■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
短期集中連載(全4回)「来襲した地球温暖化」(4)

 トランプとグリーンランドの一致点/北極圏資源開発に挑む愚かな人々

( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)2月号所収)

(2017年1月30日)

(3)から続く

「地球温暖化はでっち上げ」 トランプ大統領と懐疑派3人

パリ協定の発効で国際的な地球温暖化対策が始動したが、CO2の排出大国、アメリカでこれを骨抜きにする政治的な動きが早くも表面化してきた。 大統領選で「地球温暖化はでっちあげ」と発言したトランプ氏は、1月20日に発足する新政権の閣僚に、排出規制に批判的な地球温暖化懐疑派を相次ぎ指名した。
なかでも環境面で悪影響を及ぼしそうな大物が3人いる。うち2人は石油やシェールオイル、ガスを大規模に生産するテキサス州やオクラホマ州で要職を務め、もう1人は国際石油資本の最高経営責任者(CEO)だ。いずれも化石燃料業界の利権擁護者とみられている。
その1人が、地球温暖化と正面から戦わなければならない環境保護局(EPA)長官に指名されたオクラホマ州司法長官のスコット・プルイット氏(48歳)。オバマ政権の化石燃料開発の規制方針に激しく抵抗し、当のEPAを相手に法廷闘争を繰り返した。
特に有名なのは、オバマ前大統領の策定した温暖化ガス排出削減策「クリーン・パワー・プラン(CPP)」の施行を阻止しようとEPAを相手取って他の23州と共に起こした訴訟だ。 オクラホマ州の電力会社を代理して石炭火力発電規制を不当だとしてEPAを訴えたケースもある。
「地球温暖化は排出ガスのせいではない」と主張し、化石燃料開発の規制緩和を推進しようとした。石油・ガス関連の巨大企業の代弁者で、同州最大の「デヴォン・エナジー」と特に関係が深い、とされる。 プルイット氏が石油・ガス関連企業から受け取った寄付は約32万5千ドル(約3800万円)に上る、とも報じられた。

エネルギー省長官に指名されたリック・ペリー氏(66歳)も、温暖化対策に逆行しそうだ。エネルギー省はEPAと共に石炭火力発電所規制などを担当するが、石油、シェールオイル・ガスの大生産地、テキサス州知事として、ペリー氏は化石燃料の採掘を熱心に推進してきたからだ。 オバマ政権時代には、再生可能エネルギーの拡大に取り組むエネルギー省の廃止を主張した。
ペリー氏の知事在任は2000年から2015年まで同州知事で最長の15年に及んだ。先の大統領選では共和党候補として立候補し、トランプ氏に敗れたが、トランプ氏から政治力を買われた。
また、ペリー氏はノースダコタ州からイリノイ州までをつなぐ石油パイプライン「ダコタ・アクセス・パイプライン」の建設に関わる石油パイプライン会社「エナジー・トランスファー・パートナーズ」の取締役にも就いている。 このパイプライン建設計画は、水源汚染を防ごうとするノースダコタの先住民のスー族の反対運動から、米陸軍省によって2016年12月に認可が取り消され、ルート変更を余儀なくされた。だが、トランプ氏はパイプラインを完成させたい意向と伝えられる。

そしてもう1人、閣僚の最重要ポストの国務長官に指名されたレックス・ティラーソン氏(64歳)。 世界規模の米石油会社、エクソンモービルの会長兼CEOで、ロシアのプーチン大統領と20年以上親交があることで知られる。
CEO就任は2006年。以来、同社はロシアやカタールなどで事業を拡大させ、手掛ける石油・ガス開発は150カ国に上る。 トランプ氏はティラーソン氏を指名した理由についてツィッターで「さまざまな外国政府を相手に交渉を成功させた実績」を強調したが、その狙いは冷えきった米ロ関係の改善にある。 ティラーソン氏はロシアの国営石油会社ロスネフチと5000億ドル(約56.5兆円)の北極海・黒海開発の合弁事業を行い、プーチン大統領から2013年、ロシアに貢献した外国人に贈る「友情勲章」を授与された。
もちろん地球温暖化に対しては懐疑派だ。温室効果ガスの影響について「どの程度か分からず、したがって何が出来るかがまだはっきりしていない」「世界は好きか嫌いかはともかく、化石燃料を使い続けなければならないだろう」と言い切る。 ティラーソン氏が温暖化ガスの排出規制より、41年勤めた石油・ガス産業の振興を優先させるのは明らかだろう。
そのエクソンモービルは、埋蔵資源が豊富な北極での石油掘削を2014年から進めた。ティラーソン氏がロシアと契約を結び、カラ海(北シベリア沖)で掘削を始めた。 ウクライナ危機で同年9月に事業停止に追い込まれたが、ロシア政府から特別な停止猶予期間を与えられ、その結果、翌10月には新油田を発見している。 もっとも、ロシアによる2014年のクリミア併合に対する米国の経済制裁で現在は凍結状態だ。ティラーソン新国務長官が、この事態にどう対応していくか、注目される。

