■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第102章 「天下り日本」を変えるのは政府案か、民主党案か

(2007年6月6日)

   政府・与党が今国会に提出した国家公務員法改正案が、これに対抗する民主党案と並んで衆議院内閣委員会で審議されている。双方とも国家公務員の天下り(再就職)規制が柱だが、その内容は全く対照的だ。両法案を徹底比較してみた。

  天下り規制をめぐる現状と政府案、民主党案のそれぞれのポイントは〈表〉の通りだ。現在は「人事院の承認を得ずに離職後2年間は離職前5年間に在職していた官庁と密接な関係にあった民間営利企業の職務に就いてはならない」とする事前規制が行われている。だが、各府省庁と密接な関係にある公益法人、独立行政法人、特殊法人など非営利法人については規制がないため、これらの法人には毎年、多数の公務員が天下っている。
 天下り先の9割弱はこうした非営利法人で、衆議院調査局の調査(2006年4月時点)によれば、約4600法人に計2万8000人弱の元国家公務員が在籍している。これらの法人には“見返り”に、補助金や業務契約などの形で6兆円近い税金が政府から交付されている。
  また、離職後2年で規制が解除されるため、非営利法人に天下った元公務員の多くは、2年後には府省庁のあっせんで、民間企業に「渡り」と呼ばれる第2の天下りをする。

政府案では企業への天下りも“解禁”

  こうした多数の天下りを生み出しているのが、府省庁の企画官ポスト(準課長)以上の幹部職員についての「早期退職(勧奨)慣行」(肩たたき)だ。これは、幹部職員が40代後半から順次“間引き”され、50代に“出世頭”がトップの事務次官に上りつめる際には、他の同期生はすべてが天下りで職場を去る、という慣行である(外務省、法務省では一部例外がある)。この慣行によって、年間1200人超分の天下り先が必要とされてきたのである。
 こうした現状に対し、政府案の特色は主に3つある。
  その第1は、天下りの“元凶”ともいえる早期退職慣行の温存である。この慣行がある限り、毎年多数の早期退職者が再就職先を必要とし続ける状況は変わらない。病気の根本原因は放っておいて、症状のみコントロールしよう、というようなものだ。
  第2は、府省庁ごとに天下りをあっせんする現行のシステムをやめ、内閣府で一元的にあっせんを行うという点だ。そのため、内閣府に新人材バンク「官民人材交流センター」(以下「センター」)を設置する。この案をめぐる政府・与党合意によれば、センターの職員が出身府省庁の職員の再就職あっせんを行うことを禁じ、再就職先の公表など業務の透明化を図るという。
  第3は、天下り規制を「事前規制」から「事後規制」に変更することだ。現行の「人事院の事前承認制」を撤廃し、それに代わって「公務員OBによる働きかけ行為を退職後2年間は禁止」する。そして、それが守られているかどうかを、事後に外部監視機関がチェックする。これはすなわち、府省庁と密接な関係のある民間企業への天下りの、事実上の「解禁」を意味する。センターは、従来の天下り先である非営利法人に加え、民間企業に対しても早期退職者の受け入れを働きかけるようになるだろう。
  また、政府・与党合意によれば、センターは「退職勧奨を行う(各省の)人事当局からの依頼も受け付ける」という。これは、各省が確保している「指定席」型の天下り要求が通るように道が作られたことを意味する。政府・与党合意文書には、この点を確認するかのように、次の文言が盛り込まれている。「センター職員は人事当局等と必要に応じて協力するものとする」。各府省庁の人事担当(官房長や秘書課)との協力は、一見、当然にみえるが、実質は、従来型の「各省主導の天下り」に、「内閣総理大臣」の責任の下での一元的天下りが取って代わることにほかならない。

