りの偽装食品よりも遙かにたちの悪い「偽装」が、「改革」の名のもとに政治の支配者の手で公然と、堂々とまかり通る。これを知った時、若者たちはどのような思いを抱いて反応するだろうか。