■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 東芝事件、大詰めへ/ガバナンスなき経営明るみ

(2016年2月1日)

関係筋によると、東芝の不正会計を巡り証券取引等監視委員会は関与社員から任意で事情聴取した結果、パソコン事業の利益水増しを主導したとして歴代3社長を近く刑事告発する可能性が高まった。 告発となれば、トップダウンによる組織的関与に捜査のメスが入り、司法の場で「ガバナンス(企業統治)なき経営」の実態が解明される可能性が出てきた。

「ガバナンス優等生」の転落

東芝の不正会計事件で最も強く指摘されている要因が「ガバナンスの欠落」だ。東京証券取引所が昨年9月、東芝株を「特設注意市場銘柄」に指定したのも、ガバナンスなどの管理体制に深刻な問題がある、と見たためである。 昨年12月には金融庁が、証券取引等監視委員会の勧告を受け、金融商品取引法違反で過去最高額の73億7350万円の課徴金納付命令を出した。
事件前、東芝は「ガバナンスの優等生」と評価されていた。ソニーと同様に2014年6月に成立の改正会社法に基づき、監査機能に優れた「指名委員会等設置会社」とし、社外取締役も4人入れて社長を含む取締役候補者を指名できる仕組みを導入した。 しかし、形は整ったがまるで機能せず、経営トップの暴走を許した。

過去の不正会計では、粉飾決算が発覚し米国史上最大の負債を残して経営破綻した米エンロン社や、巨額の損失隠しが暴かれたカネボウ、オリンパスなどの例がある。これらと比べても、東芝事件の特異性は2つの点で際立っている。
まず歴代3社長が主導し、トップダウンで組織的に不正会計処理を約7年にもわたり続けたことだ。トップ3代による意図的な会計操作である。 3社長のうち「チャレンジ」を口に、利益かさ上げを迫った佐々木則夫元社長(就任期間09年6月〜13年6月)の場合、パソコン事業部門に「3日間で120億円の利益改善」を要求して追い込んだ。
パソコン事業で繰り返された手口は「バイセル(Buy-Sell)」と呼ばれる。下請けの委託組立業者に部品を高く売り、その分上乗せした価格で完成品を買い取るが、買い取る時期を遅らせて一時的に利益をかさ上げする方法だ。 これによる水増し額は2008〜14年度の間、計600億円近くに上ったとされる。

ちなみに佐々木氏は事件発覚前の2013年、経団連副会長の要職にあり、安倍首相が議長を務める経済諮問会議の民間議員に選ばれている。
もう1つの特異性は、不正会計がほぼ全事業に及ぶ規模の大きさと、利益水増し額がオリンパスの1300億円余を上回る総額2248億円と過去最高に上ることだ。東芝はこの不正会計を当初、「不適正会計」と称し、悪意なき不注意なミスにみせかけていた。

原発事業も情報隠す

不正会計発覚後の対応の悪さも目立つ。経済誌「日経ビジネス」の調査報道から昨年11月、東芝の米原子力子会社ウエスチングハウス(WH)の巨額減損が明らかになった。 それまで東芝は「原発事業に関しては好調」と説明してきたが、具体的な情報は一切開示しなかった。昨年5月に発足した第3者委員会は東芝から原発事業について「調査しなくてもいい」と言われ、調査していない。
ところが、東芝がWHを買収した2006年以降、WHの累積赤字は約2億9000万ドル(約350億円)に上り、WH単体で約13億2600万ドル(約1600億円)の減損処理を行っていた。当初は好調に滑り出したが、福島原発事故で状況が一変したのだ。

東芝は原発を半導体メモリー、医療機器と並ぶ中核事業に位置付けているが、連結決算で原発事業が初の減損処理に追い込まれ、業績を一段と押し下げる恐れが強まってきた。
さらに東芝の評価を落としたのが、昨年12月までに発表した内外の1万人に及ぶ人員削減策だ。経営トップが起こした不祥事のしわ寄せをたちまち社員が受ける形となり、「なぜ資産処分からやらないのか。順序が違う」との声が上がる。
不正会計の結果を社員に押し付ける式のリストラ策が今後、難航することは疑いない。

国への甘えで経営劣化

かつて東芝から「財界の総理」とされる経団連会長を石坂泰三、土光敏夫(いずれも故人)の2人が務めた。「メザシの土光さん」は「土光臨調」会長として国鉄など3公社の民営化に道筋をつけた。 最近は不正に関与した「歴代3社長」を含め4代連続で東芝トップが経団連副会長に就いている。
その名門企業が、なぜ異例の不祥事を3代にわたり起こしたのか。
指摘されているのは、トップのいずれもが「社長の器」でなかったことだ。企業は人から成る。渋沢栄一は「正しい道理を踏んで儲ける」ことの重要性を説いたが、3社長は「利益水増し」に血道を上げ、大事な部下や下請け業者を不法行為の巻き添えにした。 ひたすら儲けることしか念頭にない、哲学なき経営で、「形ばかりのガバナンス」に陥ったのも当然の成り行きであった。

経営が緩んだ背景には「国への甘え」もあるだろう。東芝は日本を代表する原発事業者である。「国策会社」とも言われる国との一体感が、企業の独立心を蝕んだのではないか。
歴代3社長の1人、西田厚聡氏は新聞とのインタビューで、「国が方向を決めてくれれば実行する」という趣旨の話をしている。独立精神が疑われても仕方あるまい。

東芝事件のもう一方の“被告”、新日本監査法人の罪も大きい。金融庁は同法人に対し昨年12月、重大な注意義務違反があったとして新規契約を3カ月禁止する処分を決め、21億円に上る課徴金の納付を命じた。
新日本は前身の会計事務所以来、60年以上にわたり東芝の監査に当たってきた。パソコンなど数多くの事業で繰り返された利益水増しをことごとく見逃したのも、顧客の意向に沿って動いた結果だ。 監査法人の独立精神とプロ意識の欠如が目こぼしを招いたと言うほかない。
東芝の苦境に対し実質は国策ファンド(国の出資比率9割)の産業革新機構が救済に動き出したのも、不思議でない。
東芝事件で、海外投資家が「日本の大企業にはガバナンスが欠ける」との心証を強めるのは必至だ。