■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
<番外篇>リッチとプアだけ、消えたミドルクラス/ トランプ政権下で一変した国民生活
(2019年8月28日) ( 月刊誌『NEW LEADER』(はあと出版)9月号所収)
トランプ米大統領が就任後2年半―。米経済はいま一見好調だが、その果実は庶民には行き渡らず、超格差社会は深刻さを増す。 ニューヨークでは仕事は持つが家を持てずに路上やシェルター(避難所)で暮らすワーキング・ホームレス(Working homeless)が急増する。トランプ政権下、米国民の生活の風景を追った。
急増するワーキング・ホームレス
(写真1) 観光客らで賑わうニューヨークのタイムズ・スクウェア <筆者撮影>
筆者は7月の暑い昼、ニューヨーク・マンハッタンの繁華街の中心、タイムズ・スクウェア周辺を歩き回っていた(写真1)。ホームレスの話を聞くためだ。集まっていると聞いた七番街42ストリートに入る。1ブロックの間に5人ものホームレスを数えた。何人かは、ドラッグか大酒を飲んだせいか、寝ていたり空ろな表情でブツブツとつぶやいている。
なかから小ぎれいな身なりで、あご髭を蓄えた30代ふうの男を選んだ。男は「ホームレス。すべてを失った。なんであれ助かります。神の祝福を」と書いた紙切れを前に置いて頭を垂れている。男は38歳でホームレス歴4カ月。寒い春はパブリック・シェルターに、普段は公園に寝泊まりしている。
―なぜ、路上生活なの?
「(ここの)鉄道会社に勤めていたが、アルコールで問題を起こして逮捕され、会社をクビになった。仕事はなんでもいいが、決まらない。ニューヨークは生活費が高すぎてやっていけなくなり、こうしている」
―米国経済は、よくなったと聞くが。 「とんでもない。この国は今ではリッチとプアだけだ。ミドルクラス(中間階級)は、もういなくなった」
もう1人のホームレスも、こざっぱりした身なりとインテリ風の風貌だ。まだ30歳で、ホームレス歴は3カ月。勤めていたスーパーが閉鎖され、以後定職が見つからない。パートで見つける仕事で食いつなぐワーキング・ホームレスだ。近くのシェルターに居住する。米国経済について問うと―
「経済だって? 恵まれた一部の者にとってはたしかにいい。が、そうでない者にとっては全然よくない」
米国の経済統計指標は、つい最近まで絶好調に近い景気拡大を示してきた。経済成長が弾みを付け、インフレ率は低く、失業率はこのほぼ半世紀で最低のレベルに達した(6月は3.7%)。「米国経済は強い。ほとんどよすぎるほどだ」。(ジェローム・パウエルFRB(米連邦準備制度理事会=中央銀行に相当)議長は、2018年の多くの公式会合で、このような見解を表明した。
しかしいま、市民の間に「米国の経済は統計上はよくなっているが、実際は一般の生活はむしろ悪く、厳しくなっている」との声が多い。なるほどGDPは成長し、個人所得は平均値で見れば上がっている。しかしそれは全体の豊かさを意味しない。富の二極化が一段と進み、一部の富裕層はかなり豊かになったが、残りの大半は経済成長の果実を受け取らずに取り残されている、との見立てだ。
事実、中産階級の多くの家庭が所得を減らし、みるみる経済力を失った。米国の経済・社会を支えてきた中間層は、縮小してきたのだ。
米国経済の異様な姿 1パーセントが国民所得の2割を占める
「強い経済の恩恵、すべての米国人に行き渡らず」―こんな見出しの経済記事が、米紙ワシントン・ポストに掲載された(2018年12月13日付)。筆者のヘザー・ロング氏は、富の二極化が進む米経済の異様な姿をいくつかの実例を挙げて示した。
- 10人中4人の大人が、400ドルの緊急出費を賄う貯金がない。
- ギャロップ世論調査で45%の米国人は、自分の経済状況を「十分にはよくない」か「貧しい」と答えている。
- 約4800万人が、フルタイムの正規雇用を求めているものの実現せず、パートタイム労働を余儀なくされている。
- 男25〜54歳の働く比率は89%で、リーマンショック前好況時の2007年11月の90.6%よりも低い。