早期退職慣行を禁止する民主党案

  対する民主党案はどんな内容か。
  その特色の第1は、「早期退職慣行」の禁止だ。これを禁止すれば、幹部職員も定年(原則として60歳)まで働くケースが増えるだろう。早期退職も自己決定での退職となるため、当局が天下り先の面倒をみる必要はなくなる。つまり、天下りが劇的に縮小する。
  必要のないことはやらなくていい、ということで、特色の第2は、政府による天下りあっせんの全面禁止だ。当然ながら、「人材バンク」など政府のあっせん機関の新設は問題外である。
  第3は、政府案が撤廃する事前規制を、逆に強化することだ。現行の事前規制をもとに、規制の対象と期間を拡大するのである。現行の事前規制は、「離職前5年間に在職していた官庁と密接な関係にあった民間営利企業」が対象だが、これに非営利法人も加えている。長年続いてきた公益法人などへの大量の天下りが、これで息の根を止められる。天下り禁止期間も、現行の2年間から5年間に拡大する。
  さらに、独立行政法人と特殊法人の職員に対しても、関係営利企業への天下りを2年間禁止。地方公務員についても、関係営利企業への天下りを5年間禁止するという。
  事後規制についても、退職した職員による働きかけ行為の禁止期間が、政府案の2年間に対し、10年間と非常に厳しくなっている。
  まさに、徹底した天下り規制法案というほかはないだろう。

 以上、2つの法案を比較検討してみると、政府案の弱点が目立つ。少なくとも運用の仕方によっては、天下りを規制するどころか「自由化」してしまう恐れさえある。この法案が実現した暁には、人材バンクの実際の運用や、外部監視機関の活動を、詳細にチェックしていく必要が生じるだろう。
 もちろん、民主党案にも課題はある。天下りに急ブレーキをかけるのはいいが、それを実行すれば、従来は早期退職していた職員の多くが定年まで職場に残ることになる。人件費などの行政コスト増を抑え、彼らの能力を生かして行政サービスを改善を図るため、公務員制度の全体像を明確に描き上げる必要がある。

 筆者は、早期退職慣行を廃止して大量天下りの根を絶つのは当然だが、それとともに、大量に出てくるであろう自主的な早期退職希望者に対しては、第3者機関である人事院が、希望者の職務権限の対象外だった民間企業や教育・研究機関などに再就職をあっせんするオープンな仕組みを作ることが現実的ではないかと考えている。各府省庁は退職希望者の人事・キャリア情報を人事院に提供し、人事院はそれをデータベース化して、民間の人材要求に応えるのである。
 これと並行して、一度の採用試験で幹部職員と一般職員を明確に区別している現在の公務員制度を見直し、専門職位制度を設けて年功序列型から能力・実績給体系に切り替えるなど、全面的な制度設計も行うべきだろう。
 いずれにせよ、公務員制度改革のそもそもの出発点には、「天下り装置の解体」があるべきだ。それこそが、日本の「官僚社会」が「民」が主体となって自己決定できる社会へ進化するために、「通らねばならない道」だからである。




〈表〉天下り規制2案のポイント
現状
・早期退職慣行により40〜50代で次々退職
・府省庁ごとに天下りをあっせん
・事前規制:離職前5年間に在籍していた官庁と密接な関係にある民間営利企業への天下り禁止(2年間)
(非営利法人については規制なし → 公益法人、独立行政法人、特殊法人に天下り多数。2年後は民間企業に第2の天下り)
政府案
民主党案
・早期退職慣行を維持 ・早期退職慣行を禁止
・府省庁ごとの天下りあっせんは禁じ、内閣府「人材バンク」で一元的にあっせん ・政府による天下りあっせんを全面禁止
・事前規制:撤廃 ・事前規制:強化(営利企業だけでなく公益法人など非営利法人への天下りも禁止(5年間))
・事後規制:退職後2年間、出身府省庁への働きかけ行為禁止(外部監視機関がチェック) ・事後規制:退職後10年間、出身府省庁への働きかけ行為禁止
(注)民主党案ではこのほか、地方公務員の天下り規制、特殊法人・独立行政法人職員の天下り規制なども打ち出している
(出所)筆者作成