■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
<番外篇> 「国の特定秘密」と「知る権利」/情報管理 審議尽くせ

(2013年11月13日)  (山形新聞「思考の現場から」11月9日付掲載)

米国家安全保障局(NSA)による世界的規模の盗聴疑惑が、波紋を広げている。ドイツのメルケル首相の携帯電話を野党時代の2002年から続けていた、とする独メディアの報道に続き、世界各国の約80カ所に盗聴拠点を設け、各国指導者ら約35人を盗聴していたことが判明した。
日本政府はその可能性を否定しているが、日本の政治指導者らも当然、通信傍受されていたのは間違いない。NSAの通信傍受システム「エシュロン」が「レディラヴ(愛人)」というコードネームで青森県の米軍三沢基地に設置されたことがすでに14年ほど前に発覚している(ただし米政府は公式にはエシュロンの存在を認めていない)。
NSAとパートナーを組む英情報機関は、独仏のほかスペイン、スウェーデンの情報機関とも連携して通信傍受の手法を開発し、これらの国の情報機関もインターネットや電話を傍受した、と11月に英紙ガーディアンが報じた。米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員が提供した内部文書から分かったという。

一連の報道が示すことは、政府の情報機関が日頃から密かに電話やメールを監視し、盗聴していたというスパイ活動だ。スノーデン氏の告発やNSA関係者によれば、暗号解読の専門家などから成るNSAの手口はこうだ。
主に海底の光ファイバーケーブルを経由する情報を「アップストリーム」と呼ばれるプログラムを使ってリアルタイムで収集し、コピーして盗聴する。さらに「プリズム」というプログラムでグーグルやヤフー、フェイスブックなど通信事業者の協力を得るか秘密裏にアクセスし、そのデータベースから情報を取り込む。その上「エックス・キースコア(XKS)」プログラムを使って、メールの中身も見られるという。 NSAは「テロ対策」の名目で、CIAと協力して米国市民の個人情報だけでなく世界中の通信を傍受し、通信記録を集めて分析していたわけだ。
NSAは外部からチェックされることなく、おそらくオバマ大統領の承認の下で、10年以上にわたり傍若無人のスパイ活動を続けたことになる。

こうした中、日本では10月25日、特定秘密保護法案を閣議決定し、国会に提出した。同法案によると、行政機関の長(大臣、長官など)が国家安全保障上、秘匿することが必要であるものを「特定秘密」として指定する。罰則は、特定秘密の取り扱いの業務に従事する者(公務員など)が、その業務により知り得た特定秘密を漏らしたときは、10年以下の懲役に処す、などとなっている。
問題は、行政の一存で何が「特定秘密」かを指定できるが、指定根拠が外からは分からないことだ。しかも行政の解釈次第で指定が拡大する恐れがある。
これでは当局が職権を乱用しても肝心の秘密内容が明かされない以上、追及しようもない。「なぜ逮捕されたのか」と問い詰めても、「特定秘密を漏らしたから」とだけ当局は答え、秘密の根拠は明らかにしないだろうからだ。行政の長が秘密の範囲を恣意的に指定し、不法逮捕につながる可能性もあり、政府に抗議する市民活動やジャーナリズムを萎縮させる圧力にもなり得る。
公安警察が、秘密情報を漏らしたと見て公務員を逮捕できるようになる法律であるため、公務員の内部告発を牽制し、行政の不正が表に出にくくもなる。恐怖心や不安感から、公務員自らが外との接触を絶つリスクも高まる。公金のムダ遣い追及も、「特定秘密」の壁に阻まれる恐れが強まる。情報管理のサジ加減で中央政府に権力が集中する危険な構図だ。
国民生活の表舞台に公安警察が理由も言わずに歩き回るようになれば、戦前の暗い時代への逆戻りを思わせる風景となる。捜査理由の「特定秘密」を明かさないで済むことが、法律の乱用と監視対象の拡大を生みやすい。

国にはたしかに秘密が不可避的に存在する。だが、国家秘密を特別の法令で保護しようとするなら、国家権力の乱用を防ぐため一定期間後に「特定秘密」に指定した理由を国民に公開する施策も講じなければならない。ところが法案には、この情報開示義務が明記されていない。
主権在民の現憲法下、国民には「知る権利」がある。同法案と民主党が提出した情報公開法改正案を並行して、国会で審議する必要がある。この民主党案に対し公明党も「十分に検討に値する」と明言し、政府の情報公開に前向きだ。今国会は成長戦略やTPPに加え、国の情報管理・公開を巡る重要テーマが急浮上してきた。