- 低所得者向け「ドルストア」(日本の100円ショップ)は2011年以来2万店から3万店に増加。
- 賃金もいくつかの基幹部門で上がらない。実質平均週給は、輸送部門や管理・維持業務でここ1年に若干下落。
- 自殺率は上昇し、全米で毎日平均129人が自殺。中年男性の増加が著しい。自殺は1999年以来、ネバダ州を除きすべての州で増えている。
記事は、問題の多くが2000年になって間もなく現れた、と指摘した。なかには雇用関連のように不況時よりも悪化している指標もあり、景気循環から生じる問題とは言い難い。問題のほとんどは、構造的であって循環的な性質のものではないと強調する。
一見繁栄する米経済の最下層に広がるのが、55万人以上に達するホームレスだ。その数は7年にわたり低下したあと、2016年から増え続ける。米経済誌フォーブスによると、2018年は全米国人の1万人のうち17人が最低1日はホームレスだったという。
ホームレスの約半数は五つの州が占め、カリフォルニア州、ニューヨーク州、フロリダ州、テキサス州の順に多い。うち65%がシェルターに居住する。市レベルでは、最多がニューヨークで約8万人、次いでロサンゼルスの約5万人、シアトル約1万人と続く。シェルターに居住しない人の割合が最も高いのは、ロサンゼルスで75%、最も低いのはニューヨークの5%。
状況が悪化しているロサンゼルスの場合、この1年でホームレスは移民の流入などで16%増えた。大半がテントを張ったり自家用車に寝泊まりする。市は寝泊まり用の場所を提供し、フェンスで囲うが、ビジネスや観光に支障を来たしている。
米国の貧富の二極化は、止まらない。仏経済学者のトマ・ピケティらが編集する「世界不平等報告2018」。それによると、米国の富裕層のトップ1%の所得は全米国民所得のなんと2割余りを占める。1980年当時は11%弱だったから、ほぼ倍増したことになる(図1)。納税者のトップ0.1%、約17万世帯が米国の富の20%を占める、という別の調査報告もある。
(図1) 米国の所得トップ1%が米国民所得に占める比率の推移
出所: World Inequality Report 2018
米国のリッチの生活ぶりは、どんなか。筆者は幸いリッチに属する米企業経営者の友人から招かれ、ワシントン郊外にある彼の邸宅に泊まりがけで訪れた。彼は特許コンサルタント事業に成功を収めた50歳そこそこの実業家。知的な妻と小学生の2人の息子に恵まれ、日本をはじめ海外を精力的に飛び回る国際的ビジネスマンだ。
彼の邸宅は、米国のリッチな家と同様の静かな高級住宅地に樹木と芝に囲まれた広い敷地に立つ。豪邸には1年前に水泳プールとジャグジー付き風呂を造り、一家で楽しむ。地下室にはトレーニングルームを設け、3台のITマシンで汗を流す。
とりわけ驚いたのは、客間の寝室に備えられた最新版“ネットTV”の巨大スクリーン。アマゾンのアプリで、大画面いっぱいにテレビや映画、ビデオ、ユーチューブを映し出せる(写真2)。音声ボタンを押して「アレクサ」と声をかけ「明日の天気は?」と聞くと、晴れマークと気温の最高と最低値が時刻別に画面に現れた。
これが米国の恵まれたニューリッチの最新式の生活様式なのだろう。米国社会の超格差状況を、垣間見た思いだった。
(写真2) リッチな邸宅に備わる“ネットTV”。テレビやユーチューブ、映画、コンサートなどにアクセスできる <筆者撮影>
画期的な勢いで加速する健康志向 伸びるアレルギー対応食、日本食
もう一つ、米国で急激に変わってきた風景は、食生活である。健康志向が画期的な勢いで加速しているのだ。ニューヨークでは、1年前まではなかった有機食材や増える一方の小麦アレルギーに対応する食品を並べた大型専用棚を、一般の大手スーパーが設けるようになった。
健康志向食品の長年の課題だった「おいしさの追求」。米企業の研究努力が実っておいしさが実現したことや、健康志向の広がりによる増産で価格が安くなったことが、盛んな勢いの背景にある。
