■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 秘密保護法の限りない危険/「知る権利」閉ざし、官僚支配強める

(2013年12月26日)

12月に公布された特定秘密保護法は、市民生活に向けた幾つもの毒牙を持つ。政府の情報隠蔽により国民の「知る権利」が閉ざされ、その監視活動により私生活が盗聴される恐れがある。 民主主義国の情報公開の流れに逆行し、ジャーナリズムや言論活動を萎縮させる圧力ともなる。「特定秘密」を唯一判断し指定できる国家官僚に権力が集中する。希代の悪法と言える。

米NSAと協力強化

国には軍事、外交など安全保障面で、秘密が存在するのは避けがたい。一定程度の情報活動は欠かせず、情報管理の厳重化が要求される。 この点で、どの国においても国の機関による情報収集・保護は当然のこととして認められ、実施されてきた。
問題は、情報収集・保護の「範囲と程度」にある。これが度を越すと息苦しい監視社会と化し、秘密警察が暗躍することは、全体主義国家の歴史が示すところだ。
他方、政府の情報収集・保護に対し、国民には「知る権利」がある。民主主義の基盤は、透明性を高める情報の公開・流通(自由化)にあり、政府の持つ情報は可能な限り公開される必要がある。
日本国憲法は、言論、出版、表現の自由などと共に「検閲の廃止と通信の秘密の不可侵」を謳っている(第21条)。国による情報統制に足かせをはめているのである。
ところが、安倍政権が特定秘密保護法案を閣議決定し国会に提出以来、世論の反発が高まる中、わずか1カ月余りで強引に採決し、成立させてしまった。

安倍晋三首相はなぜ法案の成立を急いだのか。米国からの同法成立の強い要請があったと見るのが自然だ。その第9条には、特定秘密を外国政府に提供できる、とある。法案を閣議決定する前の2013年6月、日米両国は安全保障に資する情報共有を推進することで合意している。 すると、米国家安全保障局(NSA)が日本当局から提供された特定秘密関連情報を用いて日本の要人や一般市民に対し大規模な盗聴工作を実施する可能性が出てくる。日米情報機関によって市民のプライバシーが丸裸にされ、密かに監視される恐れが現実のものとなる。 先の国会では同法と両輪を成す国家安全保障会議(日本版NSC)関連法が早めに成立した。批判がさらに広がらないうちにNSCとセットで急ぎ成立させたい、というのが、安倍首相の本音ではなかったか。
この文脈から、特定秘密保護法の途方もない欠陥に立ち入る前に、すでに世界中に波紋を広げている「市民が情報機関に盗聴されるプライバシーの危機」について触れておこう。

特定秘密保護法に対する批判の多くは、「国の情報隠し」や「知る権利」の抑圧に向けられた。だが、もう一つの危険な側面が、米NSAとの情報共有なのだ。NSAの行き過ぎた世界規模の盗聴は、2013年6月に米中央情報局のエドワード・スノーデン元職員の内部告発で明るみに出る。 数百万人に及ぶ米国市民の電話やメールの盗聴に続き、世界各国の約80カ所に設けた盗聴拠点でドイツのメルケル首相の携帯電話をはじめ、各国要人ら約35人を盗聴していたことが発覚した。日本政府は否定しているが、日本の首相らも、通信傍受されていたことは疑いない。 米政府は公式にはエシュロンの存在を認めていないが、NSAの通信傍受システム「エシュロン」が「レディ・ラヴ(愛人)」というコードネームですでに14年ほど前に青森県の米軍三沢基地に設置されている。
NSAは英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英連邦系4カ国の情報機関とも通信傍受の秘密協定(通称「ファイブアイズ」)を結び、連携している。2001年9月の米中枢同時テロ以後、NSAはCIAと協力して盗聴工作を強化し、世界中の通信を傍受し、分析していたわけだ。 特定秘密保護法が意味するものは、NSAの盗聴世界戦略の対象情報に「特定秘密」が組み入れられることである。結果、日本国民の個人情報が日米の情報機関に密かに監視される危険にさらされる。