オバマが禁止した北極開発 トランプはパリ協定を実質離脱か

トランプ次期政権の地球温暖化対策逆行を見越して、オバマ米政権は残り任期1カ月前の12月20日、思い切った手を打った。 北極海の米管轄海域で石油と天然ガスの新規掘削を無期限に禁止する決定を下したのだ。カナダも歩調を合わせ同日、北極海の同国管轄海域で石油と天然ガスの開発を5年間凍結すると発表した。
オバマ大統領は声明で「これらの行動はカナダの同様の行動と共に、地球上の他の地域とは異なる、繊細でユニークな北極圏の生態系を保護する」と、規制の意義を強調した。 規制根拠は、1953年成立の大陸棚法だ。次期政権が規制を覆すには新たな立法が必要となり、簡単には取り消せない。
声明ではさらに「2015年時点で米国の沖合原油生産のうち北極圏産は0.1%に過ぎず、現行の石油価格水準では北極圏の大幅な生産増は起こらない見通しだ」とし、北極圏の米、カナダ管轄海域の環境保全を保証した。 その目的について「米国と国際社会が連携する、化石燃料から脱却するエネルギーシステムへの移行を図る次の数十年への一貫した足どりだ。(放置すれば)炭素排出の減少を目指す国際社会の予定表である今世紀半ば頃に、北極圏での大規模な原油掘削が起こるだろうからだ」と明確に述べた。

オバマ大統領の決断に環境活動家は「信じがたい季節の贈り物」と称賛する。米環境保護有権者連盟のジーン・カーピンスキ会長は「汚れなき北極の海に原油が漏出すれば、そこに住む生物と人間の生活を荒廃させてしまう」と喜ぶ。
果たしてトランプ大統領は選挙戦で表明した通り、地球温暖化問題を否認しパリ協定から離脱することになるのか。たとえ議会の反対があっても、大統領権限で協定から離脱すること自体は可能だ。
ただ、その場合、協定により最速でも「離脱は通告から3年後」で、正式離脱はおそらく4年後となる。しかも、パリ協定は国際社会が地球温暖化の科学的検証を経て決めた対策の国際的な枠組み条約であり、米国の一方的な離脱強行は考えにくい。
となると、温室効果ガスの削減目標が「努力目標」であることから、オバマ政権が決めた目標の無視や引き下げ、あるいは先送りの形で実質的な離脱を行う懸念が高まる。 しかし、アメリカのCO2の排出量は中国に次ぐ世界ワースト2位の(2014年の排出シェア18%)である。そのアメリカがパリ協定を骨抜きにすることになれば、地球環境が破局的段階を迎えるのは必至だ。

ノルウェーも北極開発 環境保全の憲法に違反か

現実に気候変動は北極圏の環境を急変させている。温暖化対策は待ったなしの状況だ。 2016年の北極圏はついに観測史上もっとも温暖になった。4月から9月にかけ氷は融け、天候は一層不順になった。 2016年の北極海の海氷は、最も増える冬期の2月に、1396万平方キロメートルと過去最小面積を観測。さらに11月には、これまでの最小だった2012年を下回る908万平方キロメートルと観測史上最小記録を更新した。 定点観測に当たった全米雪氷データセンター(NSIDC)の気候学者は「いつもなら11月初めに氷が張るのに、今回は氷が見当たらない」と首をかしげる。
2005年以降、減少著しい北極海の氷は、これまでになく小さく、薄くなった(図表1)。温暖化の影響で、2016年は世界各地で異常気象が頻発した。 気象庁によると、ある場所で30年に1回以下の稀な頻度で発生する現象を指す「異常気象」は、世界の主なものだけで11月までに計30件にも上った(図表2)。 とりわけ低緯度地域で年間を通じて異常高温が続いた。3月から5月のインドを襲った熱波は、580人以上の命を奪った。