ニューヨーク市クウィーンズにあるスーパー「ストップ・アンド・ショップ(Stop & Shop)」。もともと健康志向食に敏感で有機食材の特設コーナーを設けていたが、最近になって大きな「グルーテンフリー」棚を特別にこしらえた(写真3)。グルーテンフリーとは、小麦アレルギーを引き起こすグルーテン(小麦のたん白質)を含まない食品を指す。米国では小麦アレルギーとは別に、グルーテンの摂取で起こるセリアック病(Celiac Disease)と呼ばれる小腸の病気も急増、深刻な問題になっている。
小麦アレルギーは、小麦からつくられる主食のパンやクッキー、クラッカーからしょう油、ドレッシングに至る食品を摂取することでアレルギー反応を起こし、皮膚、眼、鼻、喉、肺、腸などに症状が突然現れる。発症後、小麦やライ麦の入った食べ物は食べられず、食生活が大きく制限される。
米国の食物アレルギーの患者数は、現在約1500万人に上ると推定され、うち18歳以下が約600万人と子どもに多い(米非営利団体「Food Allergy Research & Education =FARE=」調べ)。
先進国で食物アレルギーが増加している原因に、加工食品の添加物や各種保存料、化学肥料や農薬、水質汚濁、大気汚染などによる“複合汚染”が疑われている。
食物アレルギーの増加を受け、米国ではアレルゲン(アレルギーの原因となる物質)を含んだ食品に表示を義務付けるFALCPA法が2006年に施行された。同法で、食物アレルギーの9割を占める八つの主要アレルゲン(小麦、甲殻類の一部、卵、牛乳、魚、ピーナッツ、大豆、木の実)のいずれかを含む食品にアレルゲンの表示が義務付けられた。その後、食品メーカーが製造過程でアレルゲン除去などのリスク解消が証明できれば、表示が免除されることになった。
食物アレルギーの中で最大の比率を占めるのが、小麦の「グルーテン」への免疫の過剰反応だ。アレルギー患者数は、これまで米国人の1%程度、100人に1人の割合で確認された。実際の数は、その3倍にも上ると推定されている。
日本でも近年、子どもを中心にアレルギー疾患が急増している。厚生労働省によると、小中高校生のおよそ20人に1人が食物アレルギーを抱える。
前出のスーパーは、グルーテンフリー食ばかりでなく農薬や添加物を一切使わない有機食品、さらに有毒性の原材料をすべて排除して表示した専用棚を拡充した。「グルーテンフリー」棚の長さは20メートル余り、高さは約2メートル。ここにグルーテンフリー食をはじめ、発がん性や糖尿病誘発性が疑われる「果糖液糖(High-Fructose Corn Syrup)」の入っていないソフトドリンクとか、バター代わりにオリーブ油など植物性油脂を使った菓子やパン、肉の代わりに豆などを用いたミートボールやスパゲティなど新規開発の健康志向食品が並ぶ。
「果糖液糖」は、日本では飲料、加工食品に安価な甘味料として広く使われているが、米国ではすでにコカコーラの一部(カナダ製)やペプシには入っていない。「トランス脂肪酸」を製造工程で使うマーガリンは、発がん性が疑われて市場から姿を消した。このスーパーで売られている健康志向食は“身体によいから”と、健常者の一般客も買うようになったため、販売増から価格が下がり、ますます需要を広げる。
筆者は10日間の米国東部滞在中、ついにたばこを喫う人を街で1人も見なかった。レストランや公共の場所はすでに「禁煙」に指定され、人びとの健康志向への関心は「食」に集中してきたかに見える。
(写真3) ニューヨーク大手スーパーの巨大なグルーテンフリー食棚 <筆者撮影>
(写真4) ニューヨーク大手スーパーに並ぶ米国製有機食材やグルーテンフリーの減塩みそ汁 <筆者撮影>
健康志向の潮流に乗って、日本食熱も米国で高まるばかりだ。
別のスーパーは、超ビッグな寿司に加え、1年前にはなかった多種多様の日本食を棚に並べる。米国製の有機食材やグルーテンフリーの減塩みそ汁が3種(写真4)、さらにカップうどんも新登場した。うどんはラーメン同様、そのまま「UDON」と表示されている。
健康に良いことが知られる海苔や昆布はむろん、餅や日本酒も置かれている。
日本食人気の最大の要因は、男女平均して「長寿世界一」となった日本人の食生活が「健康によい」と見直されてきたことにあるようだ。