行政の一存で秘密指定

特定秘密保護法の骨格は、防衛、外交、スパイ活動防止、テロ防止の4分野で行政機関の長(大臣、長官など)が国家安全保障上、秘匿することが必要であると判断した情報を「特定秘密」として指定する。特定秘密の取り扱いの業務に従事する者(公務員など)がその業務により知り得た特定秘密を漏らしたときは、10年以下の懲役に処す、というものだ。
問題は、行政の一存で何が「特定秘密」かを指定できることだ。法律に特定秘密として指定する基準や特定秘密の範囲、程度を定めていない。事実上、所管の官僚の裁量で特定秘密が決められてしまうため、恣意的に秘密指定され運用されてしまう可能性が大きい(図表)。指定根拠は外からは分からず、情報は「特定秘密」として隠される。
結果、行政の解釈次第で指定が野放しに拡大される恐れがある。当局の職権乱用がまかり通る、戦前の治安維持法を連想させる事態にもなりかねない。

「特定秘密の根拠のあいまいさ」と「行政の一存で秘密で決められる」―ここに、問題の根幹がある。官僚による勝手な特定秘密の指定・運用が最も懸念されるところだ。 国会での11月の政府答弁書によると、秘密を指定できる行政機関は実に53(うち1つに解散した社会保障制度改革国民会議の名も)にも上る。これら機関の長が「特定秘密の指定権限」を持つから、“秘密は増え放題・情報は隠し放題”になる恐れがある。
本来なら透明性を確保するため運用に明確な原則、基準を設け、特定秘密の範囲を絞って安全保障面の不可欠な部分に限定しなければならない。
そうしないと、官僚の情報隠しが横行しかねず、国民の「知る権利」が制限されるばかりでない。情報の秘密化により官僚に権力が集中し、そのサジ加減で職権乱用の可能性も高まる。なぜなら、当局がひと度容疑者とにらんで目を付けると、「特定秘密」という理由から、肝心の秘密内容を明かさずに逮捕できるためだ。
結果、不当逮捕につながる可能性が必然的に増える。捕まる容疑者は身に覚えがなければ「なぜ自分が逮捕されるのか」皆目分からないし、捜査当局が肝心の秘密内容を明かさない以上、反論のしようもない。身の潔白を証明するには裁判で争うほかないが、裁判でも「特定秘密」が明かされないだろうから、被疑者は著しく不利な立場に置かれる。

このように特定秘密の範囲が広く根拠があいまいな上、秘密漏洩には厳罰で臨むため、政府に反対したり抗議する市民活動やジャーナリズムを萎縮させる圧力ともなる。
新聞記者やフリージャーナリストが外務省秘密漏洩事件のように、公務員に漏洩を「そそのかした」とみなされれば、最高で懲役5年が適用される。スクープ取材のリスクは一段と高まるわけだ。
これまで覆い隠されてきた原発情報は、この法律でお墨付きを得て、さらに「完全隠蔽」へと後退するだろう。11月に福島市で開かれた衆院国家安全保障特別委員会の地方公聴会。そこで自民党推薦者を含め7人の公述人全員が法案の慎重審議もしくは廃案を求めた。原発情報隠しで被害を受けた記憶が生々しいためだ。公述人の1人、福島県浪江町の馬場有町長は、原発事故後の“SPEEDI(放射能影響予測ネットワークシステム)隠し”に言及している。
特定秘密保護法が原発情報はもとより、あらゆる政府情報の隠蔽にお墨付きを与えるのは明らかだ。
安倍首相によると、特定秘密に該当する数は42万件に上る。この膨大な秘密を知らずに漏らした民間人も罪に問われる。 たとえば政府関連の業務を請け負った民間業者が特定秘密とされる最新軍事機器の先端技術をそうとは知らずにブログで紹介したようなケースだ。 いきなり公安警察が現れ、任意同行を求められたり逮捕される可能性がある。多くの人びとは公的発言に慎重に構えるようになり、大胆で自由闊達な言論が勢いを失う恐れが強まる。国民生活の表舞台に公安警察がひんぱんに現れるようになれば、戦前の暗い時代への逆戻りを思わせる風景になる。