こうした中、トランプ政権と並んで懸念されるのは、ロシアやグリーンランド、ノルウェーの北極海域(図表3)での石油掘削の動きだ。 ロシアが米エクソンモービルを巻き込んだカラ海での石油開発プロジェクトは先述した。だが、温暖化対策が進んでいるはずのノルウェーでも、パリ協定に署名した数カ月後、同国管轄海域のバレンツ海で国際石油会社に開発ライセンスを競争入札で供与する計画が判明した。
元NASAの気候学者で環境活動家のジェイムズ・ハンセン氏は2016年10月、ソルバーグ・ノルウェー首相に宛てた抗議の公開書簡をインターネットで公表した。 「ノルウェー政府は2016年、石油開発ライセンスの供与枠を従来枠より倍増して開発の推進を決め、環境保護のリーダーシップを自ら放棄した。その決定はパリ協定に署名後のことで、ノルウェーはわれわれの時代の道徳的使命に反しリップサービスをしていたのだ」と。
さらにライセンス供与の政策はノルウェーの憲法112条に違反する、とも指摘する。その条項には「すべての人は、健康および生産性と多様性が保全される自然環境を備える社会的環境を享受する権利を有する」「市民は自然環境の状態に関する情報を得る権利があり、計画されたり実行される自然侵食のいかなる結果に関しても知る権利がある」などと謳われている。
ハンセン氏は書簡の最後に、「ノルウェー市民に北極海石油開発の愚かさを伝えるためにベストを尽くす」と明言した。同氏は急速な温暖化を防ぐには、石炭、タールサンド(油砂)、北極海石油の3つには手をつけてはならない、と主張する。

グリーンランドに温暖化景気 デンマークからの独立運動も

もう一つ、急浮上してきた皮肉とも言える問題が、温暖化で氷床・氷河の融解が進むグリーンランドだ。氷河が後退すると共に金、ダイヤモンド、ルビー、モリブデン、亜鉛、ウランなどの鉱床が次々に現れてきたからだ。
ルポルタージュ『Windfall』(邦訳『地球を「売り物」にする人たち』)を著した米ジャーナリスト、マッケンジー・ファンク氏によると、グリーンランドは独立国家になるかもしれない、という。 グリーンランドは1933年にデンマーク領となり、現在は自治政府が置かれる。人口は約5万7000人。その9割はイヌイットなどの先住民で、残り1割は主にデンマークからの移住者だ。島の8割強は氷床に覆われ、住民は西海岸に集中している。
2008年にデンマークと採択した「北極戦略2011―2020」でも、気候変動により北極に巨大な経済的機会が開かれつつあり、今後数十年にわたって北極圏における「多面的なブーム」が期待できる、とし、ともに挑戦していくことで合意している。
デンマークとの協定で、グリーンランドは鉱物資源収入を最初の1500万ドル(約17億1000万円)の取り分を除いてデンマークと折半する決まりになっている。石油・ガス資源に加え、鉱物資源の莫大な収入も当てにできる。

すでに温暖化でタラ、ニシン、オヒョウなど貴重な漁業資源も北上し、グリーンランド周辺に移って来て、先住民の漁業生活を潤すようになった。 グリーンランドの氷床は170万立方キロメートルに及ぶとの推定もあり、融ける氷を「水ビジネス」に活用する計画も浮上してきた。南部では農業も始まった。地球温暖化は、グリーンランドには信じがたい恩恵をもたらしつつあるのだ。
自治政府や地元住民からは「デンマークから独立を買い取ろう」という主張が、勢いを増してきた。この先住民の独立運動を支持するのがアメリカの多国籍企業だ。資源開発を存分に進めるには、デンマーク政府よりもイヌイットの方が扱いやすい、と考えているようだ。
地球温暖化は、その途方もない影響ゆえに、都市の水没や地球の生態系の危機と同時に、巨大な経済的政治的利権や地政学的変動をも生み出そうとしている。■





(図表1) 2016年の最小面積となった9月7日の北極海の海氷分布
出典: ウェザーニューズ社

(図表2) 2016年に発生した主な異常気象・気象災害
出典: 気象庁

(図表3) 北極地図
出典: 国立極地研究所