他方、秘密漏洩の厳罰化が同法のもう一つの特徴だ。特定秘密を取り扱う公務員にとって、飲酒や薬物、家族調査を含む厳しい「適正評価」と併せて刑罰の重い、怖い法律となる。
職務上知ることのできた秘密を漏らした公務員が従来の国家公務員法違反に問われた場合、懲役は1年以下とされる。ところが特定秘密保護法では「10年以下の懲役」と格段に重い。米軍の特別防衛秘密を漏らした場合(MDA秘密保護法違反)と同程度の量刑が課され得る。
公安警察が特定秘密42万件の一部を漏らしたとみなしたら逮捕できるようになるため、公務員は身の危険を感じて内部告発をためらうようになるのは必至だ。結果、行政の不正や不手際が表に出にくくもなる。公務員自らが恐怖心から、内部告発はおろか外との接触を閉ざし引きこもるリスクも高まる。この公務の秘密主義化が公務員から真実を容易に引き出せなくなり、「取材の自由」を制約するのは明らかだ。ジャーナリスト自身も国家秘密を探ろうとすれば重い罪に問われる可能性が高まる。言論封じにつながる構図がある。国民が期待する「開かれた政府」とは逆方向に進み出すわけだ。

当然、公金のムダ遣いや予算の流用疑惑追及も、「特定秘密」の壁に阻まれる恐れが強まる。日米沖縄密約問題を振り返ってみよう。
外務省は1971年当時、問題化した沖縄返還に伴う日米密約の存在を国会で否定し続け、逆にこれをすっぱ抜いた西山太吉・毎日新聞記者(当時)は情報漏洩を「そそのかした」として最高裁で有罪が決まる。だが、その後1990年代に入って米政府の公文書の情報公開から密約の存在が確認された。にもかかわらず、官僚の国会偽証責任は一切問われず、日本側から密約文書は未だに公表されていない。
特定秘密保護法が官僚に情報制限の格好の隠れミノを与え、秘密主義と無責任性を増長することは疑いないところだ。

チェック機能の不在

さらに、行政がひとたび「特定秘密」にすれば、秘密に歯止めが掛からずに、自己増殖していくだろう。指定には期間限定と一定期間後の情報公開が欠かせない。
当初、同法案は特定秘密の指定期間が5年単位で延長でき、上限の30年を超える場合は内閣の承認が必要とされたが、野党との修正協議で最長で「原則60年以内」と決まった。当初案より指定期間の上限が2倍に延びた上、例外7項目は除外され、国民の目から永久に隠される懸念が出てきた。どんな秘密も闇に閉ざしてはならない。官僚のサジ加減で、情報隠しの延長ができるようになる仕組みだ。因みに米国での指定期間は最長で25年、期限後は自動解除となる。英国の最長期間は20年。

では、独立した第三者による指定・解除の妥当性のチェックは可能なのか。安倍首相は参院の採決直前になって、「情報保全諮問会議」、「保全監視委員会」、「情報保全監察室」、「独立公文書管理監」の新設をぶち挙げた。指定解除基準を決める諮問会議は民間有識者で構成する予定だが、残り3機関はいずれも次官、審議官級で占める官僚組織となる。身内による秘密の指定・解除のチェックだから、きちんと機能するわけがない。
米国では、第三者チェック機関として独立性の高い国立公文書館に「情報保全監察局」が設置され、機密情報に対しても解除請求権を付与されて政府の機密情報管理を監視している。核兵器関連などごく一部の例外を除き、行政機関に機密指定の解除を請求できる。政府の機密指定乱用を防ぐのが狙いだ。日本政府は、米国の民主主義の考え方と手法をしっかりと学び取る必要がある。

情報公開法を改正する

もう一つの重大な懸念は、特定秘密保護法で官僚の情報隠しや取材活動の制限がもたらされ、「国民の知る権利」が大きく抑圧されることだ。国家秘密を特別の法令で保護しようとするなら、国家権力の乱用を防ぐため一定期間後に「特定秘密」に指定した理由を国民に公開する施策を講じなければならない。ところが、同法にはこの情報公開義務が明記されていない。
特定秘密保護法による「情報隠しに」際し、市民側は「情報公開法」をより開かれたものに改正して対抗する必要がある。日本では情報公開の制限が依然大きく、不開示情報が全請求件数の約4割と多い。

情報公開先進国の米国ではどうか。政府情報の所有者は、本来、国民である。政府情報は広く公開していかなければならない。このような民主主義の理念から、米国が国民に対し米連邦政府が保管する公文書や情報にアクセスする権利を初めて与えたのが、1966年7月に成立した情報自由法(Freedom of Information Act )である(翌67年7月施行)。
重要なのは、過去2回の法改正で米国の情報公開制度が大きく前進したことだ。最初のが「大統領の盗聴犯罪」とされたウォーターゲート事件を契機にした1974年の大幅修正。2度目はクリントン大統領がIT時代の到来を受けインターネットを活用した電子情報の公開推進を決定づけた1996年の修正法だ。
日本でHIV薬害事件などを機に、情報公開法が成立したのが99年5月(施行は2001年4月)のことだ。米政府に比べ30年以上も遅れた。世界で最初の情報公開法と言われるスウェーデンの出版自由法(1766年制定)と比べると、230年余りの開きがある。日本ではお上による「知らしむべからず、由(よ)らしむべし」の「密室行政」が、根強い文化として連綿と続いてきたのである。

仮に特定秘密保護法がこのまま無修正で施行されるならば、日本の近未来は暗い寒風の曇天模様となる。国民の知る権利が侵害され、言論は萎縮し、官僚支配が滅法強まる―そんな荒涼とした風景が目に浮かぶ。
そうならないためには、政府情報の全面的な公開に向けて舵を切り返すことだ。特定秘密保護法の廃止か抜本的修正、情報公開法、公文書管理法の大幅改正が手立てとなる。これら法律の改廃を通じ、民主主義の要諦である「透明性」を可能な限り確保するのである。




〈図表〉特定秘密保護法の主な問題ポイント


・  秘密の範囲が広く、あいまい
  → 行政機関の長の裁量で秘密指定
  → 恣意的運用の恐れ
  → 情報公開を妨げ

・  秘密指定の原則、基準がない
  → 恣意的運用の恐れ
  → 特定秘密が増え続ける恐れ
  → 官僚の「不都合な真実」を隠蔽する恐れ
  → 法的正当性に疑問

・  秘密の解除規定がない
  → 「最長60年」の指定期間を上限に長期温存の恐れ
  → 秘密が自己増殖する恐れ

・  秘密指定期間が「最長60年」と長すぎる

  → 国民の「知る権利」を長期間損なう
  → 「秘密」の放置を助長
  → 米国では指定期間は最長で25年、期限後は自動解除

・  秘密の指定・解除についての情報公開義務が明記されていない
  → 秘密が永遠に明かされない恐れ
  → 「国民の知る権利」を制限

・  秘密の指定・解除・運用に対する第三者チェック機関がない
  → 恣意的運用の恐れ
  → 情報隠蔽の恐れ

・  行政の運用に関し国民(国会)への説明義務が明記されていない
  → 国民は知らされない
  → 行政優位・国民(立法府)軽視

・  公務員、関係民間人への“縛り”と厳罰主義
  → 公務員らの内部告発を牽制
  → ジャーナリストの取材に制約
  → 取材や表現にブレーキ

・  米国など外国政府への情報提供に際し範囲、原則、基準がない

  → どこまで情報提供するのか不明
  → 外国政府が提供情報を盗聴などに悪用する恐れ

・  情報公開に関する保障規定がない
  → 行政の情報隠しに“お墨付き”
  → 秘密主義、隠蔽体質を助長

(筆者作成)